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愚痴

作者: 柿畑 紫慧

高校生が抱えているような至極漠然とした将来への不安を、20過ぎてからも持ち続けている人間というのはなかなか珍しいんじゃないか、と思った。


「夢」だとか「目標」だとか、そういったものを持っている人間の方が偉い、という世間の流れに逆らい続けていたら、周りの人間はいつの間にか先に歩いて行ってしまっていた。ポカンとした顔で雪の降る空を見上げてみる。おそらく、その傾向というのは田舎に行けば行くほど強くなるんだろうな。


「何者にでもなれるかのような全能感」というのは子供の頃誰しもが持っているものであって。「来世は東京のイケメン高校生になりたい」とまではいかなくとも、よく新聞のアンケートに載っているような「将来なりたい職業ベスト10」は一度は通る道というか、そういうのも含めて大義の「人生」なんだと思っている。かあいいねぇ。


一時期「将来の夢はお嫁さんです」といった考え方にひどく抵抗を持っていた時期があった。それこそ同級生が口にしているのを耳にするだけで顔が引き攣りかけてしまうくらいに。勿論当時は「良い子ちゃん」ぶっていたのでそんなことおくびにも出さずに「いいねー」などと言っていた。


つまるところ、馬鹿にしていたのである。なんて他人任せな、前時代的な考え方かと。結婚できれば、子供ができれば、「何かどうしてどうにかなって」幸せになれる、みたいな安直な思考は、つまるところ幼少期からの涙ぐましい刷り込みの成果であって、その一個人の個性も尊厳も一切無視した「愚のテンプレート」でしかない。にも関わらず、まるでかがり火に群がる蛾のように、皆ホイホイと口にする。それが気持ち悪くてたまらなかった。思考を放棄した方が幸せだ、なんて現実を、意地でも認めたくなかった。


まさかその解が及第点になる日が来ようとは。缶ビールを啜理ながらタイムラインを見る。ほとんど関わりもなくなった同級生の結婚報告に、日々怯えながら過ごしている。あの頃嘲笑っていた自分が、今になってキラキラと笑われている感覚。つまりこういうことなんだな、と思った。


別に結婚自体に羨ましいとかそういった感情は、今でも芽生えていない。ただ、「結婚」というもの、ひいては「出産」「子育て」といったものを人生のポイントとして設置するのは有用なんだと、彼女らの笑顔が示していた。


ピーッ、と、ストーブのタイマーが切れた音がした。


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