21.次の街へ向けて出発
王様直々の協力依頼ということで何をさせられるのかドキドキしていたが、最初の依頼はなんてことはなさそうな護衛依頼だった。
というのも、お姫様がキルギスという街のシティコアのメンテナンスに行くので、ついてきてほしいとのこと。
ルーズの街にいたのも同じような理由だと聞いてたので、日常業務なのだろう。
協力というか、本当にただの護衛だ。
ただ、普段であればもう半年ほど猶予があるらしいのだが、原因不明の不具合により、すぐにもお姫様が出向く必要があるのだとか。
そういった意味では何らかトラブルの可能性もあり、信頼できる腕利きのパーティに護衛を頼みたいとのこと。
そういうわけで、王都観光などする間もなく食糧や消耗品を補給して、王様との謁見の次の日には出発。
今度は片道10日ほどの旅になる予定。
キルギス、ルーズ、王都は大きな街道でつながっており、地面が整備され走りやすい。
前回と同じく、馬車の後ろをダラダラと付いていく。
「フモーケさん、ご一緒にどうですか?」
と思ったら、お姫様からお声がかかった。
これからしばらく付き合うことになるのだから多少の交流は必要だ、と言われると断れない。
多少肩身が狭い思いをしつつも、大人しく馬車に乗り込むことに………
「飛行機がなんで飛ぶのか?」
「ええ、皆様の世界には、この国に無いさまざまな技術が存在する、と伺いました。先日の襲撃がどのような手段で行われたのか、今後どのような形で襲撃が行われるのか、皆さまの世界のお話を伺えば何かヒントになるかと思ったのですが…」
「あたしたち、飛行機とか携帯電話とか知ってますけど、どんな仕組みで、とかは知らないんすよね。
何しろ中学1年のときにこっちに来ちゃったので、最終学歴は小卒ですし………」
王都出発からすでに2日。
ゴトゴトと馬車に揺られながら、とりとめのない雑談をしていると、会話の内容は先日の襲撃の話に。
空からスライムが降ってくる、という衝撃的な展開だったため、どんなスキルや手段で行ったのか、みんなで予想することに。
「うーん、俺も専門家じゃないから詳しくは知らないけど………ちょっとまってて」
馬車から外に出で、木箱に土を少し入れて馬車の中に帰る。
走っている馬車からの乗り降りは行儀が悪いが、まぁ見逃してくれ。
「えーっと……飛行機っていうのはこんな形」
土魔法を使い、木箱の土を変形させて固め、飛行機の形に。
寸法なんかはめちゃくちゃだが、何となく形がわかればいいだろう。
「これが翼で、これがジェットエンジン、こっちが飛行機の前で、こーんな感じで飛行機は飛ぶ」
しゃべりながら、飛行機の模型を手に載せてみんなに見せると、うなずきを返してくれる。
「あ、ごめん、その前にみんな、作用・反作用ってわかるんだっけ?」
「ああ、それくらいはわかります。何かを押したら同じ力で押し返される、みたいなやつっすね」
「そうそう。例えば、この馬車を止めて俺がその上に立ち、大きな岩を後ろ向きに猛スピードでぶん投げたら、その反動で馬車が前に進む、ってことだね」
姫様がうんうんうなずいている。これくらいはわかるようだ。
「飛行機のジェットエンジンも同じようなことをしてるらしい。前から空気を吸って、燃料と混ぜて燃やして後ろにものすごい速さでぶっ放してる。だから飛行機はものすごい速さで前に進む」
「………
えっと、上に飛ぶのは?」
坂上さんが質問する。彼女はあまり話かけてくれないので、声が聞けてちょっとうれしい。
「飛行機がものすごい速さで前に進むってことは、飛行機は前方からものすごい速さの風を受けるってことだよね。例えば、こんなふうに………」
木箱に残った土を使って、絵を描いてみる。砂浜に絵を描くようなものだが、土魔法を使うので細かな線が描ける。
「ただの真っ平な板に平行に風を吹き付けても、風は脇をすり抜けていくだけなんだけど、板の形状や角度を工夫すると、前からまっすぐ平行に吹き付ける風の向きが下向きに変わるんだってさ」
翼の断面と、それを取り囲むように風の流れを想像で描いてみる。
まぁ、全然正確じゃないんだろうけど、何となく伝わればいいや。
「板のせいで風が下向きに変わるってことは、板は風を下向きに押してるってことだ。つまり、これも作用・反作用の法則で、板は上向きの力を風から受ける。ってことで、この板が翼だ。こうやって飛行機は空を飛ぶんだとさ」
「………
うーん、わかったようなわかんないような………」
みんなピンと来ていなさそうな顔だ。
「だろうね、説明してる俺が良くわかってないんだから。
ただ、こんな難しいこと考えなくても、こっちの世界でなら魔法で空くらい飛べるのでは?」
「いえ、風魔法で一時的に浮遊することはできますが、人間が長時間安定的に空を飛行した、という話は聞いたことがありません。ましてあのサイズのスライムを街の外から城内まで風魔法で運ぶのは至難でしょう。
あるとすれば皆様のように、神様からの恩恵でしょうか。
鳥やモンスターが空を飛ぶのも、特殊なスキルによるものだと考えられておりますし」
そうなの?でっかいパラシュートみたいなの使えば飛べそうじゃない?
あるいは、熱気球とか。
というか、鳥は飛行機と似たような仕組みで飛んでるんじゃなかったかなぁ。
「ねつききゅう、ですか?それはどういった……」
これは、あれだろうか。
スキルや魔法がある異世界でありがちな、科学が未発達な感じの世界観なのだろうか。
「まぁ、全部が全部、異世界の方が未発達ってわけじゃないですけどね。ギルドカードとかダンジョンとか、前の世界じゃ再現不可能っすよ」
確かに、良くも悪くもこの世界はスキル、魔法中心の世界なのだろう。
以前、商業ギルドで農作業を手伝った時のことを思い出す。
国から畑を広げる許可が下りたとかで、ガチガチの硬い地面を開墾するおじさんを手伝ったことがある。
農機もないのにどうするのかと思ったのだが、農家のおじさんは何の変哲もない鍬(くわ)の一振りで、周囲2mほどを一気に耕していた。
同じ地面だったとは思えないほどフカフカの畑が、明らかに鍬の当たった範囲以上の広さ出来上がったのを見たときは心底驚いた。
ちなみに、そのおじさんの栽培スキルはLv.3だそうな。
たしかに、スキルを鍛えることによってこんな人外じみた結果を出せるのなら、誰も耕耘機(こううんき。畑を耕す農機)を開発しようという気にはならないのかもしれない。
出来るかどうかわからない機械の開発より、確実に成果の出るスキルの方が、短期的にははるかに魅力的だ。
となると、
「やはり、皆さまのように、異世界からいらっしゃった方々による特殊なスキルでしょうか」
「まぁ、そもそもモンスターを思い通りに動かすためには、何らかの特殊なスキルは必要でしょうからね。
というか、モンスターが空を飛べるのなら、モンスターにスライムを運んでもらえばいいですし」
乱暴な論法ですっきりしないが、スキルがあれば可能、と言われれば否定できない。
しかし、姫様は少し懐疑的というか、信じられない、といった顔をしている。
「………
しかし、そんなことが可能なのでしょうか………
いくら神の御業とはいえ、モンスターを操るというのは………」
どうやら、この世界の人間にとって、モンスターというのはかなり特別な存在なようだ。
「たしかに、あたしたちが転移するときも、なんでもかんでもスキルでかなえてくれる、って感じではなかったっすね。強力過ぎるのはダメ、って感じでしたし。
神様に聞いてみないことには、モンスターを操ることができるのか、はっきりとはわかんないっすね」
たしかに、世界のバランスを壊さないよう気を遣ってる様子だった。
モンスターを操る、ということがどの程度のことかわからないが、ダメと言われる可能性もあるか。
しかし、
「………
あー、俺さ、もらったスキルのおかげで、状態異常に掛からないんだよね。っていうか、状態異常になると逆に強くなっちゃう」
「「「!?」」」
「えーー、それは、強過ぎじゃないっすか?」
「まぁ、そのせいで装備1つしか身に着けられないんだけどさ」
「「「!?!?」」」
「えーー、逆にそれはキツ過ぎじゃないっすか?」
「うん、まぁそうなんだけど、別のスキルのおかげで、装備一つしか身に付けてないと、成長早くなるわステータス上がるわで、逆に強くなっちゃうんだよね」
「「「!?!?!?」」」
というわけでなんとなく、話の流れで自分のもらったスキルや装備、ステータスの詳細をばらす。
まぁ、リスクは多少あるが、パーティメンバーに必死で隠すようなことでもないし、いいだろう。
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「なんというか、普通にずるくないっすか?なんでそれでOKなんすか?」
「ねー、不思議だわ。
正直、なんで見逃してもらえたかは分からないんだけど。
まぁ、それは置いといて。
そんな感じで、神様へのお願いの仕方や設定の工夫によって、結構強力なこともスキルによって実現できると思うんだよね。
今回の犯人がどうやって襲撃を行ったのかはわからないけど、何らかの制約とかルール付けで実現できる可能性は無くはない。
まぁ、どんなことでもあり得るから、みんな気を付けようってことで」
元々結論が出ると思っての話ではなく雑談の延長みたいな会話だったため、そのあとはそのまま別の話題に変わった。
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その後も何度か休憩をはさみながら何事もなく馬車は進み、今は昼食を兼ねた長めの休憩時間。
今回の旅から、姫様のお付きの人が全員分の食事を用意してくれることになったため、組み立て式の大きなテーブルを5人で囲んでいる。
食事を終えたところで、姫様の侍女と護衛を兼任している女性が声を掛けてきた。
「ご休憩中のところ、申し訳ありません。これからの護衛方針についてご相談があるのですが、皆さまお時間よろしいでしょうか?」
「えっと、はい。何でしょうか?」
「では、こちらに」
というので、みんな席を立って侍女さんに付いていこうとすると、
「フモーケさんは、こちらに」
姫様に呼び止められた。
どうやら、2人で話したい、ということらしい。
みんなにチラチラ見られながら、身体が姫様の方向に向くよう座りなおす。
みんなの姿が馬車の影に隠れて見えなくなると、姫様が話しかけてきた。
「先ほどはありがとうございました」
「え?」
「先ほど、ご自身のスキルや装備について、お話しくださいました。
気を遣っていただいたのでしょう?私も父も、聞きたくてうずうずしてましたから」
姫様が申し訳なさそうな笑顔で頭を下げる。
「まぁ……」
スキルや装備の話題になる度、チラチラとこちらを伺ってたし、何度か口を開きかけて、結局口をつぐんだことが何度かあった。
ダンジョン踏破したり、黒いスライムに飛び込んだり、いろいろ目立ったからだろう。
「お恥ずかしい話ですが、父も私も、交渉事が苦手で………
昔から道具弄りばかりやってきましたから、駆け引きや政治のことはなかなか……
本当は父も、政治なんか人に任せて工房に籠りたいと思っているくらいです」
たしか、この国は王族の血筋に受け継がれるスキルによって運営してるんだとか。
王様やりたいのにやれない、やりたくないのにやらされる、と悩みも多いのかもしれない。
「えー、っと………
王女殿下が次の王様になられるんですよね?
スキルで後継ぎが決まるというのも、なかなか……」
「リズで構いません」
「え?
ああ、リーゼリット様が」
「リズで」
「………
えーっと、リズ様が次の王様になるんですよね?」
「はい。10歳のときにスキルを授かりました。
ご存知かもしれませんが、私はいわゆる妾の子、というやつでして。
それぞれ腹違いの兄が2人います。
2人のお妃さまがご自身のお子を駒に権力争いをしているのを他所に、父は昔から懸想していた母を側に置き、母は私を身籠りました。
その頃の父は、政治にとんと興味を示さず、工房で新しい魔道具を作っては母や私に見せびらかしてカラカラ笑っているような、そんな人でした。
私も次第に魔道具作りに興味を持つようになり、工房に入り浸っては父の真似事や手伝いをするようになりました。
あの頃は、まさか私が次代の王になるなんて、思ってもみなかったな…」
姫様、あらため、リズ様が懐かしそうな顔で過去を語り始めた。
しがらみなく好きに趣味を満喫したい、というのはとても共感できる。
「私が後継ぎに決まった時は、城内がずいぶんと騒がしくなりました。
父も、母と私を守るため、ずいぶんと無理をしました。
………
父は決して明言しませんでしたが、おそらく今回の件は、我が家のお家騒動と呼ぶべきものです。
こんな無益な諍いに、国民や皆様方を巻き込んでしまい、本当に申し訳ないことです……」
「………」
なんといえばいいのか、言葉に詰まる。
後継者争いなんて、巻き込まれる側からすれば迷惑極まりない馬鹿馬鹿しい話だが、かといって姫様に文句を言っても仕方がない。
というか、こういうのに巻き込まれないように、とか言ってて、がっつり巻き込まれてる俺って………
そして、それより何より、気になるのは……
「………
とても、気にかけていらっしゃいますね、ユーカのこと」
「え?」
ちょうどパーティメンバーたちが馬車のそばで作業している様子を眺めているところだったので、少しびっくりした。
「馬車の中でも食事中でも、ずっと気にかけていらっしゃいます。
ことあるごとに声を掛けて、そっけない返事だと寂しそうで。ふふっ」
「な、なんすか…?」
「いえ、私にも反抗期というものがありました。
なんだか、今のソールさんは、反抗期の娘を持つお父さんみたいですね」
「………」
………
「ユーカはもともと、とても穏やかで優しい女性でした。
今は、お兄さんの死に、ひどく動揺しているようですが……」
「……
そう、ですね。
とても、つらいことでしょう」
「突然見知らぬ土地に放り出され、唯一の肉親も失ってしまえば、仕方のないことかもしれません。
ご存知ですか?
皆様のようにこちらの世界にいらっしゃった方々の半数以上は、1年もしないうちに何らかの違法行為を行い、指導・拘留・処罰の対象になっています」
「そ、そんなに、ですか………」
想像以上に多くてびっくりした。
「我が国に限らず、この世界の人間には余裕がありません。
モンスターがいますから。
中央付近の貴族はまだしも、辺境を治める領主たちは、常に未開地やダンジョンから押し寄せるモンスターの脅威に頭を悩ませています。
多くの物資が巨大な軍の維持に使われ、金も物も人もカツカツ。
自然と税が重くなり、そのほとんどが軍事費に消えます。
さらなる開発に回す余裕がなく、現状維持が精一杯。
当然、国民にもギリギリの生活を強いることになります」
これについては、商業ギルドで軽く聞いている。
例えば、俺がギルドに持っていく獲物の買取金額は、実に7割の税が引かれた後の金額だったりする。
(まぁ、これは職業によってまちまちなんだろうけど。)
他にも、消費税のように売買の度に税が自動で支払われているらしいし、国や街によっては、街の出入りの度にお金を支払う必要もあるらしい。
「そして、それは転移していらっしゃった皆様も同じ。
皆様の世界での生活にくらべれば、とても厳しいものでしょう。
帰属意識もない国に突然放り出され、稼ぎの大部分を搾取され、それなのに生活は良くならず、常に命の危険にさらされる。
不満や鬱憤がたまるのも、仕方のないことです。
……
ですが、あなたは違いました」
「………」
「あなたは飄々としていらっしゃった。
突然モンスターと対峙した時も、権力者の対面でも、あなたには何の焦燥も恐怖もなかった。
余裕のない私たちには、最初、それは不審に映りましたが、あなたのスキルの話を聞いて腑に落ちました」
「………」
「あなたは、とても強い。現時点でもすでに強者ですが、時がたてばたつほど、あなたの強さは際立っていくことでしょう。
あの程度のモンスター、どころか一国の主でさえ、あなたにとって脅威ではない。
あなたは、どんな状況であっても、何とかなるんじゃないか、という自信があった」
「………」
「余裕が無ければ、人は人にやさしくできません。
あなたのやさしさには、何の裏も打算もない。
あなたは、ただ、余裕がある人として、みんなに優しくしているだけなのですね」
なんか詰問されているようなセリフだったが、話しているリズ様の顔は笑顔だ。
安心したような、重荷を降ろして楽になったような、そんな力の抜けた顔をしている。
「お察しのことと思いますが、ユーカたちは、あなたがヒロキ殿の死に関して何らかの関係が無いか疑っているようです。
根拠と言えるものもない、ほとんど言いがかりのようなものですが、見方を変えると、いい機会とも言えます。
彼女らの疑いが消え、ソールさんのことを信じられるようになれば、彼女たちの支えとなってあげてください」
「………
リズ様も、ずいぶん彼女たちを気にかけるんですね?」
「………
そうですね。
巻き込んでしまった罪滅ぼし、ということもありますが。
彼女たちは、大切なお友達ですから」
………
意味深だな。
ただ、お姫様ともなると、友達作りも大変なのかもしれない。
せっかくできた友達に、何かあっては困るだろう。
「まぁ、仮とは言え、パーティメンバーですから。
出来る限りはしますよ」
「ふふっ、ありがとうございます」
「姫様、そろそろ……」
見計らったようなタイミングで、お付きの人が声を掛けてきた。
どうやら出発の時間らしい。
すでに、他のメンバーは準備万端で待っているようだ。
折り畳みのテーブルや椅子などをテキパキとしまい、アイテムボックスに仕舞っていく。
待たせたことをみんなに詫び、馬車に乗り込み、次の宿場町を目指して馬車は走り出した。




