3.妹からの情報
こうして、半ば押し切られる勢いでリュディガーの旅にバルドがついて来る事になった。
……のは良いのだが、まずは同居人に話をつけに行かなければならない。
「それじゃ、俺はこの本を届けに行ってから御前の家に行くからさ。もしトリスの反応がダメそうだったら俺が説得してやるよ」
ひらひらと手を振って去って行ったバルドに対し、リュディガーは妹トリスの説得をどうするか思案しながら自分の家に向かってバルドの家から歩き出した。
(……あいつの事だから……絶対反対するんだろうな)
3つしか年が違わない17歳で、今年でやっと18歳になる妹のトリスは、リュディガーとはまるで正反対の活発で気が強い性格である。
同じ両親から生まれたとはとても思えない、と言う位に顔つきも余り似ていないのも性格の違いに拍車を掛けていると言って良いだろう。
そんな妹は自分と違って堅実な生き方を好む傾向があるのも知っており、自分が傭兵をしているのも快く思っていないと面と向かって言われた事もある。
しかし、両親が亡くなってからどうにか生きていかなければならなかった以上、すぐに働ける傭兵募集の求人しか無かったのがリュディガーの道を決めた。
両親の亡くなった3年前と言えばリュディガーもまだ17歳だったし、手先も余り器用では無い以上細かい仕事には不向きだと自分で判断した結果、親戚を通じて習っていた武術の腕を活かせる仕事を選んだからだった。
(あいつも今年でもう18歳になる。俺と2つしか違わないんだし、あいつはしっかりしているから俺が居なくなっても生きていけると思うけどな)
両親を失った悲しみは確かに大きい。それは自分だってそうだった。
だが、何時かは結局両親と永遠に別れる事になる。
そうなった時に自分で生活していけるだけの力が無ければ、まともな生活を送る事すら出来ないだろう。
親戚は居る事は居るものの、向こうにも生活がある為に余り頼る事が出来ないので、トリスとリュディガーはお互いがたった1人の身寄りと言える。
(問題は、その寂しさにあいつが耐えられるかどうかだよな……)
旅に出る、と言ったらトリスはどんな反応をするのだろうか?
烈火の如く怒って反対するイメージしか頭に思い浮かばないが、案外あっさりと許してくれるかも知れない。
出来れば後者であって欲しいと考えるリュディガーの視線の先には、何時も寝起きしている簡素な造りの我が家が見えて来ていた。
「……はぁ? 旅に出るですって? 寝過ぎで頭がボケちゃったんじゃないの?」
びっくりする、と言うよりは呆れた表情と口調で、リュディガーの宣言に対してそう反応するトリス。
「ダメか?」
「ダメに決まってるでしょ。これ以上不安定な生活を送る事になって、お兄ちゃんは1人で生きて行けるの?」
この国の今の情勢を考えなさいよ、とそこから畳み掛ける様にトリスが続ける。
「今のこの国、どうなってるか分かってるのかしら?」
「ああ。騎士団の動きが怪しいんだろう?」
「そうよ、それなのよ!!」
リュディガーの鼻先に、自分の右の人差し指をビシッと突きつけるトリス。
「私達の生活もこれからどうなるか分からないんだし、騎士団がいざこざを起こせば国自体が無くなっちゃうかも知れないのよ! それでも良い訳?」
「それは……困るが」
「でしょ!? そうなった時、お互い1人になったら自分で生きて行けるって言える? し・か・も! 騎士団のいざこざが起こらなかったとしても、仮にお兄ちゃんが旅に出たとして、私はこの家があるから良いわよ。けど、お兄ちゃんは傭兵って言う不安定な立場で死んじゃうかも知れないのよ! 今までずっと人との関わりを避けて生きて来た引っ込み思案で内気な性格のお兄ちゃんが、料理も洗濯もロクに出来ないししてくれない様なお兄ちゃんが、1人で生きて行けるなんてとても思えないわね!!」
反対されるのはシミュレーションしていたが、ここまでボロクソに言われると流石にリュディガーも凹む。
「そこまで言うか、普通……」
「本当の事じゃない!! しかも私達は騎士団と繋がりのある人間だから、いざって時には呼び出される可能性も高いのよ。その場合はまだお兄ちゃんは戦う為の要員として仕事があるし、私だって兵隊さん達のご飯を作ったりして仕事があると思うから、お互い協力し合わなければならないと思うわね」
このイディリーク帝国では3つの騎士団があり、それぞれ役割が違う。
その内の兵士部隊と呼ばれる、城下町を始めとする帝国内の各地にある町や村の警備や、帝国各地で魔物の討伐を主に行っている人員と繋がりが深いのがこの兄妹だ。
実際の話、リュディガーも兵士部隊の要請を受けて傭兵として活動しているのが今では当たり前になっているし、トリスの働く食堂の客の70パーセント以上は兵士部隊の隊員達だ。
だから兵士部隊とはかなり縁がある2人にとって、この国を離れると言う事はそれだけ生活が安定しなくなるのだ。
「それじゃ、私は遅番だからそろそろ仕事に行くわ。とにかく私はお兄ちゃんの考えには反対だからね。今はこの国がどうなるのかも分かっていないのに、のんきな事言わないでよ、全く……」