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第6話 自覚した傷

 屋上で総司の歓迎をどうするか話し合われてるその頃、総司は洋介の予想通りにトイレにきていた。 用を足しにではない。 かと言え、洋介が想像したようなことでもなかった。

「うっ──げぇっ! げほっ! うげぇっ!」

 洋便器に顔を突っ込みながら、先ほど食べたばかりで消化もされていない胃の中身を派手にぶちまける。 胃が空になっても吐き気が収まらず、便座に手を突いてしばらく息を整えているとようやく胃の痙攣も落ち着いてくれた。

 レバーに手をかけ吐瀉物を流すと、床に座り込みたいのをこらえて便座に座り頭を押さえる。

──春ちゃんに恋愛感情を持たなくてよかった──

 酸味と粘つきのひどい唾液を便器に吐き出しながら、総司は心底そう思った。 もし春を好きになっていたら、それであんな場面に居合わせたのだとしたら、この程度では済まなかっただろう。

 何が原因なのか、総司には分かっていた。 こんなことになったのは初めてだけどすぐに理解した。 トラウマになっていたのだと。

──母だった女の浮気。

 一度の過ちか、それとも父への裏切りか、それを確かめるために両親の寝室に仕掛けたボイスレコーダー──総司は当然その中身を確認していたのだ。 母だった女がよその男との情事に耽り獣のような声を上げるその一部始終を、総司は自室で何度も聞いた。

 男子高校生にとって、あるいはそれが刺激的に感じるものになることもある。 だが総司はそうではなかった。 性欲が薄いわけでも、性行為を汚ならしく思うほど潔癖なわけでもない。 むしろ健康的な男子高校生らしく、自慰行為にもそれなりに耽る程度には性欲もあったしセックスへの興味もあった。 彼女を作ってそうなれたらと、ごく普通の欲求を持っていた。 だが、母に女を感じたりすることは異常なことと、当然の常識性も持っていた。

 そんな総司が母の情事の声を、必要なこととは言え何度も聞いた結果どうなったか──一時的にだが総司は性欲を全く感じなくなった。 自慰したいとも、そういう動画や写真を見たいとも思わない、セックスをしてみたいとも思わない、性行為を汚いものと感じるようになっていた。

 とは言え、それも母が家を出てしばらくの独り暮らしを余儀なくされて割とすぐに落ち着いた。 性欲を感じなくても健康な10代男子だ。 溜まるものは溜まるし生理現象として反応は出る。 それを何回か処理してる内に自然と性欲も戻り、半月程度前からは違和感や嫌悪感もなく普通に自慰行為もするようになった。

 しかしだ、さっき自分のすぐそばで行われた春と文彦の性行為は落ち着いていた不快感を激しく引き起こした。

「目の前ってのは……やっぱキツいな」

 多分、赤の他人ならこうはならなかったと思う。 動画を観ても普通に興奮を覚えていたのだ。 母という身近な女性の性行為で覚えた不快感が、身近な人間の性行為を間近で感じて引き起こされたのだろう。

──自分がするのを想像しても何ともなかったんだけどな──

 自慰の時には自分がセックスするのを想像したりはした。 セックス自体にそこまでの忌避感はないと思う。 おそらくは普通なら触れることのない親しい人間の性行為を見聞きするのが自分のトラウマになっているのだろうと、そんなことを考え気が滅入る。

「何とか上手くかわすようにしないとな……」

 クラスメート同士でしてるのも、休日に乱交してるのもどうでもいい。 でも学校でまでああも堂々とされると精神的にも肉体的にもキツい。

 自分の事情を話せば自重してくれるだろうけど、総司にはそれも憚られた。

 初日から温かく迎えてくれて、仲間として受け入れてくれて、みんないいやつらだと思う。 性の乱れについてはトラウマがなくとも総司には馴染みようもないが、それは自分に関係ないものとしておけばいい友人になれる。

 それでも、まだ1日だけの付き合いで母が浮気してただの、それを自分は聞いていただの、そんなことを言えるわけがない。 向こうだっていきなりそっちの仲間に誘ったりはしないだろう。 それと同じだ。

 お互いに時間がいる。 向こうが誘うようになる頃には自分もそんな話もできるようになるだろう。 誘われたら話せばいい。 こういう事情があってしたくないんだと。 そうすれば自分の価値観をぶつけて相手の価値観を否定するようなことをせずに、円満な関係を築けるはずだ。 それまではそういう雰囲気になりそうな時は上手く席をはずすようにすればいい。

 ため息をついて立ち上がると、総司はもう一度、吐き出した唾を流してトイレを出る。

 廊下は人気もなく静まり返っている。 生徒数が少ないから教職員の数も少ない。 そもそも授業中だ。

 教室へと足を向けて──総司はそれを止める。 春の顔が浮かび、ついさっきの出来事が思い起こされた。

 隣の席には春がいる。 身近に感じていたら屋上でのことを思い出さないでいる自信はなかった。 いくらなんでももう少し時間がほしい。

 胃の重さもまだ消えていない。 総司はため息を吐くと職員室へと足を向ける。 学校の案内はまだだったから保健室の場所が分からなかった。

 五時間目は休もう。 少し寝れば落ち着くだろう。──そう決めて廊下を歩き出した総司の足取りは、体調の悪さとは別の内心を表すように重かった。

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