42.疾走する妹
普段からやると決めたトリスの行動はとにかく早い。
この出来事でも店に戻って午後から一身上の都合により早退すると店主に告げ、ついでにしばらく休みも貰いますと強引に休暇を取得したと思えば、詳細は通話魔術でまた連絡しますと言い残して店を飛び出す。
それから、その兄を見掛けたと言う連絡をくれた兵士部隊の隊員の元に向かい馬を貸してくれる様に頼んでさっさと出発。
隊員の話によれば、どうやら兄とバルドは東方面の出入り口に向かったと言う事らしいので当然トリスもそちらに向かう。
何で自分に黙って出て行ってしまったのかを確認しなければならないのだが、ふとその前にもう1つ確認するべき事が出来た。
(そう言えば確か、お兄ちゃんは大きな荷物を持っていたって話だったわよね。だったらギルドで何か依頼でも受けたのかしら?)
兄妹2人での生活で、金に余裕があるとはお世辞にも言えないハイセルタール家では日々の生活がやっとと言う状況だ。
親戚にあのルヴィバー・クーレイリッヒの子孫が居るので幾らか資金援助を受けた事はあるものの、基本的に兄妹は両親を失ってから自活しているのである。
それに冷静な性格の兄であれば、金も持たずに冒険に出るとは考え難いと考えるトリス。
(家からも色々と物が無くなっていたけど、それでもここから行ける距離には限りがある筈。となれば後はギルドで依頼を受けてそれをこなしながら旅をするのが最も現実的よね)
それに大きな荷物を背負って出て行った、となればしばらく帰らないだろうとも考えられる。
なので、きっとギルドでの依頼も受けた筈だと確信した彼女は、まずギルドで兄が受けた依頼が無いかを確認。
自分の兄が依頼書を無くしたので、その兄から新しいのを取って来て欲しいと言われたとギルドの受付係の女に申し出れば、ルヴィバー・クーレイリッヒの親戚であるが故にちょっとした有名人のハイセルタール兄妹の頼みとあれば断れないと言う事ですぐに教えてくれた。
(薬草の採集と橋の建設と、それから魔物の討伐……しかも全て東に向かうバーレン皇国方面で、それなりに割りの良い仕事ばかりと言う事はバーレン皇国に向かうつもりね)
そこからラーフィティアやヴィルトディンに向かうのかも知れない。
流石に国外に出られてしまったら、国外の自分では情報を手に入れ難くなる以上もう追い付けなくなってしまう可能性が高いので、何としてもイディリーク帝国内で追い付きたいと決めた。
パールリッツ平原では王宮騎士団による通行制限が掛けられていると聞いていたトリスだが、馬をハイスピードで駆けさせて行く限りでは、特に何時もと変わらない平原の様子が続いている事に気が付く。
違うと思うのは、何時もより明らかに闊歩している魔物の数が少ないと言う点だろうか。
(そう言えばあの兵士部隊の人から、通行制限を掛けるに当たって魔物の討伐を進めているって話だったわね。だからか……)
おかげでこっちは馬を走らせやすくて良いんだけど、と呟きながらパールリッツ平原を疾走するトリスの背中には愛用のロングボウが背負われている。
王宮騎士団員達や兵士部隊の隊員達から弓術やナイフ術だけでは無く、今こうして役立っている馬術も同じ様に習っているトリスはリュディガーを追い掛けるに当たってそれなりにしっかりと準備をして来ている。
馬の背中と自分の身体で挟み込む様にして抱えている、大きめの袋がその証拠だ。
腰につけている矢筒に入っている以外の矢を沢山入れてあるのと、生活出来るだけの当面の食料と数日前に出たばかりの給料、それから馬の餌をたっぷりと詰め込んであるのだ。
その他にも包帯や傷薬、更には薬草等の応急処置用のキットも忘れない。
魔物の討伐がされていると聞いてはいるものの、この広いパールリッツ平原では魔物に何時襲われてもおかしくはないからだ。
(このまま平原を進んで川を渡って、そこから渓谷に入って最終的にダリストヴェル山脈に辿り着くルートかも知れないわね)
手元にある依頼書の内容から見ても、恐らくそのルートが正しいのだと信じて疑わないトリス。
リュディガー達が出て行ってまだ数時間しか経っていないとすれば、もしかしたらこのパールリッツ平原で追いつけるかも知れない。
いや、きっと追いついてみせる。
そう考えてパールリッツ平原を進んで行くトリスではあったが、行けども行けども自分の兄の姿はまるで見えて来そうに無かった。
「あれ? おかしいわね……何処かで追い抜いちゃったのかしら?」
確かに自分は馬をそれなりのペースで走らせて来た。
だが馬だって人間だって走り続ければ息切れを起こしてしまうので、適度な所でスピードを緩めて普通にのんびりと進む事にしたのだが、もしかしたら走らせて来た段階でリュディガーを追い抜いてしまったかも知れない。
もしくは、自分よりもかなり速いスピードで山脈に向かって進んでいるのかも知れない。
そんな「知れない」ばかりの気持ちがトリスの頭の中を駆け巡るが、こうして自分の視界にリュディガーの姿が見えない以上はどっちが正しいかなんて分からない。
もしかしたらまだ帝都を出ていないのかも知れない。
(こうなったら私1人でも先に山に行っちゃおう。お兄ちゃんも最終的にダリストヴェル山脈を目指すのであれば、そこで待っていた方が良いかも知れないからね)




