鼓動の意味
メストルーンの大通りの一角にあるそれなりに大きな宿、窓から吹き込む早朝の少し冷たく心地よい風に撫でられながら、リアとシドは早めの朝食をとっていた。
テーブルの中央ではランプの灯がゆらゆらと不規則に揺れている。
何も食べていなかったのか、シドはパンをちぎっては口に放り込む一連の動作をただ繰り返している。
リアはそんな彼を見て、どことなく幼子を見ているような感覚を覚えた。
マリネルはというと、いびきをかいて眠っている。あの調子じゃしばらく起きないだろう。
「何も食べてなかったの?」
「正直、四大竜の伝説を心の底から信じていたかといえば嘘になります。自分への罰が死ぬことなのか、それとも生きることなのか。どちらを選んでも理由は十分にあったからこそ判断しかねていた。
だから飢えるのが先か希望を見つけるのが先か、運命に身をゆだねることにしたんです」
「あの...裂けた口は?」
シドは一瞬だけ返事を躊躇うように俯いた
その刹那で、何か触れてはいけない話題を振ってしまったと悟ったリアは慌てて
「も...もちろん言いたくないことなら言わないでも大丈夫だよ?!」
シドは小さく溜息を吐いて落ち着いた口調で話し始めた。
「魔術師が魔力を消費して魔法を操るのはご存じですね?」
リアは首を大きく縦に振って
「もちろん!魔力にしか頼れない戦い方はしたくなかったからカットラスを選んだんだし」
「そう、普通の魔術師が消費するのは魔力のみ。しかし、宮廷魔術師の力の強大さの"源"であり最大の"弱点"。それは力の代価として魔力とともに体の一部を捧げなければならないということ」
「それってつまり、生贄的なアレ?」
「生贄はメストルーンでは効果がないことを立証されています。私達宮廷魔術師はどのみち体内に溜め込みすぎた魔力をなんらかの形で放出しなくてはなりません。そして先代の宮廷魔術師達は放出した魔力も有効に使えるのではないかと考えた訳です」
「なかなかエコですな」
「そこで生み出されたのが流魔回路。過量な魔力を持って生まれた人間に回路を付与すると、魔力を制御し、放出した魔力を再使用可能な状態にする因子」
「なるほど、たしかに強さであり弱点だね」
「先代の宮廷魔術師が何層にも張った結界を一人で破らないといけなかったんです。数滴の血ごときでは不可能でした。死に物狂いで結界を一層、また一層と破っていき、すべて破った時にはこんなに醜い姿に...」
シドはマスクの口元に手を当て、再び俯く。
その手は小刻みに震えていた。
「私は貴方のこと醜いなんてこれっぽっちも思ってないよ? それに、あなたの弱点を知っておけば戦闘の時に私がその弱点を補えるように頑張れるし!」
リアは勢いよく椅子から立ち上がり、手の甲を上にしてシドの前に突き出した。
「私は妹を見つけるついでにザルアをぶっ潰す!貴方は竜の泉へ行ってシャロンさんを蘇らせる!」
「そして僕は人間になる!」
いつの間に起きたのだろうか。起こそうとしたら嫌がっていた小さな竜の面影は何処にもなく、あまりにも爽やかな笑顔にシドとリアの二人とも動揺が隠しきれていない。
「二人ともなんちゅう顔してるんだい、決起集会でしょ? テンション上げてかなきゃ!!」
「さっきまでぐっすりだった人...竜が良く言うわ。
まあいいでしょう!それでは三人揃ったということで、改めてよろしく!」
そしてシドとマリネルはそれぞれの手をリアが差し出した手に重ねた。
「竜紋の少女、夢の竜、追われ身の宮廷魔術師。出来ないことは何もないね!」
「マリネル、貴方は本当に楽観的な方ですね」
「それ褒めてる?」
「ご想像にお任せします」
辺りもすっかり明るくなってきた。
三人の最初の朝も、これからの冒険も、今始まったばかりである。
メストルーン.正午
リアは食料、ポーション等の調達へ出かけ、
シドは部屋でメストルーン脱出計画を練り、マリネルはというと、仮眠をとっていた。決してお昼寝ではない。あくまで仮眠である...と本人は言っていた。
リアはある程度食料の調達を終えたは良いものの、ポーションを取り扱っている店が全く見つからないので困っていた。
(だいぶ遠くまで来ちゃったなあ)
今リアがいるのは大通りからかなり外れた石畳の薄暗く狭い通路である。
どの店のどの看板を見ても胡散臭いものばかりの中、一つだけリアの目を引く看板が吊り下げられていた。
『アヤのポーション店』
引き寄せられるように扉を開ける。カランカランというドアベルの音に反応するように店の奥から
「はいよ~、ちょっと待ってな~」
という女性の声が聞こえた。
店の壁はウォ―ルナット色の木で統一されており、ショウウィンドウの中にはポーションが入った大小様々な瓶が所狭しと保管されている。
また、入口左手の本棚には薬草図鑑やレシピが乱雑に置かれていて、床にも高く積み上げられている。
店とは言うには散らかりすぎている気がするが、リアはその人間味に溢れた温かい空間に安心感をおぼえた。
しばらくして店の奥から赤の色眼鏡をかけた長身の女性が出てきた。黒のノースリーブに、ジーンズ。
「いらっしゃい、何をお探しだい?治癒、身体強化、毒その他何でもあるよ」
ハスキーな声の女性はパイプにたばこ葉を詰め込み、煙草の準備をしている。
「それにしても近頃のメストルーンは物騒だねえ」
その女性は指をパチンと鳴らし火の簡易魔法でたばこ葉に火をつけた。
リアは物騒の原因の一人が一緒にいるなんて言える訳もなく
「はは、そうですねえ」
と軽くあしらった。
「アタシ副業で酒場の掲示板の依頼やら賞金首の始末とかしてるんだけど、アンタ何か外で不審な奴見かけなかった?」
「いえ、全く」
返事はするが、リアはこの話題を一刻も早く切り上げたかった。
「そっか、アタシ正直シド・ラングヴェールは冤罪なんじゃないかって思ってるんだよねえ。アタシらみたいな庶民の声に一番寄り添ったあいつが、自分から混乱を招くようなことをするのかってね」
その時リアはハッとした。シドを信じる人がいるという事実にこれ以上にない喜びを感じたのだ。
「今アタシが追ってるのは竜紋殺しの犯人。事件があった場所を地図で印を付けたときに、そいつは『アランド区』に向かって移動してた。そして今アランド区に住む竜紋の人間は一人だけ。急げば待ち伏せでそいつを叩ける」
そうだ、竜紋殺しの事件がまだ残っていた。しかし何故彼女がそんなに自分に策まで教えるのかリアは疑問でならなかった。
「どうしてそんなに教えてくれるの?」
「だってアンタ、竜紋村の人間でしょう?アンタが来たことで、可能性が二つになったの。これだけ言えばアンタがアランド区に行かずにアタシが楽に仕事ができるってわけ。はいこれ、お代は2000コルスね」
「あっ、はい」
「毎度あり~」
ポーション五本を紙袋に入れ、店を後にしようとした時「ちょっと」とあの女性が引き留めてきた。
「もしアンタに教えた策が外部に漏れて誰かがアタシの邪魔をした時は、黒幕に加えて二人分の棺桶が増えると思って...なんてね!じゃあまたのご利用をお待ちしております!」
そして彼女は再び店の奥へと引っ込んでしまった。
「侮れん人だ...」
そう呟くとリアは速足で店を後にした。
宿に帰ってもしばらくはリアの鼓動は速いままだった。まるで何か悪い予感を体がリアに警告するように。




