45.聞こえてしまった不穏な会話
そして、山の中の至る所に大勢の王宮騎士団員がテントを張って野営をしているのが分かった。
ピリピリとした、肌に突き刺さる様なこの……これは実際の戦場を経験した事が無いトリスでさえも分かる。
(この感覚……明らかに殺気って奴よね?)
この山の全体から感じられる殺気の意味。それはあの村で出会った王宮騎士団員の話の中に出て来た盗賊が発しているものなのか、それとも王宮騎士団員の発するものか、はたまた山に生息している魔物達のものなのか。
いずれにせよ、これだけの大きさの殺気が山の中に渦巻いていると言う事は只事では無い様だ。
(もしかして……私、とんでもない所に踏み込んじゃった?)
その予想がこの後、まさか的中してしまうとはトリスは思いもしなかったのだが。
とにかくリュディガーがここまでやって来るまで待っていようと考えたトリスだが、今もこの山から感じられる殺気は強い。
馬で進めるルートは限られているし、日没まで余り時間が無いのも考えると山の中に進むのは危険だと判断し、麓の近くにある小さく開けた場所でキャンプを張る事にした。
だが、その時トリスの耳が複数の足音と話し声をキャッチする。
(ん?)
登山道に向かって進んで来るその気配は人間のものだが、ガチャガチャと金属がこすれ合う音も聞こえて来るとなればどうやら武装しているらしい。
もしかしたら、あの騎士団員達が言っていた盗賊がやって来たのではないかと考えたトリスは、咄嗟に近くの木の陰に隠れて様子を窺う。
(こんな事なら山の中じゃなくて、さっきのあの村で待っていれば良かったかしらね?)
今更後悔してももう遅いのだが、その足音をやり過ごしたら改めてさっきの村に戻れば良いじゃないと思い直して、早く何処かに行ってくれと願うトリス。
だが、事態はドンドン悪い方向に進んで行く。
何とその足音が方向を変え、自分が隠れている木々が周りに広がっている場所に向かって来るではないか!
(えっ、ちょ、ちょっと何でこっちに来るのよ!?)
てっきり通り過ぎて行くのだとばかり思っていたトリスは、騎士団員達のまさかの行動にあたふたする。
まだこの麓で見つかる訳にはいかないので、予定を急遽変更して咄嗟に荷物を抱えてもう少し奥の方に身を隠す事にした。
馬は広場に置きっ放しであるが、この際もう諦めるしか無い。
「あれ? 誰のだこの馬は?」
「何処か別の部隊のやつじゃないのか? でも1匹だけって言うのも妙だよな」
「誰かがここに忘れていただけじゃないのか? それよりもさっさと野営の準備を終わらしちまおうぜ」
ポツンと取り残されてしまったトリスの馬を怪しむ騎士団員達だが、それよりも大事な事があるらしく馬はそのままにしてテントの準備を始めた。
木々の間からその様子を窺っているトリスは、とりあえず見つからなくて良かったと一安心。
(ふう、何とかこっちには気が付かれなくて済んだみたいね)
しかしもうあの広場に戻る事は出来ないので、ここは木々の間を通って山脈の上に向かうしか進めるルートが無いと判断する。
ならばさっさとここを離れようと思っていた矢先、思いも寄らないセリフが騎士団員達の方から聞こえて来た。
「そう言えば聞いたかよ? カルヴァル将軍の話」
「何だっけ、それ?」
「確かあれだろ、この計画が成功したら、俺達の給料を始めとした待遇をガッツリと上げてくれるって」
「でも割に合わねえよな。カルヴァル将軍は自分が新しい皇帝になって、俺達はただ単に待遇が良くなるだけだもんな」
「良くなるだけマシだろ」
(……え?)
トリスは自分の耳を疑う。
何故なら、新しい皇帝がどうのとか計画がどうのとか言うセリフが自分の耳にもハッキリと聞こえて来たからだ。
(計画って? 新しい皇帝? 一体どう言う事なのよ!?)
無意識の内に心臓が暴れ出すのを何とか抑えつつ、見つからない様に細心の注意を払いながらトリスはその騎士団員達の声がもっと良く聞こえる所まで接近する。
すると、更に信じられないセリフがトリスの耳に聞こえて来る。
「だよなー。で、俺達はこの辺りの見張りなんだよな」
「ああ。待遇が上がるって言っても、結局俺達みたいな下っ端は使い捨てみたいなもんだからよ」
「そんな卑屈になるなよ。そもそも俺達だってあのカルヴァル将軍の考えに賛同したんだから、こうやってリュシュター皇帝暗殺計画に協力しているんだからさ」
(暗殺って言った? 今、確かに暗殺って言ったわよね!?)
はっきりと自分の耳で「暗殺」と言う単語を聞いてしまった。
勿論聞き間違いだと思いたいが、もし今聞こえた暗殺計画と言うのが本当であれば、自分はとんでもない事を聞いてしまったのでは無いかとトリスはここから逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
しかし、今ここで逃げ出してしまったら皇帝が暗殺されてしまうかも知れない。
今の若い皇帝に反感を持っている国民も少なくは無いが、聞こえて来た内容からすると王宮騎士団の団長であるカルヴァル将軍も同じ気持ちらしいと彼女は悟った。




