幽霊のいる部屋
「もうちょっと、血をつけますね」
メイクさんはそう言って、ぼくの口元に赤いドーランを塗る。
「OKです」
鏡に浮かび上がった顔は、無念を残して死んだ落ち武者のそれになった。
「じゃ、みぶさん、こっちの部屋に控えていてください」
ADさんが呼びに来る。
廃屋の奥まった小部屋に案内された。
「出るタイミングはわかりますね」
「レポーターが“奥の座敷に入ってみます”と言ってふすまを開けた時ですね」
「はい、それでお願いします。後で女幽霊役の女優さんも来ますんで」
そう言うと、ADさんは部屋から出て行った。
心霊レポートの番組… と言ってもドッキリだ。
アイドル系の女の子が、いわくあり気な廃屋に侵入してレポートする。
一番奥の部屋にホンモノの出たら…
という趣旨で、ぼくが扮する幽霊が出現するわけだ。
出番まで、まだ三十分近くある。
窓から照らす月明かりの中で、ぼくはうとうとし始めた。
「みぶさん、ですよね」
いきなり声をかけられて目を開くと、目の前に女幽霊がいた。
「今日は、よろしくお願いします」
と、頭を下げる。
「君も幽霊役?」
「はい、みぶさんと幽霊のペアで出れるなんて光栄です」
新人らしいハキハキした声で彼女は答えた。
ロケバスのエンジン音が近づいて来る。
何も知らされていないレポーターを乗せているはずだ。
「バスが止まったら声を立てないようにね」
アドバイスすると、
「はい!」
と元気良く答える。
大丈夫だろうか。
バスが到着したらしい。
スタッフが機材を降ろし、セットする音が聞こえる。
本番の声がかかり、レポーターの声が遠く聞こえてきた。
「私は今、霊の巣窟と言われている廃屋の前に来ています」
家の前で、アイドル上がりのレポーターがカメラに向かって話している声が聞こえて来た。
この後、何も知らない彼女が無人の家に上がり込み、奥の座敷へ入った瞬間、ぼくと新人女優の扮する二人の幽霊と遭遇するドッキリ番組なのだ。
「緊張して来ました」
女幽霊役の新人女優が胸を押さえながら言った。
「出るのは一瞬だから、リラックス、リラックス」
「私、この番組に出るのが夢だったんです。うまく出来ればいいな」
「大丈夫!」
実力のある子でも、緊張しすぎて失敗することがある。
まず、落ち着かせなくては…
「深呼吸してごらん」
「それ…できないんです」
そんなに緊張してるのかと思った時、レポーターが玄関を開ける音が聞こえた。
「まず、一歩入ってみます。真っ暗です」
震える声で、レポートしている。
出番はもう少し後のはずだが、手鏡を出して月明かりにメイクをチェックした。
レポーターが客間を通り、奥座敷のふすまを開けたら出番だ。
振り返ると、女幽霊役の子がいない。
同時に、凄まじい悲鳴が上がり、複数の足音や、機材の倒れる音が響いた。
あの子、緊張し過ぎて出番を間違えたな。しかたない。
急いでぼくも奥座敷を超え、客間のほうを覗いてみる。
機材が散らかっており、誰もいない。
廃屋を出ると、レポーターの子とスタッフが遠巻きに取り巻いていた。
「み…みぶさん…」
ADさんが恐る恐る近づいて来たので、尋ねてみる。
「撮りなおしですか?」
「もう絶対無理!」
レポーターの子はパニック状態だ。ADはぼくに囁くように言った。
「実は、みぶさんが出る前にホンモノが出たんです。客間に、すっと現れて消えてしまったんです」
「女幽霊役の子がタイミングを間違えて出たんじゃない?」
「みぶさんには伝えてませんでしたっけ。女幽霊役の子が急病で来れなくなったってことは…」