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第2話 二人の出会い

 駅から車で40分。 到着したのは割と綺麗な平屋の一軒家だった。 智宏は元々、現場近くに設けられたプレハブの仮住まいに住んでいたのだが、総司がくることになったので空き家を借りることにしたのだ。

 智宏の荷物も総司の荷物もすでに運び込まれている。 大半の家具なんかは設置まで済んでいるそうだ。 親しい職人が事情を聞いて手伝ってくれたのだと智宏は話していた。 智宏は現場では割と慕われているようだ。

「ここが新しい家だ。 とは言え今の現場を担当してる間だけだけどな」

 智宏の単身赴任期間は決まっていなかった。 とは言え、さすがに10年も続くわけではない。 途中で転勤が決まることもあるしいつまで住むかは分からない。 それに、総司も高校を卒業したらここを出ていく可能性は高いだろう。 そうすると二年も暮らさないことになるが、それでも当面の間を過ごす新たな家には感じるものがある。

 外観から築20年までは行ってないだろうと思われる、古民家のような趣はない本当に普通の家だ。 今まで住んでた所では考えられないくらいに庭が広くて、その点でも田舎なんだなと改めて実感する。

「まあまあいい感じだね。 結構広いみたいだし」

 平屋だけど面積は結構ある。 父子二人で住むには広すぎる気もするくらいだ。

「お前の部屋も前より大分広くなってるぞ。 バキュームはくるけどトイレとかも一応水洗だしな。 ネットもちゃんと通ってるし以外と悪くないと思うぞ」

 都会育ちにその点は非常にありがたい。 生活には問題なさそうだし部屋が広く使えそうなのはかなり楽しみだ。

「家具なんかは大丈夫だから後は荷物を開けていかないとな。 お前の荷物はもうお前の部屋に運んであるから」

 家具や荷物は一昨日に大半を処分し、残ったものを昨日の午前中に業者が運び出してこっちに運んでいた。 家具の大半は新しく買ったものが昨日の内に配送され、それを智宏が知り合いに手伝ってもらって設置してもらっている。 総司は荷物の運び出しに立ち会い、友人たちが開いてくれたお別れ会の後に電車でこちらに向かい、途中で一泊してきた流れだ。

 これからこの家に入り色んな荷物を開けていく。 大変ではあるけど新しい生活の始まりを実感させるそれに、総司は少しわくわくしていた。

「それじゃ──」

「あれぇ? 何やってるの?」

 中に入ろうとしたところで背後からいきなり声をかけられ、総司は振り返る。 そこには総司と同じ年頃の少女がいた。 自転車に乗って総司と智宏を不思議そうに総司と智宏を見ている。

 ショートカットに楽しげな表情が活発な印象を与える、美少女とは言わないけど中々に可愛らしい感じの少女だ。

「ここって空き家だったよね? そう言えば昨日荷物運んでたみたいだけど……お引っ越し?」

 興味いっぱいな様子の少女は好奇心に目を光らせて二人と背後の家を交互に見る。

「えっと、初めまして。 今日越してきた──」

「あー! 分かった! 明日からくる転校生って君のことだ!」

 自己紹介の途中でいきなり騒ぎ出す彼女に呆気に取られていると、自転車から降りた彼女がミニスカートを翻しながら小走りに駆け寄ってきた。

「そかそか! ご近所さんだったんだ。 明日からよろしくね!」

 言うなり少女は総司の手を両手で握ってブンブンと振ってくる。 女の子にこんな風にされるのは初めてで総司としては戸惑うばかりだ。

「あー……よろしくね。 それで君は──」

「あ、忘れてた! ごめんね? あたし、戸倉 春だよ! 三軒隣があたしん家なんだ」

 元気よく言って彼女が見た方に目を向けるとあそこかな?と見当は付いた。 三軒隣とは言え距離は200m近く離れている。 まあご近所さんではあるだろう。

「同じクラスでご近所さんなんてうれしいな! まあクラスは一クラスしかないんだけど。 東京からきたんだよね? 東京の話とか色々聞いていい?」

 彼女──春はテンション高く一方的にまくし立ててくる。 元気で無邪気でいい娘なんだということがひしひしと伝わってきて、学校生活に少しあった不安が綺麗に吹き飛んだ。

「俺もこっちのこと色々教えてくれたらうれしいな。 よろしくね、戸倉さん」

「春でいいよ! うちのクラス、人数少なくて仲いいからみんな名前で呼んでるし。 あたしも……あれ? 君の名前は……ごめん! 自己紹介しようとしてくれてたのに興奮しちゃって!」

 総司の自己紹介を遮ったことを思い出して恥ずかしそうに謝る春に、思わず笑いがこぼれてしまった。 本当に感情豊かで、少し話してるだけでも楽しくて、友達になれてよかったとうれしくなる。

「むぅ……笑わなくてもいいじゃん。 東京の人とか初めてだからちょっと興奮しちゃっただけで……」

「ごめん。 バカにしたわけじゃないんだ」

 笑われて恥ずかしそうにむくれる春に謝ると、総司は改めて自己紹介をする。

「俺は柴谷 総司。 こっちは俺の父さんで──」

「柴谷 智宏です。 息子と仲良くしてやってください」

「こっちこそよろしくね! 総司くんとお父さん!」

 にっこりと笑う春の笑顔に、総司も釣られて笑っていた。 母親の浮気を知って以来、心の底にあった総司を責める何かが和らぎ、春への好感がさらに強くなる。 恋心ではないけどこの娘と友達になれてよかったと──久しぶりに、自然にこぼれる笑いに、ここにきて本当によかったと思った。

 総司のそんな様子に、息子の心の負担を心配していた智宏も安心したように笑みを溢す。 総司をここに呼んだのも、田舎ののどかな暮らしが総司の心を癒す助けになればと考えたこともあるからだ。

「戸倉さん。 息子も突然の引っ越しで慣れるまで色々大変だと思うんだ。 よかったら力になってあげてくれないかな?」

「もちろんです! 同じクラスの友達なんだから!」

 当然のことのように言いながら反らした胸を叩く春に、総司は実際にやってるのを初めて見たな、とまた愉快な気分になる。

「みんなもね、どんな人がくるかって楽しみにしてたよ! ヤなやつだったらどうしようってのもあったけど総司くんはそういうんじゃないみたいだし。 みんな歓迎してくれるよ!」

 春の太鼓判に、普通にしてるだけなのにと思いながらそれをいいように捉えてもらえてるのはうれしく感じた。

「ありがとう。 俺も明日が楽しみだよ」

「最初の友達のあたしがみんなに紹介するからね!」

 どこか自慢気に言う春に総司も智宏も軽く頭を下げる。

「後で戸倉さんの家にも引っ越しの挨拶に行くけど、今日は忙しくて引っ越しそばはまた今度になりそうなんだ。 そうご両親に伝えてもらっていいかな?」

 今時引っ越しそばというのもなかなかないけど、田舎だけにそういうのはきっちりした方がいいだろうと考えていた。 荷物を開けるのがあるからまずは挨拶をして、別の日に改めて持っていくつもりでいる。

「分かりました! あれ?──でもそうすると今日のご飯ってどうするんですか?」

「普段からレトルトが多いし今日もそうするつもりだよ」

「それじゃ体によくないですよ? 総司くんは今までどうしてたの?」

「俺はまあ……ちゃんと食べてたよ」

 春の無邪気な質問に少し苦い思いを感じながら、総司は曖昧に答える。 母親だった女の話はしたくなかったし聞かれたくもなかった。

「だよね! 総司くん、おっきいもんね! うちの学校でも一番おっきいんじゃないかな?」

 150cmくらいの春に対して180cmを優に越える総司はかなり大きく見えるだろう。 実際に総司を見上げながらうんうん頷く春に、話が逸れたと総司は安堵する。

「あ! じゃあさ、あたしがご飯作ってあげよっか?」

 いいことを思い付いたと、いう風に春が手を叩く。

「えっ? いや、それはちょっと悪いよ。 ねぇ、父さん?」

「そうだな。 まだ台所も片付いてないしね。 気持ちだけありがたく受け取っておくよ」

「じゃあ台所の片付けもお手伝いしますね!」

 あっさりという春に二人は顔を見合わせる。 気持ちはうれしいけどさすがにそれは悪いだろう。

「いや、そこまでしてもらうわけにはいかないよ。 自分たちのことは自分たちでやらないとね」

「ご近所さんなんだから助け合いは当たり前ですよ?」

「でもね、まだ冷蔵庫も空っぽで調味料くらいしかないし、買いに出てる時間もないから──」

「じゃあそれも持ってきますね! 野菜とお米は家で採れたのとご近所でもらったのがたくさんあるし、おじいちゃんがこないだ獲ってきた猪の肉もあるから」

 遠慮する二人に対して春の善意が止まらなかった。 食材まで持ってきて食事を作ってくれるとか東京ではなかなか考えられないことに、田舎では普通のことなのか、それとも春が特別なのか、戸惑ってしまう。

「いいの?」

「うん! ご近所さんの友達って初めてだから歓迎したいんだ。 学校の友達もみんな遠いのが多いしね。 だからみんなより一足先に特別な歓迎したいなって!」

 ここまで言われると二人としても気は引けるものの断るわけにもいかなかった。 好意で言ってくれてるのだ。 甘えてしまおうと、智宏は頷く。

「ありがとう。 それじゃ総司が荷物を置いたらご近所に挨拶に行くから……そうだね。 二時間くらいしたらきてもらっていいかな?」

「はい! それじゃまた後でね、総司くん!」

「ありがとうね。 その……春ちゃん」

 女の子を名前で呼ぶ気恥ずかしさに、総司は照れながらお礼を言う。

 そんな総司ににこっと満面の笑みを向けると、春は自転車で自分の家へ向かって行った。

「元気で可愛くていい娘だな」

 太陽のような彼女の後ろ姿を眺めながら、智宏が楽しげに言う。

「あんな娘が友達になってくれたんだ。 学校も楽しみだろ?」

「うん……本当によかったよ」

 あんな娘が彼女だったら、なんて話が出てもおかしくない雰囲気だけど智宏はそれを口にしなかった。 母親の浮気で離婚することになったのだ。 総司もあまりそういう話題は好まないだろうと、気を遣っていた。 実のところ、総司は彼女ができたらとか期待はしていたわけだから無用な気遣いではあったわけだが。 ただ、恋愛について心にしこりがないわけではなかった。

 総司自身は春みたいな娘が彼女だったら楽しいだろうな、くらいには思ったけど別にいきなり好きになったわけではない。 友達としてでも楽しくていい娘だと感じていた。

「さ、荷物を置いて引っ越しの挨拶だ。 戸倉さんもきてくれるんだしさっと回ってくるぞ」

 智宏に促され、総司は新しい家に荷物を置いて引っ越しの挨拶に向かう。 新しい生活への不安は春のおかげで吹き飛んでいた。

 智宏と挨拶周りをしながら総司の胸には期待が溢れていた。──それが裏切られることになるなんて、この時の総司は全く想像していなかった。 好意が人間を変えるほどに人を傷付けることを、想像なんてできるはずがなかった。

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