20.王様からの依頼
「呪い」という状態異常の恐ろしさについて考える。
まず第一に、その効果は「最大HPを一定割合減少させる」というものだ。
これは、最大HPに応じた一定割合のダメージを一定時間ごとに受け続ける「毒」という状態異常と似て、熟練者、初心者といった最大HPの大小に関わらず全員に驚異的だ。
そもそも、この世界において、HPというものは、数値そのものよりも最大の何%残っているかが重要だったりする。
例を考えてみよう。
最大HP20の冒険者Aがモンスターからの攻撃により、10のダメージを受けたとする。
これはAにとって、とても大きなダメージだ。なぜなら、Aが万全な状態から半分もHPが減っているのだから。
具体的には、大きな裂傷による出血や、骨折くらい起きていても不思議ではない。
一方、最大HPが1000の冒険者Bが、同じく10のダメージを受けた場合はどうか。
Bも同じように大けがを負っているかというと、そんなことはない。
せいぜい擦り傷や打撲程度だろう。
なぜなら、Bにとって10のダメージというのは、最大の1%程度の損傷でしかなく、Bが同じようなケガを負うには、最大HPの50%、つまり500のダメージが必要になるわけだ。
このように、割合ダメージというのは、最大HPの低い初心者だけでなく、むしろ熟練者に対して驚異的なダメージとなる。
そして、呪いによってどれくらいの割合が減少するかは、その呪いの強度による。
今回のケースでは以下のようになっている。
呪い(反転):最大HPが90%アップする
つまり、通常であれば90%も最大HPが減少するのだ。
これはどえらい効果だ。
突然90%のHPが減少し、元気な状態の10%のHPしかないとなれば、意識不明の重体だろう。
目が覚めても、立ち上がるだけでもしんどいはずだ。
このように、強度の高い呪いは、誰に対しても致命的な効果をもたらす状態異常と言える。
次に、解除が困難だ。
呪いの効果を発生させるアイテムや儀式などは、多様に存在する。
毒であればいくつかの解毒剤を用意すればある程度対処できるが、呪いは万能的に使える解呪アイテムは存在しない。
真っ当に解呪しようとすれば、効果をもたらした儀式やアイテムについて正確に把握し、それぞれに適した対処を行う必要が出てくる。
これは、呪いにかかった人間をいくら観察したところでわかるものでもないため、非常に手間がかかり困難、現実的とは言えない。
そこで多くの場合、呪いをもたらした術者を特定し、殺害することで解呪を目指すことになる。
しかし、これも達成するのは難しい。
今回のように何らかの物品や生物を介してもたらされた呪いの場合、術者との距離や時間は関係が無い。
つまり、今受けている呪いが、元々いつどこで発生したのかわからないのだ。
よほど大きな手掛かりが無ければ、世界中のどこかにいるはずの術者をしらみつぶしに探していくしかなく、大きな労力と時間がかかる。
そういったわけで、多くの場合、解呪されず呪いを抱えて生きていくことになるのだが、
「1人は亡くなっています。
もう一人も、富毛受さんの救助のおかげで、かろうじて一命をとりとめましたが……
解呪も介護も難しいでしょう……
死なせてあげましょう。遺族には手厚い保障を」
最後に、呪いが最も忌み嫌われる原因は、その抑えきれない生理的嫌悪感だ。
目は白濁し落ちくぼみ、頬はこけ、ぶよぶよとした皮膚は紫に色に変色する。
ところどころ膿み、体中からいくら洗ってもとれない悪臭が立ち込める。
さらに悪いことに、呪いはいずれ感染する。黒いスライムから兵士にうつったように、介護する家族や見舞ってくれる友人に広がっていく。
いくら愛情があっても、いや、愛する人であるからこそ、解呪のめどが立たない呪いには耐えられない。
苦しまずに死なせてあげたいと思う。
結局、生き残っていた兵士も安楽死させてあげることに。
家に帰しても家族が殺してしまうと殺人罪の可能性もあるが、裁判権を持つ王様の前での安楽死なら問題ない。
スライムの残骸や戦死者のご遺体は、ほおっておくとマルーナ村のように汚染の原因となるため、布や木箱で厳重に封をして、森の奥深くに埋め、浄化作業を行うらしい。
ちなみに、スライムを退治するとき、周りへの飛散を防ぐため、近くの中庭にスライムを誘導し、地面に大穴をあけてその中で駆除したのだが、そのあたりの土や石なんかも、念のため街の外に捨てに行くそうだ。
スライムは直径10mはあろうかという巨体だったので、運ぶ土の量もかなりのモノ。
土魔法使いが作業するらしいが、当分は大忙しだろう。頑張れ。
さて、突然のトラブルもとりあえず一区切りつき、話の続き、となるところだが、
「招待しておきながら、このような、……うぇっ、不始末、まことに申し訳ありませんでした。
……ぉぇ
あらためて、スライムを退治していた、くぽ……、退治して頂き、ありがとうございました」
「私からもお礼申し上げます。……ぉぇ
ありが、ぅぷ……、んんっ!!ありがとうございました」
「そ、それでですね。先ほどのお話のぅぇ……つ、続きですが……」
「とりあえず、お風呂貸してください」
腐肉や汚水まみれのスライムに突っ込んだせいで体中から悪臭立ち込める俺だが、最大の功労者とあって気遣ったのか、臭いと言い出せずに話を続けようとする王様と姫様の話をぶった切って、とりあえず風呂に入れてもらうことに。
ちなみに、パーティの女性陣は一切の気遣いなく風上に距離を置き鼻をつまんでこっちをにらんでた。
そんなこんなで、体中が真っ赤になるくらい石鹸とブラシで隅々まで擦りつくし、新しい服に着替えて改めて別の部屋を用意して話の続きをすることに。
先ほどの謁見の間と違い、今度は部屋の中に兵士はおらず、王様、姫様、パーティ4人のみがテーブルを囲んで椅子に座っている。
「先ほどは失礼いたしました。
えー、それで、話の続きなのですが」
途中までの話の流れからぼんやりと分かってはいたが、要約すると、最近国内で原因のわからない事件が多く、調査に協力してほしい、という依頼だった。
事件というと漠然とし過ぎていて良くわからないが、つまりはマルーナ村の汚染、街道でモンスター遭遇、城にスライム落下のような出来事が国内あちこちで頻発しているらしく、手を焼いているそうな。
異世界から転移してきた我々のような冒険者は、権力者とのしがらみもなく、調査を頼みやすいとのこと。
パーティへの依頼なので、加入数日の新人としては反対意見も出しづらく、結局調査に協力することに。
こういうのに巻き込まれないために商業ギルドに入ったのに、何やってんだろうか、と思わなくもないが、しかし、仮とはいえ入って1週間もしないうちに、「やっぱパーティ抜けます」と言うのは無責任すぎるし大人として恥ずかしい。
その後も、これからの調査についてや調査の際に与えられる権限、報酬や期間など具体的な話を詰めてその日は解散することに。
まぁ、変なトラブルに巻き込まれたら、改めて考えよう。




