旅立ち 最終話
気が付くと俺はアーリンの部屋にいた。
彼女が一人で、俺をここまで運んできたそうだ。
「また迷惑をかけてしまったな」
「そんなことはどうでもいいんです、クラウスさんが目を覚ましてよかった」
涙ぐむアーリンを引き寄せて抱きしめた。
「ふう、甘えついでに何か食べさせてくれないか。腹が減って仕方がないんだ」
「いつでも食べられるようにスープを作ってありますよ」
アーリンのことだ、毎日そうやって俺が目覚めるのを待っていてくれたのだろう。
少しふらついたけど、自分の足で立ち上がり、テーブルまで行くことはできた。
前にアメミットの腕を移植した時よりも体調はましなようだ。
「クラウスさん……、聞いてください」
アーリンの様子が少し変だ。なんだか大きな不安を抱えているように見える。
「俺が寝ている間になにかあったのか?」
「実は――」
俺に対する気遣いからアーリンは言葉を選んでいたけど、要するにこういうことである。
俺はウレタロという化け物を生み出した魔導改造医として、街の人間から憎悪の対象となっているということだった。
ウレタロはあちらこちらで非道な行いをしてきた。
本来は奴に向けられるはずの憎しみだが、奴が死んだ今、それらは俺に向けられているようだ。
生前のウレタロが俺を慕っていたというのも関係があるらしい。
「クラウスさんは命を懸けて戦ったのに……」
「まあ、そんなもんだろうよ」
そうでもしなければ気持ちの持っていき場がないのだろう。
それに、今回のことは身から出た錆と言えなくもない。
「そう言えば、俺はウレタロ殺しの犯人として追われる身になっていないのか?」
「一応は。ただ、ウレタロを持て余していた領主は真面目にクラウスさんの行方を捜していません。ウレタロを倒したクラウスさんが怖くて、見てみぬふりをしているようです」
なんであれアーリンに迷惑をかけていないのならそれでいい。
「そうであっても、さすがにこの街にはもういられないかもしれないな……」
「街を出るのですか?」
「牢屋には入りたくない」
「そうですね。だったら私も色々と準備をしなければいけませんね」
「アーリン……」
「まさか、私を置いていくつもりじゃないでしょうね?」
いたずらっぽい笑顔でアーリンが訊ねてくる。
アーリンには本当に頭が上がらないよ。
「いいのかい?」
「ニナもメルトアも王都へ行ってしまいましたからね。旅立つのに不安はありません。クラウスさんさえそばにいれば……」
俺は再びアーリンを抱き寄せる。
たぶん自覚がなかっただけで、何年も前から俺はこのときを待っていたのだろう。
すべてを振り出しに戻して新しい人生をはじめるこのときを。
しかも、とんでもなく幸運なことに俺の横にはアーリンという女神さままで一緒だ。
「財産もない、そのうえ8歳も年上だけど俺でいいのか?」
「私は自分の年上彼氏がすごーく好きなんです。いいかげん自覚してください」
世界が輝いて見える。
その中心にいるのは俺とアーリンだ。
旅立とう、未来へ。
俺たちの人生は始まったばかりだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この作品は三幕構成の習作として書いた物語です。
10万文字の読み切りというのはそれなりに難しかったですが、楽しくもありました。
際どい描写もあるので、ひょっとしたら削除警告が来るかもしれませんね。
とっつきにくい内容だったかもしれませんが、楽しんでくださった方がいれば幸いです。