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リトル・ヴィレッジ ~村人の選択~  作者: 春日野 晃
【第一章】 ベンジャミンの場合
3/4

ベンジャミンの行動 3


その後は何の変哲もない時間が過ぎていった。


いつものように出社したと同時にタイムカードを押し

淹れて時間が経っているであろう珈琲を僕専用のマグカップに注ぎいれた。


このマグカップは一見、真っ黒なよく言えばシンプルなマグカップに過ぎない。

しかしこれに温かい飲み物を注ぐと一変する。

温められた黒いカップがみるみるうちに夜空に降り注ぐ星々が現れるのだ。

それは夏の星座が的確に描かれており、いつ見ても美しい代物だった。


これはジーナから誕生日プレゼントにと贈られたもので、とても大切にしている。

大切な物なら家で使うべきだと思うだろうが、家よりも長い時間を過ごす

職場に置いている方が離れていてもジーナの傍にいられる気がし、落ち着くのだ。


マグカップを眺めながら自身に割り当てられている席に着くと珈琲に口をつけた。

案の定、時間が経ち酸味が強くなっていた。この味にもすっかり慣れてしまった。

ここで勤めだした時はこの味が嫌だったのに、と昔のことを考えながら

今日済ませる仕事の書類に目を通しているとふっとクリスが思い浮かんだ。


そういえばジーナはマグカップの贈り物だったけれどクリスからは何をもらったか。

去年は祝いだからと酒を家に持ってきたけれども

結局クリスが大半を飲んでしまっていたな。あいつらしい。

今年は「去年のようにならないように」とか言って、倍の量の酒を持ってきたな。

あいつは酒以外の贈り物を知らないのかと呆れたが、それもあいつらしい。


などと考えていると始業の鐘が鳴り仕事に手をつけた。



その後も何事もなく仕事を終える時間が近づいていった。

平凡で何もない田舎の村だ。早々、事件が起こるはずもない。

素晴らしい日にちなんで唯一素晴らしかった事と言えば、いつも昼食をとる店の

日替わりランチが僕の大好きな鳥のピカタだった事ぐらいだろうか。

チーズの風味のする卵のふわっとした衣にしっとりとしたモモ肉がとても合う。

スープは玉ねぎのものでパンを浸し食べると格別だった。

それらを平らげ至福な気持ちで午後の仕事もスムーズに終わらせていった。


終業の鐘が鳴り響き、書類をまとめ引き出しに入れると役所を出た。

前日のクリスとの約束通り、酒場へ向かう道へ進んだ。

彼は今日も先に着いては飲んでいるのだろう。その為少し寄り道することにした。

広場により海の方へと目をやると水面一面、夕日の茜色に染まっていた。

この時間が僕はとても好きだ。時間とともに闇に飲まれる空と海、それまでの茜色。

その物悲しくも幻想的な光景はここでしか見れないものだろう。

なんてロマンチックな事考えてないで向かおうとした時、目の前に少女がいた。

おさげの髪に白いスカートに頭には頭巾のように赤いスカーフを巻いている。

どこかで見たことがある気がするが、いくら考えても思い出せない。


「お花、いりませんか?」


そう少女が口を開くと1輪の花を差し出してきた。

それは夕日のような色をしたマリーゴールドだった。

しかしこの花は珍しくない。そこ等じゅうに咲いているものと同じものであった。

今から酒場に行く男が花を持って行くのはいささかおかしいだろうと思い


「ごめんね、僕には必要ないから欲しがっている人にあげてほしいな。」


得意の微笑みをしながらそう断ると、少女は何も言わず走っていってしまった。

このご時勢に花売り…はあり得ないだろうからままごと遊びか何かだろう。

そう考えると酒場へと歩み始めた。



酒場の扉を開くとまだ夕刻だというのに、いつも通り人で賑わっていた。

お決まりの席にはすでにクリスが座っており酒を飲んでいるのがみえた。

カウンターにより、いつものぶどう酒を注文するとクリスの元へ向かった。

どうやら昨日話していた会わせたい人とやらはまだのようだ。

クリスの向いに座るとすでにだいぶ飲んでいるのか離れていても酒の匂いがした。


「おいおいクリス、僕が来るまでにどれ程飲んだんだい?」


「やっと来たかベン!今日は朝まで飲もうぜ!」


完全に出来上がった彼に「お互い明日も仕事だろ?」と呆れながら答えていると

席にぶどう酒が運ばれ、互いのグラスを傾けると心地の良い音を奏で、口をつけた。

口内に広がるさわやかなぶどうの味が仕事終わりには格別だ。

きっちりと締められたネクタイを緩めながら会わせたい人について意地悪く聞いた。


「まだ会わせたい人とやらはここに来てないようだね。

もしかして来る日を間違えたんじゃないか?」


「いいや、今日だ。もうすぐ来るはずだからそれまで話そうぜ!」


クリスにそう促されいつものように互いに愚痴や面白かった事を話していた。

もちろん今日のお昼に食べたピカタの話もすると

「ガキの頃から変わらねぇな」と笑われてしまった。それはお互い様だ。

現に酒のつまみに彼は豆サラダを突いているが、彼の子供の時からの好物だ。

ビネガーの風味が良く酒に合うようにと胡椒がきいた、麦酒にはよく合う一品だ。

僕はワインに合うこの酒場特製のチーズを食べ、いつしか時間が経っていった。



酔いも程よくなってきた頃、席の前で誰かが立ち止まりそちらへ顔を向けた。

やっと会わせたい人とやらが来たのかと見るとそこにはジーナが立っていた。

どういう事か分からず酒の酔いもあり少し混乱してしまった。

というのもジーナは酒が飲めないのだ。なのに酒場にいるのはおかしい。

会わせたい人とはジーナなのか、なぜ彼女をここへ呼んだのか。

理解が追い付かないままでいる僕に「二人とも飲みすぎね」と言いながら

クリスの隣に腰を下ろした。どうやら会わせたい人とは彼女で間違いないようだ。

なぜ彼女を呼び出したのか?あいつは何を考えているんだと思っていると

クリスが「よし、揃ったな!」っと言った。


「揃ったって何がだよ?なんでジーナをここに呼び出したんだ?」


混乱する頭で考えるが呼び出した意味が分からない。

「あら、お酒が飲めない人は来ちゃいけない?」と彼女は小さく笑った。


「お前には一番に知らせたかったんだ。」


そうクリスが言うとジーナの肩を抱き寄せ笑顔で言った。



「俺達、結婚するんだ!」



何を言っているのか分からない。一瞬にして周りの動きが遅く見える。

分からない分からない分からない分からない。クリスはなんて言った?

ジーナと結婚?結婚ってなんだっけ?結婚は夫婦になるって事のはずだ。

クリスとジーナが?なぜ?僕とじゃなくてクリスとジーナが?

なんでなんでなんでなんで。二人が笑顔で幸せそうに何か喋っている。

でも遠くから聞こえてくるみたいだ。何を言っているんだ?

ジーナは僕じゃなくクリスを選んだ?なんで?僕の方が君を愛しているのに。

いつの間に二人は付き合っていたんだ?僕の知らない事があったなんて。

なんであいつなんだ…あぁ、僕の女神が闇に包まれていく。




意識が遠のく中、プツンっと何かが切れるような感覚が走り

意識を手放した僕は椅子から転げ落ち、床へと倒れていった。



素晴らしい日が最悪な日に変わってしまった。

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