魔導改造医 その1
魔導改造っていうのはちょっとした裏家業だ。
表で堂々とやっていけるような商売じゃない。
人間の体に魔物の一部を移植する医術なんだからそれも当然だろう。
道義的にも宗教的にも忌み嫌われる邪道の医療として認知されている。
ただ、そんな商売でも客は多い。
人口一万二千人を誇る西部最大の地方都市エミルバ。
その下町の裏通りにある俺の診療所にも、客は毎日やってくる。
小売店が軒を連ねる長屋の一角に、身を縮めるように小さな看板が出してある。
『診療中 魔導改造医 クラウス・ドレイク』
愛想のないその看板は注意していなきゃ見逃すほど小さい。
それでも患者は口コミで増えている。
代金が高すぎて、治癒師や高位聖職者の《《マトモ》》な治癒魔法にかかれない奴らが俺の主な患者だ。
何を移植するかは客次第。
こちらで冷凍ストックされている素材を使うこともあれば、客自身が持ち込むこともある。
そう、俺は患者に魔導改造を施す魔導改造医だ。
人間にオークの腕をくっつけたりなんてのは序の口で、禿げ頭にニンフの髪を移植したり、梅毒で落ちてしまった鼻にヘルハウンドの鼻を移植したりもするぜ。まあ、一番多いのは傷口に回復力の高い魔物の細胞を移植することだけどな。
この街は高い城壁に囲まれているから安全だけど、壁の向こうには凶暴な魔物がうようよいやがる。
そいつらと戦う賞金稼ぎは俺にとっていいお客だ。
これでも俺の腕は一流で、やつらからの評判はいい方だ。
おっと、今日も最初の客が来たようだ。
乱暴に扉が開き、取り付けられていたドアベルがけたたましくなった。
ドカドカと床を踏み鳴らしながら四人の賞金稼ぎが戸板に乗せた患者を運んでくる。
「ドレイク先生、急患だ! 診てやってくれ!」
「もう少し静かに開けろ、扉が壊れる」
文句を言いながらも運ばれてきた患者に一瞥をくれる。
左の肩口から胸のあたりまで包帯が巻かれているが、それはぐっしょりと血で濡れていた。
出血は止まっていないようだ。
俺は患者を診察台に寝かして、ナイフで包帯を切っていく。
「なんにやられた?」
「パルピュイアだ。森の中で奇襲を受けちまって」
パルピュイアといえば、顔や上半身は人間に近く、あとは鳥のような魔物だ。
どういうわけか雌しかいない。
両腕は翼になっていて、翼の先端と両脚には鋭いかぎ爪を持っている。
おそらく脚の爪でやられたのだろう。
深くえぐれた傷口からはとめどもなく血が溢れていた。
「どうする、うちの冷凍ストックを使うか?」
「いやいや、こいつでお願いします」
賞金稼ぎのリーダーが差し出してきたのはゴブリンの死体だった。
壁の外ではもっともありふれた魔物である。
個体の力は弱く、狩るにはたやすい種族だ。
人間の体に馴染みやすく、傷口を塞ぐだけならもってこいの素材でもあった。
魔物の肉体というのは魔力に反応しやすいから、改造魔法を使うとすぐに傷口が塞がる。
これを応用して俺は治療を施すのだ。
「ゴブリンねえ……、そいつの肉を移植するだけじゃパワーアップは望めないぜ。ちょうど入ったばかりのオークの肉があるんだけどさ――」
「いやいやいやいや、こちとら今金欠でね、5万クラウンしかないんでさあ」
5万クラウンは最低ラインの治療費だ。
こいつらはランクの低い賞金稼ぎだから、それ以上の金は本当にないのだろう。
俺はさっさと交渉を諦めた。
ちなみに、まっとうな治癒師のところでまともな治癒魔法を受ける場合、料金は15万クラウン以上はする。
しかもツケは利かないときているので、こいつらは俺のような魔導改造医の世話になるしかないわけだ。
「はあ……、まあいい、さっさと始めてしまおう」
まずはベラドンナ、阿片、トリカブト、デイゴンなどを調合した薬で患者の意識を奪う。
魔導改造には痛みが伴うのだ。
移植される生体材料が強力な魔物であるほど、痛みは飛躍的に大きくなる。
麻酔が済むと、薬が効くまでの間に傷口に合わせてゴブリンの肉を切り取った。
先に生体材料の表面をアルコールで拭いておくのがポイントだ。
その方が癒着は早いことを俺は経験的に知っている。
ヤブはその辺が適当なので、術後に移植箇所が離れたりする。
材料を切り取ったら、今度は患者の傷口を切り取る。
傷口を広げてどうするかって?
汚い傷口よりきれいな切り口の方が生体材料はうまくくっつくのだ。
ギザギザの傷口は切り取っちまう方が治りは早い。
「さて、準備はできたぞ。お前ら、こいつが暴れないように手足を押さえておいてくれ」
薬で意識は奪ってあるけど、痛みで目を覚ます患者も多い。
準備が整うと、俺は切り取ったゴブリンの肉を患者の傷に合わせた。
さすがは俺様、目視だけでぴったりと肉の形が合っている。
「始めるぞ」
俺は魔法を展開し、生体材料を傷口にくっつけていく。
これも一応治癒魔法の一種だ。
一種ではあるが、世間ではそう認めてもらえる代物ではない。
まあ、俺はどう思われても構わないけどな。
訳があって、俺はまともな治癒魔法をほとんど使えなくなってしまった。
無理をすればできなくもないのだが、通常の30倍の魔力が必要になってしまう呪いにかかっている。
これでは治療できる人間は三日に一人がいいところだ。
とてもじゃないが、まともな治癒師としてはやっていけない。
だが、この方法なら消費魔力はぐっと少なくて済む。
「よし、もう離してもいいぞ。治療は成功だ。ただし、一週間は安静にな。経過を診るから三日後にまた来い」
これで5万クラウンだ。
まあ、ぼろい商売ではある。
5万クラウンといえば一般的な労働者の半月分の給料だ。
それを数十分で稼ぐのだからボッタクリと誹られることも多い。
それでも治癒師や高位聖職者よりはましだろう。
あいつらはもっと楽をして、さらに高い料金を取るのだから。
こんなことを言っていると、まるで魔導改造医に苦労がないように思われてしまうかもしれないが、そんなことはない。
どんな人生にも苦労があるように、名医の俺にも災難は降りかかる。
たとえばバカな客――。
ほら、言っている端からそんな客がやってきた。
再びドアが乱暴に開かれた。
さっきよりもひどいくらいで、金具の一部が歪んでしまったようだ。
軽傷患者のようにドアは斜めに傾いてしまっている。
現れたのはこれまた賞金稼ぎで、何週間か前に俺が治療を施した大男だった。
「ゴラァ、やぶ医者ぁっ!」
「やかましいっ! てめえのせいでドアが壊れたじゃねえか」
俺の眼光に男は一瞬だけ怯んだが、ずんずんと距離を詰めてくる。
「ドアなんざどうでもいいんだよ! 見ろ、俺の腕を!」
奴は着ていたシャツをかなぐり捨て、上半身裸になった。
職業上よく見るが、男の体を見ても嬉しくない。
「おーおー、酷い状態だな」
奴の右腕はオークの腕に付け替えられているのだが、その腕中に紫色の発疹ができていた。
「他人事みたいに言うんじゃねえ。てめえがつけた腕だろうがっ! 朝から痛くてしょうがねえ、何とかしやがれ!」
男は今にも掴みかからんばかりに鼻息が荒い。
だが、俺は落ち着いたものだ。
「悪いのはお前だぞ。メンテナンスがあるから来いと言っただろうが。それを無視するからそうなったんだ。それと、一番の原因は力の使い過ぎだ。拒否反応が出ることは説明しただろうが」
バカは人の話を聞かないから始末が悪い。
魔物の体を移植すると、その魔物の能力の一部が身に宿るのだ。
たとえばこの男はオークの腕を移植したわけだが、それによってとてつもないパワーを発揮することができるようになった。
ただし調子に乗って力を使い過ぎると、このような結果になるのだ。
ご利用は計画的に、と言いたい。
「うるせぇ! とにかくすぐに治しやがれ!」
「そいつの治療となると7万クラウンだな」
「なっ、金を取るのか!?」
「当り前だろうが。世の中にただのモノなんてないんだぜ。ママに習わなかったのか?」
「てめえ……」
男はこめかみをピクピクと痙攣させながら俺を睨みつけてきた。
そして突如オークの右手を振り上げる。
「バカ、ここで力を開放するな!」
やつの体を心配しての発言じゃない。
俺が心配しているのは自分の診療所だ。
コイツの腕がもげようが腐ろうが、俺には関係のない話である。
忠告は与えた。
それを守らなかったのはこいつの責任であって、俺が悪いわけじゃない。
うなりを上げて襲ってきた拳を皮一枚の差でよけ、カウンターで奴のあご先にパンチを叩き込む。
殺すつもりはないのでワーウルフの爪はしまっておいた。
改造医らしく、俺も自分の体に魔導改造を施しているのだ。
ベルン山地最強と言われたワーウルフの体の一部を俺は自分に移植した。
これのおかげで動体視力、反射速度、筋肉など、様々な動きが強化されている。
もちろん普段は力を眠らせてある。
使うのはいざというときだけだ。
さもなければこいつのように拒否反応が起きてしまうからである。
どこにどのような生体移植をしたかは企業秘密ってやつだ。
どうしても聞きたい場合は大量の酒を飲ませるか、色仕掛けで聞き出してくれ。
特に後者は効果があるはずだ。
やる人間の魅力にもよるけどな。
俺は床に倒れた男に声をかけた。
「どうする、7万で治療するか? 治療しない場合は一週間くらいで腕が腐りだすぞ」
「う……うぅ……」
「腕の付け替えはもうできないからな」
どういうわけか、一度魔導改造を施した部位には、二度と魔物の素材がつかないのだ。
男は虚ろな目で俺を見あげる。
「治療を頼む……」
「あいよ。前金で7万3千だ」
「さっき、7万って……」
「3千はお前が壊したドアの修繕費だ。きっちり払ってもらうからな」
男はがっくりと肩を落とし、哀れっぽい声で訊いてくる。
「分割は利きますか?」
「利息は年利18%だぞ」
そろそろお昼が近い。
今日のランチは何を食べようかな。
さいわい金には困っていないので、豪勢な昼飯でも食うことにしよう。