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花まる枯れた。

作者: HM

私のノートにはお花畑がある。

漢字を綺麗に書くことで一つ花が咲き、真っ赤な蝶々が飛んでくる。


私は、お花畑をもっと。もっといっぱいの花を植えたいから。

毎日漢字を丁寧に書く。とめて、はらって、はねる。


三年生になって最初の授業で、先生はこう言った。女の先生だった。

「皆さんが、宿題の漢字を綺麗に書けば花が咲きます。

字が綺麗なほど大きな花が咲いて、蝶々が飛び回る良いノートができます。楽しいですね。」


それから皆、どれだけ綺麗なノートを作れるか競い合った。


佐藤君は、書道を習っているからとても字が上手で先生はいつも彼のことを褒めている。

今日、彼のノートには、カマキリが威勢良く花のとなりに座っていた。

皆のノートが返された後、そのノートを覗いた恵美ちゃんが「カマキリだっ」と叫ぶとみんながぞろぞろと佐藤君の席に集まってきた。

囲まれた彼はすました顔でいたが時折口元がピクリピクリと動くので喜んでいることがわかる。


それを見て、私もカマキリが欲しくって、家に帰ると頑張って漢字を書いた。

お手本をじっくり見て、一画いっかく時間をかけて。宿題が終わるまで1時間はかかったと思う。


朝の会で宿題を出してからずっと、私はドキドキしていた。

カマキリは私のお花畑にも来てくれるのだろうか。

算数の時間も、国語の時間もカマキリで頭はいっぱいだった。


帰りの会で帰ってきたノートを、私は見たいような見たくないような不思議な気持ちで持っていた。

しばらく、表紙に描かれた呑気な動物たちのピクニックの絵を眺めた。

それから、覚悟を決めて、エイっと開く。


そこには、カマキリはいなかった。小さな花が一輪あるだけだ。

線が一本足らなかったらしい。赤いペンが私の字の上に乗っかっている。私は心底がっかりした。


私はちらりと隣の木村君の方に目をやった。

彼のところに花はなく。赤い丸が、コロリと寂しげに転がっている。

木村君のノートに付箋がいっぱいついていることは知っていた。でも、誰も彼のノートに目もくれない。

だって、木村君は宿題を忘れてくることも多く、先生に怒られてばかりいて、仲良くしていいのかわからなかったのである。

もしかすると、悪い子かもしれないので、彼のことは遠くからぼんやりと見るようにしていたのだ。


その寂しいノートのことを私は、帰り道に恵美ちゃんに教えてあげた。

「あのね。木村君の漢字ノート。石があったの。」

「なあにそれ。」


恵美ちゃんはキョトンとして言う。


「いっぱいのバツがあって、丸が一つあるだけなの。あれは石かしら。」

「あの子、悪い子だから。」


恵美ちゃんはそう言うと、話を変え自分のノートには小さいながらもカマキリがいたことを報告した。

私はそう。というと彼女の自慢話に生返事を返すだけに徹した。秋風が冷たい。


帰ってから、私は今日の悔しさをバネに漢字練習に真剣に取り組んだ。

休みであった父にお菓子を食べようと呼ばれても「後で」と言い、帰宅した母におかえりを言わなかった。

宿題の完成には2時間を要したためである。

気付いた時にはもう暗く、心から何かを奪い去る色の空がポツンとあった。


2時間かけただけあって、自信はあった。今日こそカマキリが欲しいという気持ちで学校へ向かった。

そして、学校では帰りの会で返されるのを待つだけの一日を過ごした。

先生が教卓の前に立ち皆取りに並んだ。私の前には木村君がいた。


じっくり見るのは初めてだ。彼は、退屈そうにあくびをし先生の前に立った。

その時先生はすぐにノートを返さず、大きい声で彼を怒った。

「君は、宿題をするやる気があるのか。」

「はい。」

木村君は、ドキッとした顔をした。

「何故、こうも字が汚いんだ。努力をすれば書けるはずだ。直しだってしてないじゃないか。」

木村君は俯いてしまった。


クラスの目が木村君に集まるのを感じた。

俯く木村君に先生は追い討ちをかける。


「返事をしないと分からないじゃないか。やる気の無い子は学校に来なくていい。」

「はい。」


それで木村君は解放された。彼の顔には寂しそうな表情が浮かぶ。

次は私の番だ。

でも、ノートに対していつものワクワク感が湧かない。

先生は「綺麗な字だ。」と褒めて私に渡した。


席について、ノートを開くとカマキリがいた。花丸も大きかった。

ぼんやりと、それらを見つめていると隣から木村君が話しかけてきた。


「カマキリじゃん。よかったね。」

「うん。」


それで会話は途切れそうになった。だから、私は勇気を出して言った。

「木村君は、花丸はいらないの。」

彼の目には動揺があった気もする。一瞬であったため確信は持たないけれど。

「僕は、宿題は急いでやってしまうんだ。おばあちゃんとゆっくり話していたいから。おばあちゃんは病気なんだ。だから。」

「そう。」

「おばあちゃんは勉強しなさいって言うけれど、僕は算数は出来るんだ。それじゃあ、ダメかなあ。」

彼は、のんびりと言う。


私の花丸は枯れた。カマキリは死んだ。もう秋だから。

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