下着屋の店主
私を知ってるの……? ううん、ちがう。私はこちらの世界に来たばかり。お兄さん以外の人間は知らない。
となると、今は異世界にいる救世主さんのことを話してるんだ。
でもそんな人と、今の私が会っても大丈夫なの? お兄さん、どうしよう?
助けを求めるようにお兄さんのほうを見ると、お兄さんはすぐ側まで来てくれていた。
「愛子、久しぶりだな」
そうか、お兄さんが言ってた『昔の友人』って、この人のことなんだ。
「そうね、本当に久しぶり。私のことなんて、とっくに忘れたと思ってたわ」
あれ? この人、ちょっと怒ってる……?
「そんなことはないよ。忘れるわけないだろ?」
「そうね、これでも元カノですものね」
『元カノ』って何だろう?
「今日はおまえとケンカしようと思って来たわけじゃないよ……」
お兄さんは少し寂しそうに、愛子さんを見ている。
「はいはい、今日は大事な妹のためですもんね。お仕事ですもの、ちゃんとしますよ」
愛子さんも言い過ぎたと思ったのか、ばつが悪そうな顔をした。小声で「なんで余計なこと言っちゃうのかしら」などと呟いている。
お兄さんには聞こえなかったようで、あらぬ方向を見つめている。
このふたり、なんだかおかしな雰囲気だ。
「妹の幸奈ちゃんのブラのサイズ測定だったわね。そうねぇ……」
愛子さんは改めて私に向き合い、胸元を中心にじっと見つめる。見透かされるような視線。捕えられて、頭からがぶっと食べられちゃいそうだ。
「サイズはF65ってとこかしら」
「見ただけでわかるのか?」
お兄さんが驚きの声を発した。見ただけでサイズがわかるって確かにすごい。
「これでも下着店のオーナーなのよ。見ただけでだいたいのサイズは把握できるわよ。正確には計測しないといけないけど。以前見かけたときはDカップぐらいだったのに、今はFカップとは成長したものね。前とは雰囲気も変わってる気がするし、何か心境や体の変化でもあったのかしら」
「するどい分析力。さすがだな。実は愛子に相談したいのは、下着のことだけじゃないんだ」
「なによ?」
お兄さんは一瞬ためらうように私を見つめた。
「実は……この子は本当の妹ではなくて、異世界から来た元ドラゴンなんだ……」
「はぁ?」
愛子さんは奇妙な声をあげ、きれいに描かれた眉をへの字に曲げた。
「なに? 最近流行りの異世界転生ってやつ?」
「いや、異世界からこちらの世界へ来たから、逆転生かな」
「そんな名称はどうでもいいわ。なによ、優斗は私をからかいに来たの? だいたい妹が本当の妹じゃないって言われても誰が信じるというの?」
「愛子なら信じてくれるって僕は思ってる。僕は嘘だけは言わないこと、愛子もよく知ってるだろ?」
お兄さんは真っすぐに愛子さんを見つめている。お兄さんは、愛子さんのことを信じてるんだ。だから私の事情を打ち明けたのだろう。
お兄さんに見つめられ、愛子さんの顔はかっと赤くなった。
なんで 赤くなるんだろう? 不思議。
愛子さんはしばらく視線を泳がせていたが、やがて参ったというように両手を広げた。
「確かに優斗は嘘はつかないものね。いいわ、あなたの話、信じてあげる。とりあえずサイズを測定しましょう。幸奈ちゃん、フィッティングルームに行って服をぬいでくれる? あのカーテンがある場所ね」
ちろりとお兄さんの顔を見た。大丈夫だよ、と言うように頷いている。お兄さんが信じている人なら、きっと大丈夫だよね。愛子さんの指示通りに、カーテンのある場所へ向かい、カーテンを閉めると服をぬぎ始めた。
「それにしても、妹のことで相談したいことがあるんだ、なんて深刻な雰囲気で電話してくるから、何かあったかと思ったわよ。幸奈ちゃん、少し雰囲気変わってるけど、素直だし、元気も良さそうじゃないの」
「確かに素直だし、いい子だよ。でも僕だけではもう、どうにもならなくて。できるなら助けてほしい」
「ふぅん。優斗がそこまで言うなんて珍しいわね」
カーテン越しに聞こえてくる二人の会話を聞きながら、脱いだ服をたたむ。どうやら私、耳はいいらしい。ドラゴンであったときも、音で敵かどうか判断して身を守っていたから、その名残なのかもしれない。匂いにも敏感だし。見た目は人間でも、ドラゴンとしての感覚が少しだけ残っているのだろうか?
「幸奈ちゃん、準備はいい? カーテン開けるわよ。……って、あなた何してるの。なぜ下の服までぬいでるの? ちょっと待って! なんですっぽんぽんになろうとしてるの!?」
「だって愛子さん、服をぬいでって」
「上半身だけよ。胸のサイズを測定するだけだもの。丸裸になる必要はないの。知ってるでしょ。ちょ、パンツまでぬごうとしない! ちょっと優斗! この子何なの?」
「服ぬいで」っていわれたから、それに従っただけだったんだけど。何がいけなかったのかなぁ?
胸のサイズは愛子さんの推測通り、Fカップだった。『F65』というサイズらしい。
胸の測定を終え、服を着てフィッティングルームから出ると、顔を赤くしたお兄さんが頭を抱えて唸っていた。
あれ、私、何かまちがえたの……?
「ちょっと、優斗。この子何なの? 素直なのはいいけど、素直すぎて常識を知らないというか。とにかくちょっと変な子よ。幸奈ちゃんって、こんな子だった?」
愛子さんはお兄さんに顔を寄せるように、小声で話している。私に聞こえないようにしてるんだろうな。丸聞こえだけど。
「愛子に相談したいのはそこだよ……。素直で勉強も頑張るし、とてもいい子なんだけど、女性としての羞恥心に欠けてるというか。元ドラゴンだから、そういう感情をもってないのかもしれない。僕や愛子の前で裸を見せるぐらいならともかく、学校でもこの調子だと思うと、とても登校させられない。だから困ってるんだ」
「異世界帰りだか、転生だが知らないけど、確かにこのままだとマズイわね。同世代の男の子の前でも、さらっと服をぬいでしまいそうだもの」
「そうなんだ。愛子、頼めた義理じゃないけど、きみしか相談できる人がいないんだ。頼む、幸奈のこと、助けてもらえないだろうか?」
お兄さんは愛子さんに向かって頭を下げた。お兄さんは私のために、愛子さんに助けを求めてるんだ。なんだか申し訳ない気持ちになり、私もお兄さんの隣に行くと、ぴょこんと頭を下げた。
「ちょっと、頭なんて下げないでよ、二人とも。優斗と幸奈ちゃんとは幼馴染だものね。幸奈ちゃんが異世界帰りの宇宙人って話、信じてあげるわ」
「宇宙人じゃなくて、ドラゴンだよ。異世界に宇宙人がいたらおかしいだろう?」
「あら、現代人が異世界転生するなら、宇宙人だって異世界に転生できるでしょ」
「それは転生じゃなくて……いや、今はその話をしたいんじゃなくて。幸奈のこと、相談にのってもらえないか?」
「どうしようかな~私も忙しいしな~。前みたいに優斗の家に遊びに行っていいなら、考えてもあげてもいいんだけど……?」
「もちろん。来る前に連絡してくれれば、愛子の好きなスイーツを用意しておくよ」
愛子さんは手を握りしめながら顔を伏せると、小声で「よぉし!」と唸るのが聞き取れた。お兄さんにはやっぱり聞こえてないようで、にこにことしているだけだ。
愛子さんは顔をあげると、満足そうな笑顔を浮かべた。その表情を見たお兄さんも、ほっとしたように笑う。
どこかぎこちない、けれど特別な繋がりあるように思えるお兄さんと愛子さん。ふたりは一体どんな関係なんだろう?
こうして私は転生した日本で、お兄さんに加えて愛子さんという女性の協力者を得たのだった。