吟遊詩人、イワタ・コウ
酒場の入り口に現れた一人の男。
長身で脇に楽器を抱えている。
漆黒の長髪が顔を隠しているが、尖った耳が付き出ている。
前世では岩田鋼と呼ばれた。
今はコウと名乗っている男。
酒場の主人は、現れたコウをチラッと見ると呟いた。
「ふん。エルフの流れ者か、、、、」
外では雨が降り、服はずぶ濡れだが、楽器ケースは防水だ。
「おい。コートは脱いで暖炉の前にかけとけ。他の客にもそうして貰ってる。」
声をかけられたコウは、暖炉の前に移動してあるコート掛けに外衣を引っ掛けた。
他の客達はいかつい筋肉逞しい男ばかり。
大体が冒険者や木こりだ。
酔っ払っている。
「おいぃ!おめぇ、木こりをバカにしやがったな!そこのあったけぇ暖炉にくべてある木は、俺達が伐ってきてんだぞ!」
「あぁ!?木こり風情が!捻り潰してやる、、、熊でも倒す俺の力を見せ付けてやるってんだ!!」
急にエールをビチャビチャこぼしながらテーブルで腕相撲と賭博が行われた。
酒場の主人はジッと黙り込んだコウを見遣る。
コウは暖炉の火をずっと眺めたままだ。
「おめぇさん、賭けにまざんねぇのか??」
コウは、なんとか喋った。
「金、、、無い、、、」
主人は溜息を付く。
長旅のエルフは無一文。
デカい荷物を担いで。
「おめぇさん、それなんだ?」
主人が指差した物が何なのか。
「楽器、、、、」
コウはケースを開いて見せた。
中に入っていたのはクラシックギターだ。
「へぇ、、、リュートか、、いや?違うな、、でも、、似た様なもんか。おめぇさん、吟遊詩人なんだな、、、」
こんな場末の酒場に、楽器だけ持って歩く人族は吟遊詩人だけだ。
エルフの吟遊詩人とは珍しい。
「・・・・」
静かな奴だ。
酒場の主人はそう思った。
自信たっぷりの吟遊詩人は散々見てきた。
どいつもこいつも、派手な衣装を着て、飽きのくる媚び諂った曲ばかり歌い、小銭を掠め取る。
客とのトラブルもしょっちゅうだ。
しかし、目の前の人物からは華々しい雰囲気は無いし、地味だ。
顔は長髪のせいで良く分からない。
「・・・・」
「なぁ、おめぇさん、なんか一曲頼めねぇか?あいつらの汗臭いコートと湿気が混ざった匂いで気分が良くねぇ。」
コウは無言のまま、ギターを取り出し、ポロポロと爪弾き始める。
『道は長く、、時は短か過ぎた、、この小さな歩幅では終わりは見えぬか。
生茂る木、立ち込める石の香り、なんと不思議な世界だろうか?』
ほろ酔いの客がコウの奏でる音色で陽気になってきた。
『甘く薫るバラに何を隠す、無垢な紅色はまるで私の血潮。
勝利への渇き、愛への渇き、この地への愛は、いずれ私を包む。
見えぬ強い慟哭を乗せ、今ゆかん竜の飛ぶ彼方へ。。。』
さっきまで腕相撲をしていた男達は、今はもう、酒を飲みながらコウの弾き語るバラードに耳を傾けていた。
「なぁ、兄ちゃん!今のはなんて曲だい?すげぇ良かったぜ!正に冒険者の歌だな!」
コウは曲名だけ言った。
「『竜の飛ぶ彼方へ』、、、」
酒場の主人も肯く。
「良い滲み入る唄だったぜ、、、なるほどなぁ。。。愛する女と故郷を置いて、ドラゴンを倒しに行く青年の物語か、、、」
男達はワイワイ騒ぎ始めた。
「熊なんか倒してないで、俺達はドラゴンを目指そうぜ!」
「何言ってんだ若造!おめぇ、さっき俺に腕相撲で負けてたじゃねぇか!?」
「へっ!忘れたなぁ!」
「兄ちゃん!もっかい、さっきの『竜の飛ぶ彼方へ』を頼むわ。」
コウは再び曲を奏でた。
こうして彼は日銭を稼ぐ。
メタルウォーリアーへの果てしない冒険は始まったばかりだ。