ドラゴンと幸奈~すべてのはじまり
逆転生ファンタジーです。
ちょっと変わった残念系ヒロインですが、幸せになろうと頑張ってますので
よろしくお願いします。
「ごめん、まちがえた」
ドラゴンであるわたしの身体は、少女の剣によって貫かれていた。
体液がどくどくとあふれ出し、身体が少しずつ冷えてきている。これが現実だと思い知らされる。
少女は異世界からやってきたという。彼女は救世主と人々に呼ばれていた。
少女は手を伸ばし、傷ついたわたしの身体を撫でながら言った。
「人をおそって喰うドラゴンとまちがえてしまったわ。ごめんね」
まちがって刺されたわたしは、すでに息も絶え絶えで、確実に死が近づいていた。
まちがえてしまったわ、じゃ済まないんですけど!?
「あなたは私をこっそり見ていただけ、だったのにね」
少女の言うとおりだ。わたしは彼女をずっと見ていた。正体を知られぬように気配を消して、影からこっそりと。残念ながら、とっくに気付かれていたようだけれど。
少女を害そうと思ったわけではない。ただ見ていたかったのだ。彼女はとても、美しかったから。醜いドラゴンとして蔑まれていたわたしにとって、皆に愛され、慕われる美しい少女は憧れそのものだった。
でも何もしなくても、影からじっと見ていたら怖いよね。なら、悪いのはわたしだ……。
「ねえ、ドラゴン。あなたは、このまま死んでもいいの?」
少女はわたしに問うた。
死ぬ──。それは全ての終わり。わたしの人生、いや、ドラゴン生はここで終わる。わたしを好いてくれる者は誰もいないから、誰の記憶にも残らない。わたしという存在は消えてなくなってしまうのだ。
いやだ……そんな終わり方はあんまりだ。
死にたくない、消えてなくなりたくない。
異世界からやって来た少女のように、笑顔になれる生活を送ってみたい。幸せというものを知ってみたい……。
「なら、生かしてあげる」
え? どうやって?
「私の名前は、園村 幸奈。私ね、この世界を救ったお礼に、3つの願い事を叶えてもらえるの。そのひとつを使うわ。あなたを私が育った世界、日本に転生させてあげる。私の身代わりとしてね」
私が、少女の身代わり? どういうこと?
「日本に転生できたら、私の兄に伝えて。私は遠い異世界で幸せに暮らしてるって。皆と一緒に生きていきたいから、もう日本に帰るつもりはないの」
ええっ、私は少女の兄とやらに伝言を伝える、そのためだけに転生させられるの??
「それだけじゃないわ」
少女はかすかに笑った。
わたしの思考が読まれてる? どうやら撫でる手を通して、わたしの心を読み取っているらしい。
「私ね、この世界に喚ばれて初めて幸せを感じたの。だからあなたも転生して幸せになってほしい。それがせめてものお詫び。臆病なドラゴン、まちがえて殺してしまってごめんね」
転生したら、わたしは幸せになれるの? 幸せってなに?
そう聞きたかった。けれど、すでに瀕死の状態だったわたしの身体はとっくに限界だった。意識がゆっくり遠のいていく。
「ドラゴン、これだけは覚えておいて。転生しても幸せになれるかどうかはあなた次第。幸せは自分自身で掴み取っていくものなのよ……」
覚えているのはそこまでだった。その言葉を最後に、わたしは完全に意識を失ったのだった。
※※※※※
日差しが暖かい。ぽかぽかとした陽気が、私の身体をゆっくりと温める。身体は、ほかほかとした、やわらかなものに包まれている。とても心地がいい。
ダメだ、こんな日の光りの中にいたら、私は他の生物に攻撃されるかもしれない。早く目覚めないと……。
急かすように、はっと目を開けた。その瞬間、目に飛び込んで来たのは少女に似た顔立ちの男性だった。
「良かった、目を覚ましたんだね、幸奈!」
少女に似た男性は、がしっと私の身体を抱きしめた。一瞬、何をされているのかわからなかった。誰かに抱きしめられたことなんて、一度もなかったから。
「あなた、だれ……?」
ようやく発した言葉。男性は驚いて、手を解くと、私の顔をじっと見つめた。
「僕が誰なのか、わからないの? 幸奈、いったいどうしてしまったの?」
幸奈? その名前はたしか、救世主と呼ばれた少女が自らをそう名乗っていたような……。
「幸奈ってだれ? どこにいるの?」
男性は眉をひそめ、怪訝そうな顔をした。
「ひょっとして何も覚えてないの? 記憶喪失? いや、記憶障害?」
『きおくそうしつ』って何? それっておいしいの?
男性は立ち上がると、横の棚から日にきらりと光る、平べったいものを取り出した。
「いいかい、よく聞くんだ。おまえの名前は、園村幸奈。そして僕は園村 優斗。きみの兄だ。さぁ、鏡を見てごらん? 鏡に写ってるのは幸奈、おまえだろ?」
手渡された鏡とやらに写っていたのは……。
私を刺した、救世主と呼ばれる少女の顔だった。わ、わたし、救世主さんになってる。わたしを刺して、お詫びに転生させてあげる、っていったあの少女に。ということは……。
「あの、ここってどこですか? ニホンってどこ?」
「ニホン? ああ、ここというか、僕たちが生きているのは日本という国だよ」
かくして異世界生まれのドラゴンである私は、ワケあって日本の少女に転生したのだった。