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ガーデン  作者: 佐伯 蒼太郎
4/33

ホテル

 暗い気持ちのまま病院に戻ると、友人にアパートから持ってきてもらっていたノ

ートパソコンを開く。

 検索欄に『援助交際.小平』と打ち込んでリターンキーを叩いた。

 きっと、ネット上で相手を探しているのだろうと見当をつけたからだ。

 大量にヒットした。(こんなにあるとは........)どこかに載っているだろうと1

ページづつ丹念に見て行く。

 探しているのに心の中では(出てこないでくれ)と祈る自分がいる。そして俺

は何故こんなことをしているのかとも思う。恋人でも友人でもないのに。

 30分程も探しただろうか『美大生.19歳』と、とあるサイトにあり、顔の下

半分だけの写真が載っていた。

 半分だけの写真ではあっても、それは間違いなく紗英だった。

 そのサイトにあった電話番号をメモすると、システムを終了した。

 何故彼女が、そう思わずにはいられない。紗英のような娘が何故こんなこと

を、と。

 これから自分はどうしようというのか、(そんな女は諦めるべきだ)という真

っ当な自分もいたが、森本は分かっていた。

 駄目でもなんでも行けるとこまで行ってみなければ気がすまないんだと。



「はい」男が出た。

 思ったよりも愛想の良い声だった。

 森本はネットから拾った援助交際のサイトに電話した。


「あの、ネットで見たのですが、美大の19歳っていう娘をお願いしたいんです

が」


「はい、それじゃ本人に時間の空きを確認したら、こちらから電話します」


「あの.......幾らくらいなんでしょう」


「それは内容によりますんで本人から聞いてください」


 受話器を置いてから急に胸が苦しくなった。(やめるんなら今のうちだぞ)と

(俺は何をしようとしているんだ)と。

 夕べ、ベッドの中で考えた。色々と頭を巡らせてみたけれど、何一つ結論らし

きものは出なかったし、そもそも結論の出るようなことではなかった。

 彼女が何をしようと、それは彼女の自由なのだ。

 ただ勝手に自分の胸が熱くなったり痛くなったりしているにすぎない。

 森本は紗英とそういう行為をしたかった訳ではない。

 いや、それなりの流れがあって、お互いにそういう気持ちになってのことであ

れば、と思ってから冠りを振った。


(また何を考えている)


 紗英を想うと普通の思考が出来なくなる自分を感じていた。

 30分ほどして男から電話が掛かってきた。


「場所は何処にします?」


「新宿..........新宿駅都庁口で」


「時間は?」


 森本は腕時計を見た。9時20分。


「午後4時に」


「分かりました。4時ですね。それじゃゆっくりと楽しんでくださいね」

(楽しんでください........か)その言葉に、いい様のない卑猥なものを感じた。

 会おうと思った。面と向かおうと、彼女がやっていることの正面に立ってみて、

その後のことはその時に考えようと.........。

 昼食を摂ってから、森本は西武線で新宿に向かった。

 随分早くはあったけれども、とてもベッドの上でその時間まで待ってはいられな

かった。胸がドキドキするのだ。それが緊張のためなのか、午前中に打った点滴の

ためなのかは分からない。

 今日、紗英と会うのは普通のデートではなかった。

 デートとはまったく違うシチュエーションで始まることだけは確かだった。その時、俺はどう行動するのか、どうすれば良いのか、霧に包まれた様な不安感に苛ま

れた。


 同じ東京にいても、新宿のような大都会には用事でもないかぎり、あまり足を向

けることはない。あの雑踏がどうにも苦手なのだ。

森本は早生まれだったので、紗英よりひとつ上の二十歳になったばかりだ。

 受験に合格して、その足でアパートを探し、大学に近い今の所に落ち着いた。

友人達はワンルームマンションや風呂つきなどの良い所に住んでいたが、森本は今

の大分たてつけの悪くなった六畳で十分だったし、田舎の両親に無理な負担をかけ

たくはなかった。だから休日には運送会社で仕分けのアルバイトをしていた。

 新宿に着いて時計を見た。1時15分。

 映画でも見て時間を潰すかと思い、歌舞伎町に向かう。

 人の群れに松葉杖を足に引っ掛けられないかと、ひやひやしながら歩く。

 靖国通りを歩行者信号を気にしながら渡る。信号の点滅が妙に早く感じる。少し

遠回りをしようと四谷側に足を向けた。雑踏から逃げたかったからだ。

 靖国通りから左に折れて、狭い通りを歩いていると、小さな看板が目に入った。

『ビデオ専門店』とあって、その下に小さく(大人のおもちゃ)と書いてある。

 ビデオ位は、友人が外国のものやら日本の無修正のものなど、いろいろ貸してく

れたので、どうとは思わなかったが、(大人のおもちゃ)となると触れたことも使

ったこともない。

 その時はなぜその店に入ろうかと思ったのか、森本自身分からなかったが、頭の

なかのどこかで「入れ!」と号令が下ったのだ。

 後々考えてみれば、紗英の行動と比べて自分があまりにも子供っぽく感じられた

引け目からかもしれなかったし、彼女を前にして「こんなことはやめろ」などと陳

腐なことを自分の口から言わせないための担保かもしれなかった。

 店内には少女、熟女、レズ、ゲイなどのビデオが項目別に並べられ、奥には床か

ら1メートルほどが開いた、赤いカーテンが吊ってある。

 森本は心で「よしっ」と気合いを入れると、そのカーテンをくぐった。

 後ろから50代半ばの頭の禿げかかった店主の、松葉杖をついた森本を好奇の目

で見ている様な、粘つくような視線を感じる。

 卑猥な下着、バイブレーターや訳の分からない興奮剤などが所狭しと並べてあ

る。

 森本はその中から鞭と両腕用の手錠を取ると、店主のところへ行き会計してくれ

と言った。


「はい、有り難うございます」


 店主は平静な声で言ったが、ふっ、と森本を見た視線には、あきらかに「変態の

餓鬼が」という侮蔑があった。

 映画は始まっていたが、どうでも良かった。

 目はスクリーンに向かっていたが、ストーリーなどはまったく頭に入っていなか

った。

 映画を見終わって、待ち合わせ場所に急ぐ。都庁口には15時50分、丁度10

分前に着いた。

 紗英はまだ来ていなかった。


(本当に来るんだろうか)


 森本の姿を見て帰ってしまうことも十分考えられた。

 男に特徴を聞かれた時に、『松葉杖をついている』と答えたが、それだけで紗英

には分かったかもしれない。いや、森本が外出出来ることなど知らない筈だし、松

葉杖をついていて、女を買う男がいないとも限らない。

 そんなつまらないことを考えていると、後ろからポンと肩を叩かれた。森本が振

り向くことが出来ないと覚ったのか、前にクルリと回ってきた。

紗英だった。



 ジーンズにTシャツ、デニムのジャケット。いつもと変らない格好だ。


「びっくりしたよ、森本君だったんだ」


 いつもの少年ぽい口調で、笑顔ではあったが、目を合わせようとしない。


「ああ、俺だ。病院を逃げ出してきた」


 そう言って笑おうとしたが、口が強張って笑うことが出来なかった。

 二人して歩き出した。紗英は松葉杖の森本の歩くテンポに合わせにくそうだ。

 行き先は決まっていた。森本が受験の時に泊まったシティーホテルだ。値段が安

いというのもあったが、なによりラブホテルのような所で紗英と二人きりになるの

は嫌だった。

 ラブホテルに入ったことはなかったが、外の看板や下品なファサードなどから卑

猥な雰囲気が漂ってきそうだったからだ。

 フロントに行くとツインの部屋を頼み、キーを受け取る。

 エレベーターの中でも一言の会話もない。話せる空気ではなかった。

 5階のその部屋を開けると、少し湿った匂いがしたので、窓を開けようと片方の

松葉杖を壁に立てかけ、片足で立って『滑り出し窓』のロックを片手で外そうとし

たその時、バランスを崩して折 った方の右足を着いてしまった。

「アアッ!」激痛が走り、窓の縁に手をかけてバランスを取ろうとしたその瞬間、

細く白い腕が森本の身体を支えた。


「ごめん!」


 紗英に支えられてベッドに腰をかけると、紗英も森本の隣に座った。


「なんで分かったの?私がこういうことをやってるって」


「見たんだ、駅で」


「それで」


「ネットで探した」


「ふ~ん。で、するの?」


「俺、普通じゃ出来ないんだ」


 そう言って、袋から手錠と鞭を取り出した。

 紗英は『えっ』という顔をしてそれを見る。


「森本君、そういう趣味があったんだ」


「いいんだろ、金払うんだから」


 返事を待たずに紗英の上半身ををベッドに倒すと、両手を手錠に入れてカチャっ

とロックし、片方づつベッドの支柱に固定する。紗英の長い髪がベッドに広がる。

 仰向けになった紗英の小さく整った顔を上から見下ろすと、尖った鼻と、アヒル

のようにすこし突き出た唇が、とても可愛く感じる。何も抵抗しようとしないのが

意外に思った。


「聞かないの?」


いつもの少年ぽい口調が女のそれに変っていた。


「何を」


「私がどうしてこんなことをやってるかって」


「聞いたってしょうがないだろ。金が目当てか、そうでなきゃSEXが好きなのかど

っちかだろう」


 少しの沈黙があった。


「みんなに言う?」


「さあな」


 そう言って、紗英のジャケットをはだけると白いTシャツをまくり上げた。


「待って!」


「何?」


「変だよ」


「何が」


「森本君て、こういうことするタイプには見えなかったもの」


 森本は答えずに、紗英に被いかぶさるように脇から背中に腕をまわし、ブラジャ

ーのホックを外そうとするが、勝手が分からず手間取ってしまった。

 慣れていないと思われたくはなかった。

 小さいけれども形の整った透ける様な乳房があらわになる。


「恥ずかしい!」


 紗英はそう言うと顔を真っ赤にさせて森本の視線から逃れるように横を向いた。


「しょっちゅうやってるんだから恥ずかしくはないだろ」


「だって、何時もは知らない人だもの。森本君、学校では声もかけてくれないのに」


 ジーンズのボタンを外すと、ジッパーを引き下げた。

 ウエストの部分を両手で持って引き下げようとしたが、腰が引っかかって上手く

下りなかった。

 紗英は自ら腰を上げて脱がせやすくした。

 ジーンズを脱がせると、面積の小さな白い下着が現れる。

 それに手を掛けると紗英の身体が硬直するのが見えた。

 森本は一瞬の躊躇のあと、思い切ってずり下げた。

 紗英は羞恥心のためか上半身まで赤くなっている。


 美しい身体だった。雑誌などで色々な女の裸は見てはいたが、こんなに繊細で綺

麗な曲線は見たことがなかった。

 1分もそうやって見ていただろうか。見られていることに堪えきれなくなったの

か「して」と紗英が言う。

 森本はポケットからキーを出すと、片方の手錠の鍵穴に挿しロックを解除し、そ

の手にキーを握らせた。

 財布から3万円出すとベッドの上にそっと置き、脇に立てかけてあった松葉杖を

取るとゆっくりと部屋から出た。

 後ろから「待って!」という声を聞いたが、振り返りはしなかった。


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