61.真の敵
そこで一旦セリフを切って、グルリと一同を見渡してリュシュターは再び口を開いた。
「ですが、誘拐されそうになっていたそんな私を助けて下さった2人の冒険者の方々がいらっしゃいます。その方達とは安全の為に一時的に離れましたが、今もまだこの山の何処かにいらっしゃる筈です」
「へっ?」
そんな話は一切聞いていないのがジアルやヴィンテスなのだが、ローレンとジャックスだけはフェリシテと一緒にリュシュターが戻って来た時に断片的に聞いていたので、数人その冒険者達の探索に向かわせているのだと言う。
しかし、もう1度リュシュターはその冒険者達に出会って礼を述べたいらしく、そこに自分で行くと言いだしたのである。
「それは別に構いませんが、護衛は勿論付けさせて頂きますよ」
「承知の上です。ではジアル隊長とヴィンテスさんにパルスさん、ローレン団長はこの方達の身柄を一旦帝都まで運んで下さい。護衛にはラルソン副隊長とジャックス副団長、そしてフェリシテ団員とモールティ様にお願い致します」
「私もですか?」
ラルソンとジャックスとフェリシテは分かるにしても、まさか宰相の自分までが指名されるとは思っていなかったモールティは目を丸くする。
「はい。是非一緒に来て頂いて、1度お会いして頂きたいのです」
「……分かりました」
そこまでこの主君が言うのであれば、それは何か意図があった上での申し出だと判断したモールティもこうしてリュシュターに着いて登山道を回って歩く事になった。
だがそのリュシュター以下、帝国の重要人物達が捜し求めている冒険者2人は現在修羅場の真っ只中だった。
リュディガーとバルドの目の前に立っているのは、黒いコートに身を包んでいる黄緑色の髪の毛の若い男だった。
2人はトリスと一緒に山道を進んでいたのだが、その途中で突然目の前に躍り出て来たこの黒いコートの男が立ち塞がったのである。
「私の部下を全員倒してしまうとは……貴方達、なかなかの手練れの様ですね」
「貴様、何者だ?」
躍り出て来た、と言うよりも何処かゆったりとした歩き方で出て来た若い男は、赤いラインが幾つも入っている黒いコートに、これまた黒いベルトと黒い革手袋。黒を下地に赤いラインが入っているブーツと言う出で立ちで、更にベルトを巻いている腰には赤い柄に黒い鞘のロングソードをぶら下げている。
容姿は黄緑色の髪の毛に茶色の瞳で、自分達と年齢はそこまで変わらないだろうとリュディガーとバルドにはそう見える顔立ちだ。
男のセリフを聞いてリュディガーが問うものの、口で答える代わりにその男はロングソードを引き抜いた。
「そうか、貴様が全て裏で糸を引いてたって訳だな」
納得した表情と口振りでリュディガーが話を終わらせる。
あのリュシュターを誘拐しようとしていた王宮騎士団員達、更にはその中に混じっていた近衛騎士団員の格好をしていた数名も、今の男のセリフから察するに彼の指示を受けて行動していたのだと確信した2人も、応戦の為にそれぞれ武器を構える。
その後ろではトリスが弓を準備して、同じ様に迎撃態勢を取っていた。
そんなリュディガーとバルドとトリスを見た黒いロングコートの男は、手袋を嵌めた左手で器用に指を鳴らした。
するとその瞬間、バラバラと左右の林から大勢の黒いコートの人間達が姿を現わす。
「なっ……」
「くそ、まだまだ居るじゃねえかよ!!」
「多いわね……ザッと30人は居るわよ!」
トリスが大体の人数の見当を付けた人間達は、男女問わず同じ格好をしている。
黄緑色の髪の毛の男と違う所と言えば、その着込んでいるロングコートに赤いラインが腕の部分以外に全く入っていない事だろう。
とすると、この若い男が率いている部隊に間違い無さそうだ。
そんな謎の部隊と勝負する事になった3人だが、ハッキリ言って人数差では不利。
しかもトリスは城で色々とトレーニングをしていたとは言っても、こうして実戦の場に出て戦う事は初めてである。
だから林の中に逃げ、敵から目立たない位置からこっそりと1人ずつ矢を放って倒して行く作戦を取った。
(何時かはバレると思うけど……でも、こうするしか不利な状況は覆せないわ!)
本当は生活の安定する騎士団への入団を希望していたトリスだったが、自分達の生活環境がそうはさせてくれなかったので別の職業に就いたトリス。
しかし、それでも彼女は諦めずに個人的な付き合いのあった兵士部隊の隊員達や王宮騎士団員等から習った弓術を駆使し、今こうして戦っている。
本当は逃げて誰か助けを求めに行くのが最も確実なのだが、足の速さはさっぱり自信が無いので捕まってしまう可能性を考えると、こうして対抗する方法しか思いつかなかったと言うのもあるが。
(わざわざこんな所まで来て、訳の分からない敵に囲まれて……それで死ぬなんてごめんだわ!!)
弓を射る時は敵をしっかり狙い、身体を安定させる事。
その教えを守るトリスは、乱戦状態で間違えて味方の2人を射ってしまわない様に気を付けつつ不安定なこの場所で足を踏ん張り、再び矢を放った。




