変貌 その3
俺とルークは街のイーストエンドに来ていた。
闇オークションはここの倉庫街の一角で開かれるそうだ。
アーリンも同行すると言い張ったが、用心棒にはルークを雇った。
闇オークションにアーリンを連れてくるのはリスクが高すぎる。
「ドレイク先生、あそこだぜ」
ルークが顎で示したのは背の高い古びた倉庫の一つだった。
一見すると何の変哲もない倉庫だが、入口のところに男が二人立っている。
どちらも体つきがガッチリしていて、堅気の人間では出せない雰囲気を醸し出していた。
俺たちが倉庫へ近づくと男たちの方から声をかけてきた。
「何かお探しですかい?」
「花見の席に呼ばれているんだ」
俺が合言葉を告げると、男たちは脇にどいて入り口を譲った。
ルークが仕入れてきた情報は正しかったようだ。
こいつも、伊達にあちらこちらのオークションに出入りしているわけじゃないということか。
「ヒュ~♪」
倉庫に立ち入ったルークが感嘆の口笛を吹く。
みすぼらしい外観とは裏腹に中のつくりは豪華絢爛だ。
室内にはエンジの絨毯が敷き詰められ、壁や天井には無数の魔導灯が輝いている。
「いらっしゃいませ」
胸が大きく開いたドレスを着た美人が受付に立っていた。
「二名様ですか?」
「いや、オークション参加は俺だけで、こっちは護衛だ」
「かしこまりました。カタログは一冊40万クラウンとなります」
俺は小金貨4枚で支払いを済ます。
このカタログが入場券にもなるのだ。
聞いてはいたが、入場するだけで40万とは恐れ入った。
普通のオークションの10倍以上の値段である。
「オークション開始は30分後です。会場にお入りの際はカタログに記載された番号の席にお座りください。バーはいつでもご利用できます。お連れ様もどうぞ」
千年ドラゴンの皮などという目玉商品はオークションの後半に出展される。
俺とルークはとりあえずバーのボックス席でくつろぐことにした。
ルークは高級なウィスキーを、俺は持参した魔力回復薬を飲む。
「さすがは裏社会のボスが主催するオークションだ。とんでもないアイテムが目白押しだぞ」
俺はぱらぱらとカタログをめくっていく。
ルークもすぐ横に座って、俺の手元を覗き込んだ。
「うはっ、ハイエルフの奴隷だとよ。噂には聞いていたけど、そんなもんが本当に出品されるんだな」
おそらくは性奴隷にするためだろう。
こういうことがあるからアーリンを連れてきたくなかったのだ。
「バジリスクの眼、マンドラゴラ、インプの媚薬なんてのもあるな……と、あった、あった」
探していたものを見つけて俺はページをめくる指を止める。
そこに書かれているのはもちろん千年ドラゴンの皮のことだ。
大きさは1メートル四方、オークションは1000万クラウンから開始とあった。
「金の方は大丈夫なのか?」
「こればっかりは運しだいだ。なんとしても手に入れたいところだけどな」
俺の持ち金は1億2千万。
さらにアメミット討伐で支払われた3千万のうち2千万をチーム・パルサーから借りてきているので、合計1億4千万クラウンだ。
「先生、間違っても偽物を掴まされるなよ」
「サンダーバードと間違えてクジャクの羽を買ったお前に言われたくないよ」
「うっ、それは言わないでくれ……」
「モノを見れば本物か偽物かはすぐにわかる。だいたい、ドン・カルバッジオのオークションで偽物を出品するようなバカはいないだろう?」
そんなことをすれば、メンツをつぶされた裏社会のボスが黙ってはいない。
人間が想像しうる最悪の拷問を受けて死ぬはずだ。
執事風の格好をした初老の男が俺たちのいるボックス席へ近づいてきた。
「失礼します。魔導改造医のクラウス・ドレイク先生でいらっしゃいますか?」
「そうだが、なにか?」
「主人のドン・カルバッジオがぜひ先生にお会いしたいと言っております。どうか、お越し願えませんでしょうか?」
これは驚いた。
裏社会のボスが俺に会いたいとはどういう料簡だろう?
だが、断れる雰囲気でもない。
ここは奴のテリトリーなのだ。
「わかった、カルバッジオ氏にお目にかかろう。彼も一緒でいいかい?」
俺がそう訊くと、ルークはさも迷惑だという顔で俺を睨んだ。
護衛として雇っているんだから、しっかり仕事をしろと言いたい。
「もちろんでございます。お連れ様もご一緒にいらしてください。それでは貴賓室へご案内します」
通された貴賓室は重厚な家具が配置され、室内の装飾品も一流のものばかりだった。
ただ、壁には魔物のはく製が多数掲げられていて、それが部屋の趣味を最悪なものにしている。
まあ、体に二種類の魔物の体を付けている俺が、とやかく言える立場でもないが……。