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ガーデン  作者: 佐伯 蒼太郎
8/33

公園


 流れを作りたいと思った。雑木林の中をゆっくりと蛇行する小川を。

 そしてそこに木の小さな橋を掛ける。子供達のキャッキャと喜びながらその橋の

上を渡っていく姿が頭に浮かんだ。

『都会の中の小川が流れる雑木林の公園』

 ずっと悩んでいたものが、少しずつ形になって現れてきたと思った。

 一つが見えて来ると、ディテールも次から次と湧いて来る。


(落葉樹の中にぽっかりと開いた小さな広場、そこにブランコを置いてもいいな。

そうだ!トイレも同じように木漏れ日の林の中を抜けた明るい芝生広場の片隅に、

ログハウスのような、無骨でシンプルで、都会を感じさせないものを)


 俄然楽しくなってきて、色鉛筆でラフにスケッチを書いてみる。


(問題は水だ。本当の小川のように流しっぱなしには出来ない。となるとモーター

を使って循環式か。この辺が一番やっかいになりそうだ。でも小川に魚や亀がいた

ら子供達は喜ぶだろうな。そして、カワニナの稚貝を入れて蛍を育てて、夏になっ

たら公園を飛んだりしたらどんなに素敵だろう)


 夢は果てしなく広がっていく。

 雑木林の明るい緑と、紗英の部屋にあった絵の緑色が、なぜか頭の中で重なり合

って見えた。


 森本は区役所に来ていた。この公園の仕事の発注元だ。

 会議室で5分ほど待たされると、スーツ姿の3人が入ってきて、一人ずつと名刺

交換をした。

 土木部緑地公園課とあり、部長と係長、そして直接の担当をする若い長島という

男だった。

 森本は数ページにまとめたデザインを2部出すと、一部は相手に、もう一部は自

分の前において、趣旨説明から始めたが、相手はすでにデザインに目をやってい

た。

係長が口を開く。


「随分緑が多いですねえ。この青い部分は小川ということですか?」


「はい、そうです。水があると心に潤いが生まれ、安らぐと思います」


「循環式ですね?」


「はい」


「ということは、フィルターの掃除とかが必用になりますよね」


「定期的に掃除はすることになると思います」


「この樹木は落葉ものが多いですねえ」


「はい、常緑樹ですと暗くなりますから」


「森本さん、このデザインが悪いとは思わないんですが、根本的にやりなおしてき

てもらえますか」


「はい?」


「落葉樹ばかりだと秋に近隣から苦情が来るんですよ。落ち葉が舞い込むって。そ

れに小川はモーター用に電気を食うし、後の管理が大変だ。管理費なんて雀の涙で

すからねえ。出来るだけ管理の手間がかからないようなデザインをお願いします。

緑地はこれの四分の一もあれば十分でしょう」


 1時間ほども話しただろうか。森本は気落ちして役所を後にした。

 帰りの道すがら小さな公園のそばを通った。土が露出したその公園はコンクリー

ト製のトイレとブランコとジャングルジム、そして敷地の回りにはカシやクスノキ

の常緑樹が植わっていて、暗い影を作っていた。


(ようするに、こういうつまらないものをデザインしろということか、なぜ外国の

ように緑豊かなデザインをしてはいけないのだろう)


 膨らんでいた気持ちが急速にしぼんでいくのが分かった。

 マンションに戻ると、紗英は森本の浮かない顔色を見て覚ったのか、明るく「お

疲れさん」と声をかけた。


芳しい(かんば)反応じゃなかったようだな」


 横内が聞く。


「ああ、こんな最低ランクの公園じゃ、大した予算もつかないし、お子様ランチみ

たいなものしかやれそうもないや」


「おい、お子様ランチってのは結構人気があるんだぜ」


 ニヒリストの横内の言葉には慣れていたが、力が抜けていたためか無視すること

にした。

 森本は山の中で見た、風に揺れる薄い葉を透す陽光を、脳裏に思い描いていた。



 深夜まで仕事をする日が続いた。

『安い仕事でも妥協せずにやろう』と3人で誓い合って始めたスリーチャイルズデ

ザインスタジオであったが、その手抜きのない姿勢が徐々に受け入れられてきたの

かもしれない。

 けれども人件費と経費を考えると、いくら仕事が増えても利益が上がることは無

かった。

 3人ともあまり金に執着がない。ただ体力のみを消費する毎日が続く。

 公園のデザインは、数度の打ち合わせを経て、ようやく最後の形になってきた。

 庭園、ランドスケープ、植栽などの本をあちこちの図書館で山の様に借りてきて

は夜中まで首っ引きで読みあさった。

 付け焼き刃ではあったかもしれないが、その総てをこのデザインに注ぎ込んだ。

 最初に思い描いた自然を都会に持って来るアイデアは捨て去り、役所の言い分を

聞いたうえで、それでも既存の味気ないものよりは魅力を出そうと幾何学式のデザ

インにした。

 周囲に葉の落ちない常緑樹を使い、その下にアベリアを低い生け垣とし、内側を

土にセメントを混ぜて固める、自然な風合いの曲線を描く園路。

 そしてその内側をラウンドのついた芝生広場、回りには高温多湿に強いラベンダ

ーの一種グロッソで縁取る。

 芝生広場の中にチューリップツリーやナンキンハゼの落葉樹を配置し、根元を開

けて丸い花壇とする。これならば葉が近隣に飛ぶことを押さえられるし、独立花壇

とするよりも冬期などに淋しい感じにはならない。

 トイレも遊具も芝生広場の中の明るい場所に配置した。


 土木部緑地公園課の担当長島は森本に理解を示してくれていた。


「私は森本さんの最初のデザイン、結構気に入ってたんです。でもね、上の方って

デザインの善し悪しじゃないんです。とにかく波風立てたくないってのが本音なん

ですよ。そのくせ区長なんて、自分の任期中に何か形の残るものを作りたくてしょ

うがないんです」


 最後の方は声を落としてそう言った。いくら応接室に二人きりとは言っても、や

はり聞かれたらまずいと思ったのだろう。


「今度のデザインは通ると思いますよ。上の方から注文が出るとすれば、ちょっと

芝生広場の面積が広すぎるということかなあ」


「これでもまだ広いですか。大分押さえたつもりなんですが」


「いえ、私はこのくらいあったほうが伸び伸びとしていて好きなんですが、後の管

理費が掛かるのを嫌がるんですよ。でもそこは私がなんとしてでも死守しますから

安心してください」


 数日して決定の連絡がきた。

 夜、肩の荷が降りた森本は、ふと大岳山で出会った宗像を思い出した。

 机の中から、あの時手渡された名刺に電話をしてみる。


「はい宗像です」


「あのう、大岳山でお会いした森本と申しますが、覚えていらっしゃいますか?」


「覚えていますとも、いいタイミングですね。明日の晩、例会があるんですが、良

かったら遊びにいらっしゃいませんか?」


 時間と高田馬場の居酒屋の場所を教えてもらい、電話を切った。

 新しい人との出会いは久々な気がして、少し胸の高鳴りを感じる。

 翌日、仕事を終え、シャワーを浴びるとディープグリーンのコーデュロイのパン

ツに黒のハイネックのセーター、そして高かったのだが普段あまり袖を通したこと

のないツイードの大きなチェックのジャケットを羽織った。

 ダイニングでコーヒーを飲みながら本を読んでいた紗英は、森本を見ると「お洒

落して何処へお出かけ?」と聞いた。


「デートに決まってるだろ」


 前に、森本が事故で入院していた時、紗英が言った言葉を思い出してそう言っ

た。 紗英は何か茶化してくるだろうと思ったが「そう」とだけ言って本に目を落と

した。


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