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第20話 罵声の奔流

 罵りたいと、確かにそう言っていた。 覚悟はしたつもりだった。 それでも、総司の呟くような言葉は春たちに衝撃を与えていた。

 総司の表情は見えない。 どんな表情で、どんな感情を浮かべながら言っているのか全く分からないまま、ただ総司の最初の言葉を受け止めるしかなかった。

「少しでも思わなかったのかよ? 自分たちが頭おかしいことしてるって」

 誰も言葉を返せなかった。 今回のことで言ってるのは分かるけど何のことを言ってるのか、はっきりとは分からなかった。 総司を押さえ付けて無理強いしてしまったことならそう言われても仕方ないが、総司は別のことを言ってるように感じる。

 聞き返すこともできなかった。 何も分からないまま言葉にすることが総司をさらに怒らせることは、ここまでで十分に分かっている。 ただ黙って、総司の言葉を待つしかなかった。

 そんな彼らに、総司は返事を期待しているわけでもないのかゆっくりと言葉を続ける。

「全員集まってセックスとか……馬鹿みたいに興奮して勃たせてたり……情けない馬鹿面さらしながら腰振ったり……戸倉も松永も同じだよ。 男くわえ込んで恥ずかしげもなく声上げてるのとか見せ合って……それを喜んでる自分らがどれだけ頭がおかしいかなんて思いもしなかったんだろ?」

「それは……」

 洋介が言葉にしかけすぐに黙り込む。 そんなこと、考えたことは一度もなかった。 仲間同士で恥ずかしがることなんかなかった。 むしろそういうのも見せ合えるのが仲間の証のように考えていた。

 そんな洋介たちに、総司は暗い笑いを漏らして続ける。

「俺からしたらそんな恥知らずな真似、冗談じゃない。 勃たせてるの見られるのを考えただけで恥ずかしくて死にたくなる……セックスしてるところ見られるなんて生き恥をさらす以外の何ものでもない。 そんなことをしてむしろ楽しそうにしてる恥知らずで頭のおかしい連中にはこんな気持ちは分からないだろうよ」

 総司が何に怒っているのか、ようやく理解した。 自分たちが当たり前にしていたことが総司には受け入れられなかったんだと、それがはっきり分かった。

「おまけに他の男がなめたり体液ぶちまけた女を同じようにしたりとか……汚いとか思わないのかよ? 他の男とキスしてた女にキスとか、それこそ他の男のをしゃぶった女とキスとか……想像しただけで吐き気がする」

 吐き捨てるように言う総司の言葉には心底からの不快感がこもっていた。 そうした行為をしていた春たちを汚らしいと感じていることを、言葉を飾って隠そうともしない。

 反駁することもできずにいる六人に、総司は自分の価値観を──相手を蔑み否定する価値観をぶつけていく。

「それを代わる代わる、全員が喜んでやって、性欲処理を楽しんでたんだろ? 動物以下の恥知らずな真似を喜んで……」

「ちょっと待ってくれ、総司……その……言い訳じゃないんだけど誤解してる」

 総司の蔑むような言葉に思わず文彦が声を上げていた。 総司は顔を上げないまま黙り、文彦はためらいながらも誤解を解きたいと慎重に話す。

「そのさ、俺たちも誰でもってわけじゃなくてさ、仲間内だからしてたんだ。 付き合い古いから隠し事するような仲じゃなくて……恥ずかしいとこも見せ合えるくらいの仲なんだよ。 それにその……キスとか口でってのは好きな相手じゃないとって春も由美も他の二人もみんな許してないんだ。 ゴムもちゃんとしてたし……なめたりはまあ言われればそうなんだけど……別に汚いなんて思うようなことはなかったから、だから総司もそうなれると思って――」

「頭おかしいことやってて綺麗事言って誤魔化そうとすんなよ」

 文彦の弁解を総司は端的に切り捨てる。 何を馬鹿なことを言ってるんだと、総司の言葉には一切容赦がなかった。

 価値観を尊重するような相手ではない。 他人を傷付ける価値観の持ち主を踏みにじることに躊躇いなどなかった。

「だったらお前らはトイレで用を足してるとこも普通に見せ合ってたのか? 男同士集まってオナニーの見せ合いでもしてたか? 女を性欲処理に使ってるの見せ合ってただけなんじゃないのか? 気持ちいいからってセックスにはまって何人もでやったり、頭おかしいことが当たり前になってマヒしてただけだろ?」

 総司の言葉は辛辣で、それ以上に正論だった。 それに文彦が何も言い返せないでいると総司はまたため息を吐く。

「お前らにあんなことさせられて……あれから何度も吐いた。 ろくに寝れもしない……寝たところで悪夢ですぐに目が覚める……他人に見られながら恥さらしなことをしてる俺を見てお前らが笑ってる悪夢を何度も――」

「総司! 俺らそんなお前を笑ったりなんて――」

「俺の中の羞恥心が見せてるに決まってんだろ! そんなの分かってんだよ!」

 激昂した総司が怒鳴り声を上げ、反論しかけた信雄が黙り込む。

 総司は自分でも分かっていた。 それを笑うような奴らじゃないと、それは分かっていた。 夢の中で笑っているのは自分自身なんだと。 それでも、そんな事実は総司の怒りを抑える役には立たない。

「可愛けりゃ誰としてようが──それこそ六人も同時に相手してるような汚い女でも平然と性欲処理に使ってるようなやつらに同類扱いされて、生き恥さらした自分のことを自分で蔑んでるんだよ。 それはお前らの責任じゃないんだろうな」

「そ……うじ……くん? 今なんて……」

 怒りとともにぶちまける総司に、春が信じられないことを耳にしたというように呆然と聞き返す。 由美もまた言葉を失い総司に信じられないといった目を向ける。

 そんな二人の前で、総司は顔を覆う手をはずすと二人を見る。 汚い物を見るような蔑みの目に、総司が自分たちに嫌悪感を抱いていることがどうしようもないくらいに感じられてしまった。

「六人と同時にセックスしてましたなんて女、汚いって思うのが当たり前だろ。 そういうマンガとかで言うならさ……メス豚とか公衆便所とか呼ばれるようなことしてんだよ、お前ら」

 当然のように罵倒する総司に、春は頭を金槌で殴られたような衝撃を受ける。 総司に嫌われていなかったと思わせてくれたさっきの言葉の後だけに、言われてなお信じられない思いに捕らわれる。

「だって……さっき──」

「友人として見た時にはそう思った……知らなかったらそういうこともあったかも知れない。 だけど……知った上で彼女にしたいだなんて誰が思う? 性欲処理用の都合のいい女にする以外の目的で寄ってくる男がいるわけないだろ?」

 怒りを通り越したか、冷たく言い放つ総司の罵倒に春の目に涙が溢れてくる。 それに総司は何の反応もしなかった。 言葉に出したことでもう総司の中から、春たちに対する遠慮も、躊躇も、容赦も、何もかもがなくなっていた。

「松永だって分かってんじゃないのか? 彼氏がいた間は参加してなかったんだろ? 仲間同士でするのは特別でそんな罵られるようなことじゃないなら彼氏に言って参加すればよかっただろ? 何でしなかったのか言ってみろよ」

「それは……付き合ってる時とそうじゃない時じゃ話が──」

「だったら彼氏に言えたか? 付き合う前は友達何人もとやりまくってたって……付き合ってない頃は話が違うんなら言えたはずだよな?」

「そんなの……」

 言えるはずがない。 飲み込んだその言葉がそのまま答えだった。 総司の罵倒が決して的はずれでも、感情に任せて言い過ぎてるのでもない、ただ当たり前のことを言われているんだと納得するしかなかった。

 由美が黙り込むとそれ以上、汚いものを見たくないと言うように、総司は下を向いて顔を覆う。 そうしてまた、何度目かも知れないため息を吐き、

「その相手が親しい相手ばかりってのがまた最悪だよ……そいつらの顔が浮かぶし比べられるような気がする……不愉快過ぎて性欲処理に使うのすらごめんなんだよ」

「総司! 俺らは性欲処理とかそんなつもりでしてたんじゃない! 嫌だったらしないし――」

「お前が言うとすごい説得力だな、工藤。 俺の転校初日、ムラムラしたからって戸倉に頼み込んでいきなり屋上で、俺の目の前でやり始めた性欲まみれの猿がどこのどいつだったか言ってみろよ」

 激昂した文彦だが顔面蒼白になり黙り込む。 それは二週間も経っていないごく最近の出来事で、猿とまで罵られても言い返せないし、否定なんかできるわけがなかった。

 春と文彦の両親が暴露された自分の子供の恥知らずな行動に、驚きの余り声も出ない中、総司の罵声は続く。

「そんなものを見せておいてよく性欲処理じゃないとか言えるよな。 しかもお前ら、俺が戸倉か早瀬が気になってるなら全力で応援するとかさ……自分たちが使い倒して汚しまくった汚い女を彼女に勧めるとか……どこまで頭おかしいんだよ」

 春が嗚咽を噛み殺しながら涙を流しているのに、総司は一切の容赦も躊躇いもなく春への心底からの罵声を浴びせる。 大粒の涙をぽたぽたと垂らす春にたまらず由美が駆け寄り、背中を撫でながら総司に沈痛な目を向け、

「総司くん……あたしたちのこと、最初からずっとそう思ってたの?」

 総司は自分たちと会う前から、どんな関係なのかを春に聞いて知っていた。 最初からそういう風に思って、それをずっと隠して、親しく話しながら心の中では蔑んでいたのかと、由美が咎めるように聞く。

 春以外の全員が、自分たちの立場も忘れて思わず責めるような視線を向ける中、総司はため息を吐くとはっきりと言った。

「お前らにそんなこと、欠片ほどにも思うわけないだろ」

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