はじめての学校
その日の朝は、私の新たな門出を祝うかのような、見事な晴天だった。
「幸奈、忘れ物はないかい? お弁当はかばんに入れた? 高校への行き方は頭に入ってる?」
「お兄さん、大丈夫です。何回も確認しました」
「担任の先生には病気で療養中だったけど、リハビリして元気になりましたって伝えてあるからね」
「はい、ありがとうございます」
「ええっと、あとは何か確認しておくことがあったかな。ああ、心配だ」
「大丈夫です、お兄さん」
「お弁当のおかず、少し多めに入れといたからね。新しくできた友だちに、おすそ分けできたらいいかな、って思って」
「ありがとうございます。では……」
軽く深呼吸をして体の緊張をほぐすと、とびっきりの笑顔をお兄さんに見せた。
「いってきます!!」
周囲を見渡すと、私と同じように学校へ行く人、仕事へ行く人、様々な人が目的地に向かって歩いていた。私も今日からこの人たちの仲間なんだ。
「ふふふ。今日から私も女子高生だっ!」
お兄さんから渡されたスマホに、着信音が鳴った。メッセージが届いたようだ。誰からだろう? タップすると、メッセージ画面が開く。
「愛子さんからだ。なになに……『いってらっしゃい。友だち100人作りなさいね!』だって。ふふふ、友だち100人できるかなぁ?」
今日からいよいよ学校だ。これからどんな出会いが待っているのだろう?
心と体が浮き立つような感覚に、思わず身震いする。まるで心に翼が生えたようだ。
乗車の練習を何度もした電車に乗り、高校へ向かう。多くの生徒が登校する中、私も意気揚々と学校へ足を進める。ドラゴンであったときはあれほど人々に怖がられていたのに、今の私を怖がるものはない。私を意味もなく虐めたり、攻撃したりするものもいない。私は、自由だ。なんて素敵なことなんだろう!
高校に着いたら、まずは職員室へ行くように言われている。見慣れぬ校内をゆっくり進む。
「あなたが園村幸奈さんだね。お兄さんから連絡をもらってるよ。わたしは担任の野村です。よろしく。体のほうはもう大丈夫?」
担任になる野村先生は、お兄さんと同じぐらいの年齢と思われる若い男性の先生だった。眼鏡をかけた知的な雰囲気をもつ先生だ。
「はい、大丈夫です。もう慣れました!」
「慣れた? ああ、病からの復帰後の体に慣れたという意味か。いろいろと大変だったね。記憶を失ってるそうだね。ところで園村さん。病気で療養していて、これまでの記憶も失ってること、クラスの子に正直に言う?」
なぜそんなことを聞くの? 『病気で療養していた』というのは嘘だけど、これ以上嘘を重ねろというのだろうか?
「なぜですか?」
「なぜって、病気で療養していたというのを話すのが嫌かな、と思って」
「なぜ嫌なのですか?」
「それは……まぁ、いい。園村さんがそのつもりならいいよ。じゃあ、クラスに行こうか」
なんだか煮え切らない先生だ。気をつかってくれてるのはわかるけど、これから友だちになる子たちに、これ以上嘘はいいたくない。正直に話そう。きっと受け入れてくれる。お兄さんと愛子さんのように。
野村先生と一緒にクラスへ向かうと、ざわつく教室の扉を、先生は勢いよく開ける。まっすぐ進み、黒板の前に立った。
「はい、静まれ~! 今日は久しぶりに会う友だちを連れてきた。園村幸奈さん。覚えてるかな? 彼女は病気で自宅療養していてね、これまでの記憶も失っているそうだ。元気になったので今日から登校することになった。園村さん、挨拶しなさい」
「はい!」
クラスの子たちの前に進み出ると、同じ年頃の女の子と男の子たちが一斉に私を見ている。こんなふうに見られたことはかつて一度もない。どうしても緊張してしまう。でも彼らはこれから私の友だちになる人たちだ。私が緊張していてどうする? 心を開こう、まずは私から……。
「皆さん、おはようございます。皆と仲良くなりたいので、正直に言います 私は異世界から転生してきた元ドラゴンです。人間には不慣れですが、全員とお友だちになりたいです。どうぞよろしくお願いします!」
大きな声で挨拶をして、体を折り曲げるようにぺこりと頭を下げた。しぃんと静まり返る教室。
きまった……。そう思った。
顔をあげると、クラス全員の顔がひきつっていた。呆気にとられた顔をしている子もいる。野村先生も茫然としている。
あれ……? 私、何かまちがえた……??
ちょっっぴり後悔したけれど、すでに時遅しだった。
園村幸奈17歳、女子高生。初めての学校で、『イタい子認定』されました……。
その日から私は、『転生少女』『ドラゴンガール』などと噂されることとなる。生徒たち全員に、一歩距離をおかれるようになってしまったのだ。友だち100人作るのは、はるか遠い道のりになってしまったようだ。
私、何をまちがえたんだろう? だれか、教えてください……。