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リトル・ヴィレッジ ~村人の選択~  作者: 春日野 晃
【第一章】 ベンジャミンの場合
4/4

ベンジャミンの行動 4


目を覚ますと自身の家とは違う色の天井がぼんやりとした視界に入ってきた。

鼻にツンとくる薬品の匂い。ここは診療所だと理解するのにそう時間はかからなかった。

ここへは子供のから世話になっているため、この匂いは懐かしく思えた。

体を起こし、手探りで横に設置されている棚に手を伸ばすと眼鏡をみつけ

かけると視界がはっきりとした。外は薄っすらと明るくなっており明け方のようだ。

なぜ運び込まれたのかと昨晩の事を思い出そうとした瞬間、吐き気がし口を押さえた。

いつもと変わらぬ量を飲んだつもりだったが、どうやら酷く酔っていたようだ。

横になると吐き気も落ち着き大きくため息をついた。

気付かぬほど疲れが溜まっていたのかあれほどで潰れてしまうとは…

今日の仕事は適度に休みながらしよう。そう考えているうちに眠りに落ちた。



数時間後、目を覚ますとちょうど看護師が点滴を付け替えており、目覚めたことを伝え

部屋を出ていくとしばらくして医師がきた。すっかり老いているがこの村唯一の医師だ。

話を聞くに酒場で倒れたことに間違いはないようだ。しかしその後に続く言葉に耳を疑った。

「クリス君とジーナちゃんが結婚だなんてめでたいねぇ」と言ってきたのだ。

クリスとジーナが?あれは夢だったんじゃないのか?現実だった?

再び吐き気が込み上げ口を手で押さえるものの、我慢できず布団の上に吐瀉物を撒き散らした。

医師が慌ててうがい受けを手渡してくれ、胃の中身を出し尽くすまで吐き続けた。

明け方の吐き気は酒によるものではなく、この悪夢のような現実のためだった。

涙が零れ体が震えている。しかし体の震えは嘔吐によるものではなく

あの悪夢のような夜が現実のものであったという恐怖のものからであった。

心配する医師へは酒の飲みすぎによるものだと弁解し、今日一日は安静にするようにと言われ

勤めだしてから初めて仕事を休み、午後には家路に着くことができた。


一人で住まう家に戻ると昨日出てから何も変わっていない。

流し台には朝食をとった時の皿とグラス、きちんと整えられたベッド。

ベッドに腰掛けると頭を抱え、現実を理解しようと考えた。


昨晩はクリスと飲んでいた。いつものように楽しく飲んでいた。そしてジーナが来た。


そしていきなり「結婚する」なんて言い出した。


確かに昨晩のあいつは嫌に上機嫌だった。もしかするとそれを伝えるため?

なぜ付き合っていたことを隠していたんだ?

僕がジーナを想っていることをあいつは知っていたはずだ。

だから言い辛かったのか?いや、でも婚約の事は言ってきた。

だとしたら僕に自慢したかったのだろうか?

「お前の好きなジーナを奪ってやったぜ」って。

それを見せつけるために「朝まで飲もう」なんて提案していたのか?

親友だと思っていたのに、本当は敵だったなんて信じられない。

本当は今まで一緒に飲んでいたのも心のどこかで僕をほくそ笑んでいたんじゃないだろうか?

ジーナも騙されているんじゃないだろうか?もしくは何か弱みでも握られているのかもしれない。


許せない…ジーナを汚しただけじゃなく、親友の僕を騙していただなんて…

親友と思っていたのは僕だけだったのか…?


怒りと悲しみが混ざり合い瞳からはぽろぽろと涙が零れ落ちていた。

レンズの上に涙が零れ視界がぼんやりとしていく。それはしばらく続いた。



夕刻が近づいてきた頃、いつの間にか眠っていたらしく眼鏡をかけたままベッドに横になっていた。

起き上がると眼鏡を拭き、本棚へと近づいた。そして一冊のアルバムを手にとった。

めくると幼い頃の僕とクリス、ジーナが写っていた。

3人で楽しそうな笑顔で写っているものばかりで。どれをみても3人は笑顔だ。

めくっていくとクリスと喧嘩した時の写真まで残っていた。今にも泣き出しそうな僕と

頬をぷっくりと膨らませたクリスが写っている。ケンカの理由は忘れたが

よくこうして喧嘩をしては僕が謝って仲直りをしていた。

二人で写った写真を取り出すと二人を引き裂くかのように破りクリスが写る写真を持ち

キッチンへと移動し流し台の前に立っていた。

ライターを手に取り写真に火をつけた。流し台に置かれたままの皿の上に写真を乗せ

ジリジリと燃えていく幼いクリスの姿をただ見つめていた。


いつから変わってしまったのだろう、写真のように笑いあっていたのは。

昨晩までは笑い合っていたはずなのだがそれすらも嘘のように思え

何も信じられなくなってしまっていた。

悲しくも寂しい感情と共に憎悪が増幅していく。初めての感情だ。

いままでに感じたことのない感情に戸惑いながらも受け入れ何かが変わっていくのを感じた。

写真が燃え尽きたのを確認すると机に向かい引き出しから一冊のノートを取り出した。

見た目は古ぼけた本のようなデザインだが中を開くと等間隔に線が引かれた

よくあるノートになっている。

ジーナが就職祝いにプレゼントしてくれた大切なノートだった。

仕事の事をメモするようにと渡されたが勿体無く思いいままで使わず仕舞っていたのだ。



日も落ち始め、室内が薄暗くなっている中、ペン立てからペンを手に取ったとき

コンコンと扉を叩く音が響いた。誰かが尋ねてきたようだ。

椅子から立ち扉の方に向かおうとした時、外から聞こえた声に反応し硬直した。


「ベンいるかぁ?様子見に来てやったぞー。」


クリスの声だった。今もっとも会いたくない人物の訪問に動揺していた。

面倒見の良い彼が尋ねてくる事ぐらい予想はついていたはずなのに

それすらも考えられぬ程になっていたのだ。


「いねぇのかな…どうするよ?」


「きっと眠っているのよ、今日は休ませてあげましょ。」


クリスだけでなくジーナの声が扉越しに聞こえドッと嫌な汗が噴出した。

なぜ彼女までいるのか、そしてクリスなんかと一緒にいるのか。

ドクドクと脈が早くなるのを感じその場にしゃがみこむと呼吸は荒くなり胸の苦しみが増し

外の二人が去るまでブルブルと震えていた。

こんな姿をジーナには見せられない。愛する人に自身が弱っている姿など見せたくないのだ。

外で何か話している声が聞こえるが会話は聞こえず、いつしか遠くに離れていった。


声が聞こえなくなると胸の苦しみは治まり、呼吸も整っていた。

額から垂れた汗を拭うと立ち上がり、机に戻り再びペンを手に取った。

そして薄暗い部屋の中大切なノートに達筆な字で文字を書き込んでいった。




Day 1


今日から日記をつけることにした。この気持ちを忘れないように。

昨晩クリスとジーナが結婚すると言ってきた。冗談じゃない、ジーナは僕のものだ。

さっきも見せ付けるかのように二人が家を訪れた。久しぶりに発作を起こしそうになった。

クリスが許せない。あいつを消してしまいたい。何かいい方法はないか。

ジーナを取り返すんだ。あいつにだけは負けたくない。




綴り終わると本棚にノートをいれ、植物の本を手に取ると

ランタンに火を灯し、毒草や毒茸について夜遅くまで調べつくした。

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