ベンジャミンの行動 2
窓から差し込むキラキラとした朝日で目が覚めた。
視界がぼやけよく見えない。横になったままベッドの横のラックに手を伸ばすと
置いてあった眼鏡をかけ、ようやく視界がはっきりとする。
床に目をやると昨晩脱ぎ捨てたであろうシャツがぐしゃぐしゃと
無残な姿で転がっていた。どうやら昨晩は自身でも気付かぬ程
酒が回っていたらしい。このシャツは駄目そうだなと察すると
ため息を小さくつき、重い腰を上げて仕事への準備を始めた。
もちろんいらない書類のようにぐしゃぐしゃにされたシャツは籠へいれ
クローゼットからシワ一つない綺麗なシャツを出した。
たまには白じゃなく色のついたシャツにしよう淡い青色をしたシャツを手にし
袖を通した。糊がきいたシャツを着る日はとても気分がよくなる。
今日は何か良い事があるに違いない。そうだ、きっと素晴らしい日になるだろう。
そう胸を躍らせながら軽い朝食を済ますと家を後にした。
なんの変哲もない田舎の風景。息を大きく吸うと青々とした草の匂い。
耳を済ませると小道の隅で流れる小川。離れたところからする水車の水音。
あぁ、この小さな野花はなんという名前だったか。そんな事を考えていると
後ろから水車とは違う、優しく落ち着きのある女性の声が聞こえてきた
「おはよう、ベン。気持ちの良い朝ね。」
振り返ると栗色の長く美しい髪に、蜂蜜色のワンピースを纏った友人がいた。
「やぁ、おはよう。ジーナは朝早くからお散歩かい?」
微笑むと同時に歩みを止め、ジーナが追い付くのを待った。
「うふふ、お散歩だったらもっと軽い足取りでいたわ。
お爺様にお話があって行くところなの。」
彼女はジーナという村長の孫娘だ。僕と同じ年で彼女も幼少からの友人だ。
幼い頃は毎日のように一緒に遊んでいたが男女の違いということもあり
次第に距離が離れていってしまった。
決して不仲になったわけではなく、少年少女から男と女に代わったからであろう。
何より僕は彼女に想いを寄せていた。そんな感情が芽生えてしまっては
友人であるという考えより、女性であるという考えが勝ってしまうのだ。
気がつけば悟られないようにと彼女の前で微笑んでしまう癖がついてしまった。
「村長さんか。じゃあ村の予算で勝手な物を発注しようとしないで下さい。って
役所の人間が言ってたよって伝えてもらえるかな?」
「あら、それはベンジャミン君が言っていたのよって付け加えるべきかしら?」
「いいや、匿名でお願いするよ。バレて説教を食らいたくないからね。」
「いえてる。」っと返事が返ってきた時には隣に並び、二人で笑いあった。
小さな歩幅のジーナに歩みを合わせ、進めはじめると先の話に戻った。
「勝手なものって今度は何を発注しようとしていたの?」
聞いてくるのか、と意外に思いながらもあの忘れもしない企画案を説明した。
「南の丘には老婦人が住んでいるだろ?」
「お花おばさんね!」という相槌に苦笑いを浮かべながらも話を進めた。
「あぁ、その婦人の家を取り壊して風車を建てると言いだしたんだ。
あの丘を大切にしている婦人があそこを手放すなんて何かおかしいと思って
話を聞きにいったら案の定、婦人の許可も得ずに勝手に建てようとしていたんだ。
それに村の予算の3年分もする風車を建てようだなんて無理な話だ。
危うくあと1日遅かったら風車を契約するところだったんだから困ったものだ。」
思い返すだけでもゾッとする話をし終えると、ジーナは考え込んでいるのか
口をつぐみ少しの間を置いてから口を開いた。
「風車は何に使うつもりだったのかしら?」
「電力だよ。この村は水車で十分賄えているんだからいらないだろうね。」
ハァと大きなため息が隣から聞こえ隣を歩く彼女を見ると呆れたような表情がみえた。
きっと前回の村の広場に銅像を建てようとしたおぞましい事件を思い出したのだろう。
僕も今回の案件を見たとき同じような表情をしていたに違いない。
「ごめんなさいねベン、あなたも他の仕事の事で忙しいでしょうに。
お爺様にはよく言い聞かせておくわ。」
「いいや、ジーナが謝ることじゃないから気にしないで。」
そんな事を話していると二股の道に差し掛かった。
右に行けば役所がある広場への道が。左に行けば村長が住む道だ。
「ここでお別れだね、またねジーナ。」
広場への道に歩くと後ろから「いってらっしゃい!」と元気な声が聞こえた。
"いってらっしゃい"か…夫婦になれば毎日言ってもらえるのだろうか。
そんな想像をしながら浮き足立つ軽い足取りで役所へと向かった。
やはり今日は素敵な日になりそうだ。