表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

もう相当遅い


 春。


 とある建造物の食堂。


 テーブル越しに向かい合う男女の姿が有った。


シルフィ

「追放! あんたパーティ追放よ!」


 エルフの女性、シルフィが男を指差してそう言った。


 長い金の髪を持つ美しい女性。


 白いワンピースを身にまとっていた。


ダン

「えっ」


 向かいの席に座る男、ダンが意外そうに声を漏らした。


 黒髪のハーフエルフ。


 仕事帰りの商売人のような格好をしていた。


シルフィ

「何よ。なんか文句有る?」


ダン

「有るに決まってるだろ。理由を聞かせてくれよ」


シルフィ

「理由ですって? 本気で言ってるの?」


ダン

「良いから教えてくれ」


シルフィ

「……生意気ね。理由なんて決まってるでしょう」


シルフィ

「あんたが私のお風呂を覗いたからよ!」


 シルフィはダンを指差す手に力をこめて言った。


ダン

「……あぁ。そういうことも有ったかな」


 ダンはぼんやりと視線を天井へ向けた。


 白い天井。


 照明の魔導灯は黄色かった。


シルフィ

「なによ。他人事みたいに」


ダン

「いや。悪かった。俺が悪かったよ」


 ダンは微笑を浮かべた。


 どこか余裕が有る様子だった。


シルフィ

「なんか軽いわね。ホントに謝る気有るの?」


ダン

「……すいませんでした」


 ダンは頭を下げた。


 シルフィからはダンの表情が見えなくなる。


シルフィ

「仕方ないわね。今回だけ特別に許してあげる」


シルフィ

「あんた達もそれで良いわね?」


 シルフィは隣のテーブルに顔を向けた。


 男が二人、席についていた。


ゴサック

「ええよ」


サーブロ

「んだんだ」


 二人はうんうんと頷く。


 それを横目に見てダンは立ち上がった。


ダン

「それじゃ、話が済んだみたいだから、今日はこれで」


シルフィ

「あら。今日はダンジョンには行かないの?」


ダン

「外を見ろよ。分かるか?」


 ダンは視線で窓を示した。


 一区切りが幅2メートルは有る大きな窓だ。


 庭を一望出来る。


 外はもう暗い。


 闇の先に庭木が見えた。


シルフィ

「あら……。もうこんな時間なのね」


ダン

「風呂入って寝る。また明日な」


 ダンはシルフィに背を向けた。


 食堂の出口へと一歩踏み出す。


シルフィ

「ええ。……あら?」


 ダンは振り返った。


ダン

「どうした?」


シルフィ

「綺麗ね。夜桜が」


 シルフィの視線はずっと窓に向けられていた。


 庭木の一つが桜だった。


 頃良く満開で美しい。


ダン

「そうだな。綺麗な……良い桜だ」


シルフィ

「もう少し眺めていかない?」


ダン

「いや。俺は遠慮しておくよ」


 ダンは再びシルフィに背を向けた。


 もう呼び止められることは無かった。





 ……。





 徒歩で20分ほど。


 ダンは自宅へと帰り着いた。


 玄関の扉を開け、中へ。


ダン

「ただいま」


 家の奥に声をかける。


 足音。


 一拍置いて女性が姿を見せた。


 茶のショートカット。


 ゆったりとした衣服を身にまとっている。


 外見年齢はダンと同じくらい。


 耳を見れば種族は人だと知れた。


ミナ

「お帰りなさい。あなた」


 彼女、ミナはダンを笑顔で出迎えた。


 玄関通路に有った二人の姿はダイニングへと消えていった。






 ……。






ダン

「……なぁ」


 もう幾度目になるか。


 ダンはテーブル越しにシルフィと向かい合っていた。


 その面差しはいつもより固い。


 シルフィもそれを感じ取ったようだ。


シルフィ

「どうしたの? 神妙な顔して」


 シルフィは戸惑いつつ尋ねた。


ダン

「桜が切られることになった」


シルフィ

「桜?」


 ダンは視線を窓へとやった。


 シルフィもそれに釣られる。


 夜闇の先に桜の枯木が見えた。


ダン

「そこから見えるだろう。庭に生えてるあの桜だ」


シルフィ

「そう。どうして切ってしまうのかしら」


 二人は桜から目を離さずに言葉を交わす。


ダン

「枯れたからだ。切って、新しいのを植える」


ダン

「命は……いつか枯れる」


シルフィ

「そう。仕方のないことね」


ダン

「ああ。仕方がないんだ」


ダン

「……明後日、工事が有る。一緒に見届けないか?」


シルフィ

「どうして?」


ダン

「記念っていうかさ、良いだろ?」


シルフィ

「まあ、別に良いけど……」







 ……。





 その日が来た。


ダン

「行くぞ」


 まだ日は高い。


 食堂でぼんやりするシルフィにダンが声をかけた。


シルフィ

「行くって、どこに?」


ダン

「庭の桜を見に行く」


シルフィ

「そう。行きましょうか」







 ……。






 二人は正面口を経由して庭へと出た。


 桜の周囲には伐採業者の姿が見えた。


 色の薄い作業着の男が複数人。


 そのうちの一人がノコギリを運んでいた。


シルフィ

「あれは……何をしているのかしら?」


ダン

「切り倒すんだ」


シルフィ

「……………………どうして?」


 何を言っているのか分からない。


 シルフィはそんな顔をしていた。


 ダンは淡々と答える。


ダン

「枯れてしまったから」


シルフィ

「っ!」


 シルフィは駆けた。


 桜に向かって。


 作業員達は呆気にとられた様子だった。


 シルフィは周囲から桜を守るように立った。


シルフィ

「待って! この木を切らないで!」


 必死の形相を見せたシルフィにダンはゆっくりと歩み寄った。


ダン

「……………………どうして?」


 感情を見せずに尋ねる。


シルフィ

「どうしてって……だって……」


シルフィ

「この木は……あなたが……」


ダン

「俺が?」


 その時、シルフィの心がどこかに飛んでいったように見えた。


シルフィ

「……………………」


 沈黙。


 長いようで短い。


シルフィ

「あなた、誰?」


 尋ねた。


ダン

「俺が聞きたい。さあ、聞かせてくれ。俺はいったい誰だ?」


シルフィ

「あなたは……」


シルフィ

「あなたは……バンじゃない」


ダン

「そうだ。俺はアンタの旦那じゃない」


ダン

「それじゃあ俺は誰だ?」


ダン

「言ってくれ……。頼む……」


 ダンはぎゅっと拳を握り、祈るように言った。


 そしてじっとシルフィの言葉を待つ。


シルフィ

「…………………………………………」


シルフィ

「……ダン?」


ダン

「うん」


シルフィ

「大きくなったわね。ダン」


ダン

「……うん」


ダン

「お帰りなさい。母さん」


 母は息子の前に百年ぶりの帰還を果たした。





 ……。





 百年前。


 老人養護施設の庭。


 父と子が隣り合っていた。


 子は長寿のハーフエルフ。


 父は人間だった。


バン

「俺はもう長くは生きられない」


ダン

「うん」


バン

「俺の代わりに桜の苗木を植えていく。シルフィが好きだった木だ」


ダン

「うん」


バン

「母さんのこと、よろしく頼んだぞ」


ダン

「…………うん」


 それから少しして、バンは死んだ。





 ……。





 桜の前。


 シルフィは全てを思い出そうとしていた。


シルフィ

「私達は邪神と戦って……それで……」


 シルフィは伝説のパーティの一員。


 恋人のバンはリーダーだった。


 その功績は後の時代までも語り継がれている。


ダン

「母さん達は邪神を倒した」


ダン

「だけど……無事では済まなかった」


ダン

「邪神が死に際に遺した呪いだ」


ダン

「母さんは段々と新しいことが覚えられなくなっていった」


ダン

「楽しかった冒険の記憶に閉じこもるようになった」


ダン

「父さんが死んでからは俺を父さんの代わりにしようとした」


シルフィ

「……ごめんなさい」


 シルフィは視線を落とした。


 もう全てを思い出している。


 ダンにはそう感じられた。


ダン

「良いよ。もう終わったんだから」


シルフィ

「……ごめんなさい」


 二度の謝罪。


 不可解だった。


 それほどまでに悔いているというのか。


ダン

「母さん……?」


 ダンには母の真意を推し量ることが出来なかった。


 シルフィは寂しそうに笑っていた。


シルフィ

「私はあの人が居ないとダメみたい」


 シルフィは枯れ桜へと振り返った。


 右手をのばす。


 手の平が桜に触れた。


 彼女の体が淡く輝く。


 生命の輝きだった。


ダン

「母さんっ!」


 ダンはシルフィに駆け寄ろうとした。


 周囲が閃光に包まれた。


 あまりにも明るい、薄緑が混じった白光。


 光が収まった時、シルフィは地面に倒れていた。


 ダンはシルフィの上体を抱え上げた。


シルフィ

「……………………」


 シルフィは息をしていなかった。


 瑞々しかった四肢は枯れ木のように痩せ細っていた。


 母の抜け殻。


 ダンにはそのように感じられた。


 その時……。


 ひらりと、舞い降りてくるものが有った。


ダン

「桜の……花……?」


 いつの間にか、枯れたはずの桜が満開に花開いていた。


 いつか母と見上げた桜。


 父と見られなかった桜。


 生命に満ちていた。


ダン

「…………」


ダン

「行ってらっしゃい。母さん」


 ダンは静かに涙をこぼした。






 ……。







 シルフィは歩いた。


 現し世では無い。


 『天道』と呼ばれる魂の通り道だった。


 疲れは無い。


 雲のような地面の上をひたすらに歩いていった。


 やがて、見覚えの有る背中がシルフィの瞳に映った。


バン

「遅いぞ」


 男が振り返って言った。


 かつての夫、バンだった。


 シルフィは微笑んだ。


シルフィ

「こんな所でなにボケッとしてるのよ」


バン

「第一声がそれか」


シルフィ

「何? 文句でも有るわけ?」


バン

「ったく。俺が何年待ったと思ってるんだよ」


シルフィ

「さあ? 興味無いし?」


 シルフィはニコニコと楽しそうにバンを挑発した。


バン

「この……。追放すんぞ」


シルフィ

「ふふっ。今更そんなこと言われてもねぇ?」


シルフィ

「あなたが私にデレデレなのはもうバレバレなわけだし?」


バン

「は? お前が俺にデレデレなんだろ?」


シルフィ

「あら。忘れたのかしら? プロポーズの時、あなたが私になんて言ったか」


バン

「愛してる。死ぬまで一緒に居て欲しい」


シルフィ

「な……」


バン

「もう死んでるけどな」


シルフィ

「バカね」


シルフィ

「死んでも一緒に居てあげるわ」


 シルフィはバンと手をつないだ。


 歩き出す。


 行く先は天国か、地獄か、或いは来世か。


 天道がどこに続いているのかは分からない。


 ただ、二人の手を引き離すことは誰にも出来ないように思われた。






end






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↓もしよろしければクリックして投票をお願いします。
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ