1.全ての始まり
中世ヨーロッパ風の世界だが、「魔力」や「魔術」と呼ばれるものが存在している、地球とは異なる世界「ヘルヴァナール」。
このヘルヴァナール暦35281年、ある1人の男が1冊の本と出合った事から全てが始まった。
そして彼は、このヘルヴァナール世界全土を股にかける冒険をする事になる。
これは、世界を揺るがす程の災厄に立ち向かった、1人の男の冒険記である……。
まだ肌寒い朝が続く、ヘルヴァナールのイディリーク帝国の帝都アクティル。
その一角にある民家にて、1人の男がベッドで寝息を立てている所に荒々しく飛び込んできた女が1人。
「ちょっとー、もう朝だよ!ご飯も出来てるんだからさっさと起きてよっ、お兄ちゃん!!」
「……もう少し寝かせろ……」
「何時もそれじゃない。ほら、さっさと起きる起きる!!」
妹に被っていた毛布を強引に剥ぎ取られ、寒さで顔を歪ませながら起き上がる青髪の男はリュディガー・エイレン・ハイセルタール。
朝に弱い彼は、こうして妹のトリスに起こされるのも朝の恒例行事と言える。
まだ覚醒していない頭を働かせ、眠い目を擦りつつ、トリスが作ってくれた朝食の中からパンを手に取ってちぎって口に放り込む。
そんな彼を見て、妹のトリスは溜め息をついた。
「もう……しっかりしてよね。3日後にはお兄ちゃん、20歳になるんだよ?」
「ああ、そう言えばそうだな」
リュディガーよりも3つ年下のトリス・エルドラ・ハイセルタールは、そんな兄に呆れながらも「自分がしっかりしなきゃ」と言う意識を持って生活している。
自分が帝都の食堂で料理人をしているのも、兄が傭兵と言う不安定な職業に就いている事が切っ掛けで、しっかりと非常時の貯えを作っておかなければ、と心に決めての就職だった。
この2人の両親は、今から3年前に流行り病で呆気無く逝ってしまった。
そもそもこの2人の生い立ちがなかなか複雑な事もあり、余り裕福な暮らしが出来ていなかった。
それでも最低限の暮らしで何とか乗り切って来た2人は、トリスのこの一言が切っ掛けで大きく変わり始める。
「そう言えば、今日はバルドさんと約束があるんじゃなかったの?」
「ああ……あいつの家で待ち合わせしているんだよ。だから食ったらすぐに行く」
「また危ない仕事に行っちゃうの? お兄ちゃん」
「……かもな」
正直な所、リュディガーも詳しい話は友人のバルドから何も聞かされていない。
とにかくバルドの元に行ってみれば何かが分かるだろうとの事で、彼は出発。
愛用のソードレイピアを腰に携え、仕事が入ればすぐに出発出来る様に準備した上での合流を考えていた。
しかし、彼の予想を大きく裏切る話がバルドからされる事になった。
「よーう、リュディガー。相変わらず辛気くせえ顔してやがるな」
「……お前の元気が良過ぎるだけだ」
豪快な性格の友人、バルドの自宅に招かれたリュディガー。
バルドは旅行が趣味であり、世界各地を旅しては色々な情報を仕入れて話を聞かせてくれる存在である。
日銭は日雇いの仕事をしたり、魔物を討伐してその部位を素材として売りさばいているので、リュディガーよりも更に不安定な身分でもある。
そんなバルドとは物心ついた頃からの幼馴染みであり、友人の少ないリュディガーにとっては貴重な存在である。
「突然呼び出して悪かったな」
「別に。それよりも用件は何だ?」
旅行から帰って来たばかりのバルドから、面白い話があると呼び出されて来たからには、恐らくまた旅行先での話なのだろうかと大体の見当をつけるリュディガー。
しかし、バルドは家の奥にある自分の寝室に案内する。
「俺は男と寝る趣味は無いぞ」
「違うよバカ。誰に聞かれてるか分からないからこうやって奥に来たんだ。ビックリする様な物を見つけたんだけど、物が物だけにあんまり大きな声じゃ言えない話だからさ」
そう言いつつ、簡素な木製のベッドの横にあるサイドボードの引き出しから1冊の本を取り出して、スッとリュディガーに差し出すバルド。
「これは?」
「お前の親戚の祖先が残した本だよ。自分達は興味が無いし、既に色々と調べて本物だって話もついてるから、書物庫に保管する前に親戚のお前に渡してくれって頼まれたんだ」
「祖先……本物?」
何のこっちゃ、と思いつつリュディガーはその本のタイトルに目を落としてみると、普段から表情の変化に乏しい彼の顔が明らかに変わった。
「これは……おい、何処で手に入れたんだっ!?」
「御前の親戚の家だ。実家の地下に隠し部屋みたいなのがあって、そこから出て来たんだってよ」
自分の生い立ちを知っているだけに、リュディガーが驚くのも無理は無かった。
この国で生活していれば、誰もがその名前を1度は聞いた事があるだろうと言われる程の偉大な冒険家、ルヴィバー・クーレイリッヒ。
彼は遥か昔、世界を旅して数々の伝説を打ち立てたと言われている。
魔物の群れにたった1人で突撃してその全てを蹴散らしたとか、幾つものダンジョンを踏破して魔物の生態系を調べるのに多大な功績を残したとか、貧しい国に研究所や学校等の施設を建設して人々の生活を楽にした人物であるとか。
彼はその話を自分の冒険日誌に書き残し続け、冒険が終わった後にはこのイディリーク帝国を建国した人間として知られている。