41.見間違い?
それを見たのは本当に偶然だった。
最初は今までずっとこの険しい山道を進んで来ただけあって、身体が疲れている事でまさか幻覚を見てしまったのではないか、と自分の目を疑ってしまったリュディガー。
しかし、もう一度望遠鏡を覗いてみてもそれは現実だと言う事がはっきり分かった。
「やっぱり間違い無い……」
「何が間違い無いんだ?」
「一体どうしたのよ?」
緊張している様なリュディガーの様子に、訝しげな視線を送るバルドとフェリシテの2人。
その望遠鏡の先に一体何が見えているのか、2人には気になってしょうがなかった。
リュディガーは望遠鏡から目を離すと、酷く緊張した口調で言葉を絞り出した。
「トリスがいる」
「はい?」
「と、トリス? トリスってまさか……」
「ああ、俺の妹だ」
以前魔物と戦っていた時に、バルドからリュディガーの妹の話を少しだけ聞いていたフェリシテもそうなのだが、そのリュディガーの妹とも面識のあるバルドの方が明らかに驚いた顔つきになった。
「おいおいちょっと待て、何でこんな所にトリスが居るんだよ!?」
「貴方の妹さんよね?」
「そうだよ。トリスは俺の妹だ」
「今、トリスは帝都のアクティルで働いている筈じゃないのか?」
確かにバルドの言う通り、妹のトリスは帝都アクティルで料理人の仕事をしている筈だ。
だからこんな場所に居る訳が無い。
「もしかして見間違いって事もあるんじゃないのか? いや、そうに決まってるぜ」
「そうよ。妹さんが貴方を仮にここまで追い掛けて来るとしても、今までここまで旅して来た中でかなりの時間差があると思うんだけどね」
フェリシテは道中リュディガーとバルドと一緒に進んでいた時、家出同然にこうして旅に出て来たのだとも話を聞いていた。
その話の中で、妹のトリスには置き手紙だけで黙って出て来たと言うエピソードも勿論バルドが口数の少ないリュディガーの代わりに話してあった。
「確かに妹さんが心配する気持ちも分かると思うけど、行き先は伝えて無い訳でしょ?」
「ああ」
「だったらやっぱり、貴方が望遠鏡の向こう側に見たって言うそのトリスって妹さんの姿は、誰か似た様な人の見間違いでしょ?」
「俺もそう思うぜ」
元々言葉数の少ないリュディガーは、自分よりも明らかに言葉数の多い2人にそう言われて「それもそうか」と納得する。
そう、考えてみればやはりこんな場所にトリスがこんな時間に居る訳が無いのだ。
きっと今頃、自分の残して来た置き手紙を見てかなり怒っているに違いない。
それも当然だろう。
フェリシテに前に話した様に、黙ってその置き手紙だけで出て来たとなればトリスでなくても怒るに決まっている。
「きっと俺達は疲れているんだ。今日は何処かの駐屯地に泊めて貰って、明日ここに来ると言う殺害対象の部隊を待って極秘裏に接触しようぜ」
「私もそれが良いと思うわ。ここまで来る途中に考えていたんだけど、今から私達が急に姿を消しちゃったら、それこそここの駐屯地の騎士団員達が怪しむ事になるんじゃないかしら?」
そう、何も慌てる必要は無い。
今の自分達の手の中には、王宮騎士団員達が企んでいる事を纏めた資料がある。
それを持っていると言うだけでも精神的にはかなりのアドバンテージなので、ここは薬草を集め終わったと報告して敵に休ませて貰う事にする。
急いでも要らない怪我をするだけなので、余裕を持った行動を心掛けようと今一度肝に銘じたリュディガーは、2人のアドバイスに従って今までやって来た登山道を逆戻りして、あの最初の駐屯地に戻るのだった。
その山を馬に乗って降り始めた3人が居る場所からかなり離れた所では、そのトリスが心臓をバクバクと激しく震わせながら息を殺していた。
(もう……何でお兄ちゃんを追い掛けて来ただけだった筈なのに、こんな事に巻き込まれなきゃいけないのよ!?)
それもこれも、全て黙って出て行ってしまったあの兄が悪い。
そう思わないとやってられない様な気持ちが、今のトリスの心の中を駆け巡る。
何故なら彼女は、ここまでやって来た事を後悔する様な話をこの山の中で聞いてしまったからだ。
事の起こりは、リュディガーが帝都アクティルを出発した日までさかのぼる。
彼がバルドと共に帝都を出発したおよそ数時間後、トリスが働いている食堂に兵士部隊の隊員がやって来たのだ。
その隊員もトリスの働いている食堂に良く通っている1人なのだが、ここに来る途中にリュディガーがバルドと一緒に帝都の出入り口から出て行ったのを目撃した、と言うのを伝えに来たのである。
「えっ、お兄ちゃんが?」
「そうだよ。結構な量の荷物を背負って出て行ったんだけど、また傭兵として何処かに遠征でもするのか?」
「ううん、そんな話は私は聞いていないわよ?」
兄が何故その様な行動を取るのか?
疑問を覚えたトリスは、1日の中で店が最も混雑するランチタイムを終えて店長に断りを入れてから、そのまま店を抜け出して一旦家に戻った。
そこであの置き手紙を発見し、怒りのボルテージが一気に最高潮まで達した。
「何で……どうして……どうしてなのよおおおおっ!?」
この瞬間、叫び声と共に彼女は決意する。
こんな置き手紙だけで勝手に黙って出て行ってしまった兄を、何処まででも追い掛けてやると。




