第13話 破局
ここまできたらもう照れることもないだろうと、総司も春に色々したいだろうと、彰が手を離した瞬間だった。 体を起こした総司に突き飛ばされ床に倒れた春が悲鳴を上げる。 腰を浮かしかけたところで急に飛んできた春に巻き込まれ、文彦と信雄ももつれるように床に倒れる。
「いってぇ……いきなり何すんだよ?」
実際にそこまで痛かったわけでないが、突然のことに驚いた文彦が不満げに声を上げる。
総司は全員に背中を向けてズボンをはいていた。 文彦の言葉に振り返りもせず無言で、ベルトを締めると鞄を拾いドアに向かう。
「おい、ちょっと待てって! いきなりどう──」
総司の態度に慌てた彰が総司の手をつかむ。 総司は足を止めたが振り向きはしない。
困惑する彰の前で、総司は深く、深く息を吐くと彰に捕まれた手を勢いよく振りほどく。
「お、おい……」
総司の無言の、だけど激しい態度に、彰はわけが分からず困惑が深まる。 これから春と思い切り楽しむところだったのにいきなりどうしたのかと、彰には理解ができなかった。
その様子を離れて見ていた春が、文彦が、信雄が、何が起きたのか分からず、何を言えばいいのかも分からず、呆然としていると、総司はそのまま走って部屋を飛び出した。 一言も話さず、誰の顔も見ようともせず、飛び出して行った。
「……どうしたんだろ?」
信雄の呟きに誰も答えられない。 重苦しい沈黙が流れる中、彰が口を開く。
「総司……怒ってたよな?」
「いきなりわけわかんねぇよ。 本当にどうしたんだ?」
「……あたしじゃ嫌だったのかな?」
うつ向きながら悲しそうに溢す春に、三人は揃って首を振る。
「あんなに夢中になってキスしててそりゃないだろ」
「春のことも好みだって言ってたしね」
その言葉が単にお世辞だったのかなと、そう考えた春の頭に総司に初めて料理を教えた時のことが思い浮かぶ。 自分のことも可愛いと思うか、そう聞いた時の総司の態度──『可愛い』と、その言葉はなかったけど、赤くなって顔を逸らしていた総司の態度は言葉よりも確かな答えだった。
あれが嘘だったのか──そうは思えないけどそれ以外の理由は思い付かなかった。
「どうなんだろ……分かんないよ」
落ち込んだ春に三人は気まずそうに顔を合わせる。 総司を仲間として迎え入れて楽しい時間になるはずだったのにと、やるせなさにため息を吐く。
「とにかくさ、明日学校で謝って話を聞こうぜ。 総司も一晩経てば少しは落ち着くだろ」
「そうだな。 何か誤解があったなら解いておきたいし」
今はどうしようもないと、彰と文彦はそう結論付けると春の肩を叩く。
「春もさ、とりあえず遅くならない内に帰りな。 総司のことはそっとしといてやってさ」
「うん……」
文彦に促されて、春は身繕いをすると立ち上がる。 さっきまでは総司を感じて、総司に満たされて、幸せな気分でいた。 だけどそれが今は不安と、大事なものを知らずに失ってしまったような空虚感でいっぱいだった。
そんな気持ちを抱えながら、春は彰の家を出て家に向かう。
──急げば総司に追い付けるかも知れない。
そっとしておくように三人は言っていたけど、すぐに謝らないといけないんじゃないかと思う。 だけど今、一人で総司に会うのは怖かった。 それでも、会ってすぐにでも謝って話を聞くべきなんじゃと、煩悶と反問を繰り返しながらも踏ん切りは付かず、結局、春は総司に追い付くことなく総司の家の前に着いていた。
様子を窺うように玄関を覗くと、総司の自転車が停まっているのが見えた。 総司は家にいる。 春は自転車を降りると総司の家の門の前に立った。
総司の家のインターホンはカメラ式ではない。 鳴らせばきっと総司は出る。 ボタンに指を伸ばして──春はその手を止めた。 総司に何を言われるのか、想像ができなくて怖かった。 何と言って謝るべきなのか、それも分からずボタンに指が伸びてくれなかった。
何度もボタンを押そうとして、その度に怖くて引っ込める。 それでも、春は何とか勇気を振り絞るとボタンを押した。
呼び出し音が鳴り、春は緊張しながら応答を待つ。 インターホンから声は返ってこなかった。 総司が出なかったことにどこかほっとしながら、春の不安はさらに膨らむ。 もう一度インターホンを鳴らすがやはり応答はない。
文彦の言う通り、少しそっとしておいた方がいいのかなと、春は後ろ髪を引かれながら総司の家を立ち去り自分の家へと自転車を走らせた。