舞台は整った、配役は悪役令嬢ですが…
つたない文書力ではありますが、自分の好きなストーリーで書いてみました。お豆腐メンタルですので、温かい心で読んでいただければ幸いです。
王太子に婚約破棄された令嬢レイシアは、クラスの笑いものになっていた。一方、王太子の寵愛を受けた男爵令嬢メアリに周囲は好意的だった。
あの舞台が幕開ける前までは……。
レイシア・グランディは、公爵令嬢であり作法もしっかりした教養ある女性であった。しかし、無口で無表情なまるで人形のような彼女を、婚約者である王太子は好きでなかった。
そんな王太子との婚約破棄が、秘密裏に行われたものの何故かその噂はあっという間に広がり、学園祭で王太子と男爵令嬢の格差恋愛を題材にした舞台が予定されるほどだった。
クラスの誰かが馬鹿にしたように陰口をたたく、「ハハッ、そんな舞台があるなら悪役を出来るのは一人だけだな!」周囲がレイシアを嘲笑したように見る。レイシアは無表情のまま、そんな周囲を咎めることもしない。
公爵家に対する侮辱として処理してしまえば、彼女がこのような仕打ちを受けることもない。しかし、彼女はしなかった。心配したグランディ公爵が、彼女に王室へ抗議や周囲への威圧を提案したが彼女は首を横に振るばかりだった。
公爵は奥歯をかみしめる。そして、最愛の娘を見るその眼には哀れみの色が映っていた。
愛しい娘がこんな人形のようになったのは、王太子との婚約が決まり、王妃教育が始まってからだった。花のように笑う愛しの娘は、笑顔どころか涙も見せなくなった。愚痴も不満もこぼさない、そんな娘の姿に公爵は、父として酷く心を痛めていた。
当の彼女はただぼーっと考えていた。
婚約も破棄になったし、お父様の計らいで辺境の田舎に移る訳だしそろそろ原作無視して行動していいかな……。原作には舞台の話は出てこないし、婚約破棄されたからもうたぶんエンディングなんだよなぁ。
遡ること数年前、私は妹がやっていた最初とエンディングしか知らないような乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった。ゲームが終われば、解放されるかと思いこの無口無表情の人形令嬢を演じてきたが…… 終わる気配がない。はぁ、もう打つ手無しなんだけど。
そうして、現在に至る訳で。もともと演じるのは得意だったが、無口無表情という演じ甲斐のない人形令嬢だなんて…… さっき言ってた舞台本当に出てやろうか!
そうして、半ば投げやりな感情から、格差恋愛の舞台に出ることとなったのであった。そんな彼女の内面をだれも知らない。
普通の舞台は、話題の当事者が演じる訳はない。そのため、悪役令嬢役としてレイシアが出るという話題から、設置した席の倍ほどの観客が押し寄せた。急遽、立ち見席も設けられたほどだ。満員通り越して、すし詰め状態の会場には、王太子や男爵令嬢メアリ姿もあった。
「こんなに人気の舞台なんて楽しみですね~、ロイドさまぁ(あんな人形令嬢がこんな大勢の笑いものになるのが本当に楽しみ)」
「あぁ(レイシアは一体どういうつもりなんだ)」
そうして、それぞれの思いをよそに舞台は開幕した。
ストーリーは、メアリと王太子の出会いから、格差の葛藤、周囲からの猛烈な反対と令嬢からのメアリに対するいじめ、そうしてその黒幕がレイシアであるかのような演出が続く。そして、舞台のラストスパート王太子がレイシアに婚約破棄を告げるシーンになった。レイシア最大の見せ場である。事前に台本を受け取った彼女は2行ほどのセリフを見て、あぁこの脚本家才能ねぇなと思った。台本をゴミ箱に投げ入れ、壇上に上がる。スポットライトが彼女を照らす。
王太子の傍らで、か弱そうに王太子の腕を掴むメアリ。
「レイシア、お前とは婚約破棄してもらう!」
王太子が冷酷に告げる。
実際の婚約破棄では、そんな冷酷ではなかったが舞台上の脚色がかかっている。ならば、レイシアも本気で演じ、本来のセリフを無視して始めてやろう。
レイシアは、短く息を吐いた。
婚約破棄の言葉を聞いてから、突如レイシアは涙した。
人形のような彼女の表情がはかなげに陰り、一筋の波がが頬をつたう。美しい白肌をつたう涙が、彼女に向けられたスポットライトにキラキラと反射する。
人形令嬢と呼ばれていた彼女だが、裏を返せばその容姿は非の付け所がないほどに美しいのだ。大衆は人形令嬢のまさかの涙とその美しさに息をのんだ。王太子役の相手でさえ彼女の美しさから目を離せない。
静まり返った舞台に、普段あまり聞くことのないレイシアの美しく透き通った声が響く。
「……好きだったの」
一呼吸おいて、またレイシアはその美しい声で続ける。
「――あなたが好きだった。明るくて、楽しげで、でも人一倍努力している貴方の姿を見るのが好きだった。弱音も吐かずに、淡々と難題をこなして、弱者にやさしくて自分に厳しい。そんな貴方の姿を一番近くで見れて幸せだった。……でも私には過ぎた幸せだったのね」
王太子を見つめて、レイシアは儚げに笑う。そんな彼女の頬をまた涙がつたう。
彼女を見ている観客にも胸がつまるような失恋の痛みに似た感情がこみ上げる。
レイシアは美しい声で続ける。
「――婚約破棄を受け入れます。メアリさんと幸せになってください。
貴方にずっと言いたくて、伝えられなかった好きを最後に伝えられてよかった。感情のない、人形みたいな私では貴方を幸せにしてあげられないもの」
婚約して、一度も見たことなかったレイシアの笑顔が王太子に向けられる。花のような笑みに、彼女の心情をそこにいた誰もが思う。
どんな痛みと辛さを抱えてあんな風に笑っているのだろうか。ずっと好きだった婚約者を奪われてなお、その婚約者の幸せをただ祈っている。好きも伝えられないそんな純粋な彼女が、悪女であるわけがなかった。舞台にあったようなあんな卑怯ないじめをするはずはなかった、彼女はただ一途に、純粋に王太子を愛していたのだ。あぁ、天使かよ。
王太子が幸せにしないなら、この健気な少女をだれが幸せにするのだろうか…。
舞台を見に来ていた貴族子息は、家に帰ったらレイシア嬢の公爵家に婚約の申し入れを書こうと強く心に決めた。身分的な差はこの際関係ない、まだ王太子との傷がいえていないかもしれないが、あの可憐な花は俺が絶対に幸せにしてやる。その場にいた大体の貴族子息が、全く同じことを考えていた。
そして、また多くの貴族令嬢も同じく。御労しいレイシア様、私が話し相手になって差し上げるわ、そしていつの日か、心から花のように笑えるようにお手伝いさせていただきますわ。家に帰ったら、レイシア嬢に茶会の招待状を出そうと心に決めたのだった。
そうして、後日大量の婚約の申し出と茶会の招待状が公爵家に届くこととなるのだが。
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一方、舞台を見に来ていた王太子は唖然としていた。
実際の婚約破棄の時、レイシアは「そうですか、わかりました」としか言わなかった。ただ、要件を片付けるように無表情のまま語られたその言葉からは、先ほどの舞台で見たようなな感情はくみ取れなかった。だからこそ、王太子は婚約破棄に対して後悔なんてしなかった……さっきまでは。
しかし、さっきの舞台上で見た彼女は自分の知る彼女とはまるで別人だった…… まさしく自分の求めていた理想の婚約者だった。控えめで、王太子としてではなく自分自身をしっかり見て愛してくれる愛しい人。
「……ロイドさまぁ、顔が真っ赤ですよ?」
隣にいたメアリが、猫なで声を上げる。自分をのぞき込むメアリ嬢の目を見て確信する、自分は間違っていたのだ。彼女の目には、俺自身なんて映っていない。そこには打算と狡猾さしか無かった… 愛情に乏しく育った自分でも分かる本当に愛してくれたのは、愛したいのは誰なのかが。なんだ、俺が愛を誓った目の前の女は、俺が王太子だがら寄ってきただけの一番嫌いなたちの女ではないか。
あぁ、レイシア。俺は間違っていたよ、本当は誰を愛するべきかなんて明白だったのに。
でも、君もひどい人だよ…… 俺に素直に話してくれた事なんて一度もないじゃないか。
人形みたいにして感情を押し込めて、少しでも君自身を見せてくれたなら俺は間違えなかったのに。
でもまぁ、いいよ。
大変だけど、婚約破棄の取り消しをして、明日ゆっくり君と話すことにするから。僕だけの愛しい人。
翌朝、あの舞台が周囲に与えた影響は、大きかった。
彼女と話したいからか、朝早くに登校する生徒が多かった。教室内も、その話題で持ちきりだった。
とある男子生徒は考える、彼女が来たら、なんて声をかけよう。
昨日の舞台が素晴らしくて、思わず泣いたなんて言ったら、彼女はまた花のように笑うだろうか。それとも、どう表情にしていいかわからず戸惑ってしまうだろうか。想像するだけで楽しい。
「実は、昨日さ。帰ってすぐ、公爵家に婚約の申し出を出したんだ」
「は?お前もか。俺もなんだけど…」
「フッ、残念だが、俺は侯爵家だからお前らよりも可能性があるぞ!」
「いや、家を継げない次男よりも俺のほうが、麗しのレイシア嬢を幸せにできるね」
「ほんと、無粋ね。失恋の傷も癒えてらっしゃらないのに。これだから殿方にレイシア様は勿体ないわ」
教室で静かに席についていた王太子に、聞き捨てならない会話が各方向から聞こえてきていた。どこもかしこも、レイシあの話題で持ちきり、終いには縁談話まで出る始末。
まぁ、事実上婚約破棄しているためレイシアは今誰のものでもない。だが、自分以外の手に彼女が渡るのは許せない。彼女に縁談話が行くだけでも嫌だというのに……。
これは、早く片付けた方がいいな、彼女の気持ちが他に移る前に。
失恋後の女性は無防備だし、優しくしてくれる人に弱いと聞く。
いくら硬派な彼女でも、その純粋さに誰が漬け込んでもおかしくない。
あぁ、レイシア早く来てよ……君は俺のだよ。誰にも譲らない……どんな手を使ってもね。
しかし、教室の騒がしさとは対照的に、ポツンといつまで経っても空いたままの彼女の席。
日が暮れ、下校のチャイムが鳴る―――彼女がその日登校してくることはなかった。
下校時刻のチャイムが鳴り、教室に入ってきた教師が彼女の机を持ち上げた。
「えっ… 先生、なぜレイシアの机を運ぼうとしているのですか?」
机を持った教師に、不安げに王太子が問う。
下校時刻まで彼女を待っていた周りも王太子と同じように思っていた。
教師は、机に手をかけたまま知らないのかとでも言いたげに、首を傾げた。
「ん?聞いてないのか。レイシア嬢は、辺境の公爵領地に行かれたから、もうこの学園に来ないぞ」
やけに静かになった教室に、最終下校のチャイムが静かに響いていた。
辺境の田舎に向かう馬車の中、レイシアの鼻歌が響く。乙女ゲームのエンディングテーマを鼻歌しながら彼女は、自由な暮らしに思いを馳せる。
あぁ、ゲームはこれにてハッピーエンドだわ。田舎についたら馬に乗ったり、釣りとかピクニックしてお昼寝とか色々しよう!
ニヤニヤするご機嫌な彼女の期待とは裏腹に、辺境に行った彼女を巡って首都では大騒ぎが起こるのだった。
読んでくださって、ありがとうございます。
長編が書けるように頑張っていければと思います。