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テロメアくん

作者: 野山橘

この作品内に出てくるテロメアの性質はフィクションです。

『友人が不死身だった。

 とはいっても、どんなに傷を負っても復活するとか、何度心折れても立ち上がるとかそういう比喩ではない。

文字のまま不死身だったのだ。

 ゲームやマンガなどでの不死身といえば、生命としての死を経験してもよみがえることができるというものである。

 いわゆるそれだったのだ。


 不死身の友人の名はタナベだったか。

 友人とはいえ、そんなにがっつり話したことがあるわけでもない。友達の家に集まった時に一緒に遊んで楽しかったぐらいのもんだ。

 苗字がタナベで下の名前は忘れてしまうぐらいのありふれた名前だったと思う。

 彼が不死身だと発覚したのは中学生の時のあの夏だったか。

 ゲーセン帰りに気が立っていたタナベ(たしか格ゲーで大敗したんだとか)は、イライラを電柱にぶつけたのだ。彼は不死身だが身体能力は一般中学生男子ぐらいのもんだったので、彼の一撃程度では、普通の電柱ならびくともしないだろう。

 しかしながら、運が悪かった。

 偶然にも、電柱自体が、鉄筋がコンクリート表層付近に埋まっていたという、考えられないような欠陥品だったのだ。

 しかも、さらに偶然は重なっていて、ちょうど鉄筋のところに犬が毎日尿をかけていたらしい。

 湿気と塩分と有機物の存在の結果、さびて膨張した鉄筋がコンクリートにひびを入れてしまっていた。ちょうどタナベが全力で蹴ったら倒れてしまうぐらいに。

 電柱が倒れてくるのにもラグがあるのだから躱すなりなんなりで競うと思うかもしれないが、これまた偶然が重なった。

 タナベはイライラのあまり電柱を全力で蹴りすぎて、自らの足の骨にヒビを入れてしまっていたのだ。

 足いってえ!などと痛がっている間に倒れてきた電柱が脳天直撃である。

 人間の頭蓋骨はかなり硬いと聞くが、あの質量に叩かれたらひとたまりもない。

 しかも、さらに偶然が重なっていたらしく、その瞬間だけ台風並みの強風が吹いて電柱の速度を上げてしまったのだとか。

 あわれ、学年八七位の頭脳は木っ端みじんである。

 よく頭部の破壊をザクロと例えるが、まさにそんな感じだったのだとか。上からの急激な圧で飛び出した目ん球がピン球みたいに見えたとも聞いた。

 そして、幸か不幸か、彼の不死身性がここで現れることとなる。

 (残念ながら、この話について僕は伝聞でしか聞いていないのだ。だから、精彩には欠くだろう。ただ、できる限り聞いたままのことを書く。)

彼の頭を叩き潰した電柱を消防士がどけた瞬間、悲鳴が上がった。

腰を抜かして後ずさるゲーセン仲間。制服が汚れるのも厭わずその場に吐き戻す女学生。後ろ向きに倒れて、あとでタナベと一緒に運ばれることとなる野次馬。

そして、なんのへこみもなくなった頭をかくタナベ。

地面に盛大に血と脳漿をぶちまけて照れたように頭をかくタナベ。

なぜ五体満足頭部も満足なのかはわからないが、裸を見られた生娘のように恥ずかしがる田辺(そうだ、この字だった)。

この話を聞いた当時の消防隊員はちょうど再生の場面を見ていなかったらしいが、彼も仕事なので何があったか見ていた人たちに聞いたらしい。

聞いた結果、再生の瞬間を見ていたはずの者たちも、田辺が再生した瞬間は持ち上がる電柱を見ていたそうだ。

肝心の田辺の再生シーンをだれも目にしなかったのだ。

田辺本人は元気なんだし帰りたかったようだが、せっかく来た救急車と救急隊員が無駄になることもなく。

精査のためにただちに大病院の脳外科へ搬送された。

結果は驚くことに異常なしだった。脳組織の位置ズレもなければ、事故の片鱗もない。

首をかしげる医師たちに拘束されて、一週間ぐらい田辺は学校を休んでいたのを覚えている。


不死身の人間出現とあらば、マスメディアが放っておくはずがない。

田辺の検査入院中には大勢のマスコミが殺到し、彼を質問攻めにしたのだとか。

田辺本人は自らにこんな能力があるとはつゆしらず生きていたものだから、何も答えようがなかったようだ。それでも、テレビでちやほやされることは気持ちが良かったようだ。学者先生に言われた仮説を我が物顔で受け売っていた。

結局、田辺の不死身のからくりはよくわからないまま終わった。

一年後、とある研究グループが逮捕された。

なんと、勝手に持ち出した田辺の細胞から田辺のクローンを作り出したのだ。

人体のクローニングに関しては今も昔も厳しい風潮が続くんだもの。仕方がない。

ただ、逮捕された研究グループから押収された研究データは驚くべき発見の連続だったらしい。

長いので要点だけ言うと、

①田辺クローンはオリジナル同様、不死身である。

②田辺クローンを様々な手で殺害する実験を行ったところ、どんな方法でも必ず再生した。

③ただし、再生した田辺クローンの染色体を調べたところ、全身の細胞においてテロメアの部分が大いに損傷していた。

④田辺細胞から形成された組織を移植しても、移植先に不死身能力はつかない。そもそも、普通の組織移植同様、細胞質不和合が起きれば脱落するし、脱落組織から自然に田辺クローンが増えたりしない。

⑤田辺クローン由来の組織が定着してもやがては移植された側の細胞におきかわる。


…といった感じだ。人道的に見てだいぶヤバいが、こいつらがやらなければ絶対だれかがやったはずだ。

注目すべきは③である。

テロメアといえば、細胞分裂の回数を決定する塩基配列として知られている。つまり、これが減っているということは超高速の超多数の細胞分裂によって、一瞬にして欠損したり活動を止めた部位を補填しているということではないかと考えられている。

研究グループから解放された田辺クローンはというと、田辺の両親とオリジナル田辺本人の希望で田辺家の一員として生活することとなった。

僕はというと、オリジナル田辺よりもクローン田辺の方と仲が良かったりした。

田辺家の生活はマスコミの手によってがらりと変わるかと思われたが、どうも大きな力が働いたようで、ある日を境にスッパリ元通りとなった。

ただ、相変わらず研究所や大学のような研究組織では引っ張りだこのようで、たまに学校を休んで血や細胞を提供しに行っていた。

田辺はこの事件後も普通に学校にきたが、やはりというべきか、周囲からは気味悪がられていた。

田辺と仲の良かった友人たちも半分は彼と距離を取るようになった。ただ、残った半分は相変わらずつるんでゲーセンに通っていた。僕もたまに彼らについて行っていた。

そして、相も変わらず格ゲーをやっていた。

ただ、田辺は少し格ゲーが下手になっていた。もともと彼の実力は中の上程度だったが、気づけば中の下ぐらいになっていた。

彼が得意とするキャラはカウンター主体のテクニカルなやつだったのだが、どうもカウンターが上手く繰り出せなくなったのだとか。

ちなみに、田辺クローンはゲームが壊滅的に下手だった。格ゲーなどは目が追い付かなかったらしい。


なんだかんだあって、中学を卒業した田辺は僕と同じ高校に進学して、えらい地方の大学に進んでから就職したらしい。田辺は携帯を持っていなかったし、気づけば田辺ファミリーが引っ越してしまっていたので、もう連絡を取る手段もない。』

……

………以上、K県にお住いのペンネーム、『テロメアくん』さんからのお便りでした。『テロメアくん』さん、ありがとうございました。

…あ、失礼しました。メールにはまだ続きがありましたね。

えーと…

『田辺、もしこのラジオを聴いていたら、連絡してくれよな。番号はあの時と同じだから。』

とのことです。

いやはや、懐かしいですねぇ『タナベシンイチ事件』。ちょうど私が中学生ぐらいのころに出てきて。びっくりでしたよ。今はもう生物学とかの教科書にも載ってるんだそうですけど。

彼が今何してるかについてはいろいろな都市伝説がありますよね。有名なのだと、不死身の体を生かして自分の臓器や体の部位を売って大儲けしてるとか。

もしそうなら、DNAが全部同じなもんですぐ足がつきそうですけどね。

今はほんとにどこに行ったかもわかんないみたいですね。

そういえば、不死身の人間、タナベシンイチの出現の結果、中高生の自殺が大流行したんですよねぇ。

特に男子の自殺が多かったんですけど、もしかしたら自分も知らんうちに不死身になってんじゃないかって死んでったみたいです。

みなさん、不死身はともかく、命は大事にしてくださいね。仮に不死身だったとしても、再生した己は本当に自分なのかとみたいな話もありますしね。スワンプマンという有名な思考実験がいい例です。


 そういえば、なぜかこの話で思い出したんですけど、カニバリズムは栄養の吸収率が抜群にいいみたいですね。人体内で使われてるのとまったく同じ物質を取り込むわけですから、いちいち作り変える必要がない分吸収も早いんではないかと私は考えてますが。

 秘薬的な感じに人の骨の粉や胎盤のカプセルを飲むのも案外効果があるのかもしれないですね。

 次の話へ行きましょう。

 ペンネーム『ずっぱてぃぺっしぇ』さん。

お便りありがとうございます。

『ノザキさん、こんばんは。』

 はいこんばんは。

『最近使ってるTB社のスーパーサプリがすごい!凄くよく効くんです!』

「ここで臨時ニュースのお知らせです。株式会社TBコーポレーションが自社の商品『スーパーサプリ』に人体組織を用いている可能性があるとして書類送検されました。」


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