四葉の約束
誰にでも、幼馴染はいると思う。
自分の家の周辺に隣家がなくても、小学校や幼稚園、保育園で幼馴染は生まれる。幼い頃の親しかった友人。それが幼馴染だ。
あたしにも、幼馴染が居た。
彼は羽橋涼。
通称「涼ちゃん」
あたしの隣の家に住んでいて、一緒にいつも遊んでいた。イタズラが好きで、嘘八百ばっかり。あたしを騙すのが大好きで、私はいっつも困らせられてた。……ホントひどいやつ。
例えば面白いことがあるって言って、風船を持ってきては、それもあたしに持たせて半分に切られたレモンを投げつけてきたり(もちろん、風船は割れてあたしはパニック)、お米に牛乳をかけて食べると美味しい(不味い)とか、テストは教科書を頭に載せておけば覚える(ありえない)とか、中臣鎌足を生ゴミのかたまりとか連呼して、あたしが本当の名前思い出せなくなったり(これはあたしがわるい?)とにかく色々してくれたのだ。
あたしはそんな涼ちゃんと、一つ約束をした。私が四つ葉のクローバーをたくさん集められたら、ずっと一緒にいようという約束。それも四つ葉のクローバーを集めることが苦手だったあたしにそう言ったのだ。どうせ、集められないと思っていたのだろう。
そんな彼は小学五年生の時に、誰にも言わずに引っ越してしまった。……ホントにひどいやつだ。
***
高校2年の春休みの朝。
あたしはシロツメクサに囲まれていた。
しゃがみこんで、じっと見つめる。うーん、ないなぁ。もそもそとシロツメクサを分けて、探し続ける。
……あっ、あった。四つ葉のクローバー。
あたしはそれを一つ摘んだ。
これはあたしの朝の日課。目が覚めたら、近所の広場や草むら、道端のシロツメクサを探し、四つ葉のクローバーを見つけるのだ。
家に戻り、あたしは摘んだ四つ葉をいらない新聞に挟む。四つ葉の葉をちぎってしまわないように慎重に、ゆっくりと形を綺麗に整える。窓際に置き、重しをのせ、日付を書いて貼り付けておく。
そのあといくつかある同じような新聞のかたまりを開き、中の四つ葉を取り出し新聞を取り替えた。それが終わると、新聞の中から一番古い一週間前のものを取り出す。
あたしは自分の机の引き出しを開いた。そこにはスクラップ帳が3つある。一番新しいものを選び、引き抜く。
開くとスクラップ帳に沢山の四つ葉。綺麗に処理されて、押し花状態になっている。あたしは乾燥し終えたばかりの四つ葉をサージカルテープで、貼り付けた。
「ふーっ」
緊張した。ちぎれてしまったら意味はないのだ。
……これで四つ葉のクローバー、いくつ目なんだろう。たくさんって何個集めればいいのよ。
スクラップ帳は引き出しだけじゃなくて、本棚にも古いものがあと2つある。もう充分集めているはずだ。
スクラップ帳の四つ葉をゆっくりと撫でる。
これはあたしの未練であり、執念の塊だ。重ねて重ねて、今じゃ引き返すこともできない。集めすぎたくらい集めてもやめられない。
あたしに余計な約束を残し、消えてしまった彼のことを思い出す。
涼ちゃんは引っ込み思案で不器用だったあたしをいつも外に連れ出してくれていた。彼があたしに与えてくれた経験は、他では得られないかけがえのないもので。どんなにイタズラされたっていつも付いていくくらい、好きだった。初恋だったの。
……なんで、引っ越すって教えてくれなかったの。
四葉の約束は、果たされることなくここにある。四つ葉のガラクタは山のように、重なって。
そう考えるとあたしは何故かとてもむしゃくしゃしてきた。涼ちゃんはあたしなんてどうでも良かったから、引っ越すことも教えてくれなかったのに、どうしてあたしはこんなふうにいじらしく四つ葉のクローバーなんて集めてるんだろう。……イライラする。
机の上に広がる四葉の軌跡。こんなのが何になるっていうんだ!
「涼ちゃんのバカー!!」
あたしはそう言いながら窓を大きく開けて、四つ葉のスクラップ帳を勢いよく投げてしまった。
でも、次の瞬間にはやっぱり後悔して下を覗き込む。
……そこには何故か男の人がいてあたしを見ていた。なんでいるの、あたしの家の敷地なのに。
あたしがじっと窓から目だけ出して見つめていると
「……バカで悪かったな」
という声がした。下の男の人が言ったのかな。
……あれ、この喋り方。なんか聞いたことがある。この皮肉めいた、カッコつけたような喋り方。
「せっかく苦労して戻ってきたってのに。肝心のお前がそんな態度かよ」
「……涼ちゃんなの?」
下をちゃんと覗いてみれば、見たことないほど身長が高く綺麗な男の人。けれど昔の面影が残っていた。
切れ長のアーモンド型の瞳。母親が日本人でなかった彼は、ハーフで少し色の薄い髪にヘーゼル色の目をしていた。他の男子と比べても身長が高く、整った顔で周りの女子は騒いでいた。
……涼ちゃんだ! どうしてここにいるのか。あたしは衝撃を受けた。
「四葉。待たせて悪かった」
彼は下からあたしを見上げて、一言そう言った。
……どう見ても、カッコつけている。
その言葉と表情が、あたしの心にあった何かに触れてしまった!
「ホントだよ! バカ! ふざけないでよ。謝って済むなら警察いらないのよ! ……ねえ、なんで引っ越すって教えてくれなかったの。あたしが四つ葉のクローバー集められなかったのが悪かったの? 何かあたし悪いことした? 引っ越すって教えて貰えないほど、友達甲斐なかったかな?」
言葉が矢継ぎ早に出てくる。……なんでか涙も出てきた。泣いてることがバレないように、また窓から体を隠す。ううぅ……。
その質問に涼ちゃんは答えずに何故か
「ちゃんと、四葉のクローバー集めてるんだな。……いい子だ」と言った。
涼ちゃんはあたしが落としてしまったスクラップ帳を拾って、中身を見ているようだ。
「……見ないでよ、涼ちゃんのために集めたんじゃないし」
あたしはまた窓から少し顔を出して、涼ちゃんに言い返す。あたしは涼ちゃんの言うことを素直に認められず、否定した。……あたしを待たせたことを、少しは反省して欲しかったのだ。
涼ちゃんは変な顔でこっちを見てきた。
「どうして不器用なお前が集める理由が他にある? 俺との約束のためでもなきゃ、お前はこんなこと続けられない」
認めるのは癪だったが、確かにそうだった。でも疑問がある。
「……そうだけど。なんでこんなことさせたのよ」
「四つ葉のクローバーを集め続けられたなら、絶対俺のこと忘れないだろ。あの約束をした時には、フランスに行くことはもう決まってたからな」
何言ってるの? あたしが四つ葉のクローバーを集めてれば、涼ちゃんを忘れないってどういうこと。
「何それ。……って、あたしに忘れさせないために約束したの?」
「お前は昔から、不器用で騙されやすくっておバカで。……とても可愛かったからな。何かで縛っておかなきゃほっとけなかったんだよ」
「あたしが集めてなかったかもしれないでしょ?」
「お前はずっと俺が好きだって、自信持ってたからな。クローバー集めてれば、他を見ることもなかっただろ?」
なんなのその自信。そんなに自信あるなら、そんなことしないでよね。あたし、四つ葉のクローバー集めるのすごい頑張ったんだから。不器用なのに。
「姑息だよ! 卑怯者!」
「難しい言葉も言えるようになったんだな」
涼ちゃんはバカにしたような顔でこっちを見てくる。
ーーうぅ、ダメだ、泣いてしまう。
このやりとりがどうしても懐かしくって、嬉しいような悲しいような感じがして、あたしはつい泣いてしまった。
「……な、なによぉ。……りょ、りょうちゃんなんか……、りょうちゃんなんかーー」
「……お、おい泣くのか。な、泣くな。泣くなって! 今からお前んとこ行くからな! 泣くなよ」
すると涼ちゃんは慌ただしく言って、あたしの家の玄関に走っていった。
……そういえば、涼ちゃんはイタズラばっかりだったけどあたしの泣き顔には弱かったなぁ。もしかして、引っ越しのこと言わなかったのって泣かれると思ったからでもあったのかな。
玄関から上がってきた彼は、あたしの部屋であたしを泣き止ませるためにあらゆる言葉を使って慰めようとした。でも、私が泣き止んだのはやっぱり私が聞きたかった一言で。
ーーそして、あたしたちは恋人になった。
彼はちゃんとクローバーの約束を果たし、あたしたちはずっと一緒にいることになる。
クローバーの約束をしてから6年も経ってたけど、約束は約束だから。
END




