18.王都へ ~ばーか、あーほ
朝、といってもまだ夜明け前だが、宿の食堂でいつもの朝食であるパンとスープを食べる。
もういい加減飽きた味だが、今日で最後なので、味わって食べる。
数か月もの長い間お世話になっていた宿だったので、少し寂しい。
荷物は全てアイテムボックスに入っているので、食べ終わるとそのまま出発。
街の門に向かって大通りを進みながら、昨日の出来事を思い出す。
ほんの二日前に決まった王都への遠征だが、その準備は意外と簡単に終わった。
王都までは大きな街道が通っており、間に宿場町もあるため、それほど入念な野営の準備もいらず、食糧や水、着替え、念のための毛布や雨具を店で購入してアイテムボックスに入れていくだけだ。
むしろ、ギルドでの手続きで少し手間取った。
街の移動くらい商人には良くあることだと思っていたが、意外と提出書類や事情説明が多い。
日程や目的地はともかく、誓約書(女性とパーティを組む場合に必須。絶対にパーティメンバーに手を出しません)や帰還同意書(目的を達成したら速やかにこの街に帰還します)など、見たことのない書式の書類をかなりの枚数書かされた。
記載事項もずいぶん細かく、結局、午前中は手続きで潰れた。
付きっきりで書類作成を手伝ってくれたテレーゼさんには感謝だ。
そんなこんなで旅の準備を1日で終え、いよいよこれから、王都へ向けて出発となる。
初めて他の街へ遠征するため、少し緊張するが、よく考えるとダンジョンに数日もぐったりしてたので、片道4日程度の遠征くらいどうということもない気がする。
まぁ、初めての護衛任務だし、油断せずに行こう。
集合場所である街の門近くの広場に到着。
まだ他のメンバーやお姫様は来ていない。
まぁ、偉い人を待たせるわけにはいかないと、かなり早めに来たのだから、当然と言えば当然だ。
この時間でも門の付近は賑わっており、行商人と思しき馬車や、これからダンジョンに向かうのであろう冒険者のパーティなどが、どんどん門から出ていく。
ぼーっと人の流れを眺めながら、他のメンバーが到着するのを待つ。
それから30分ほど経ち、少しずつ街が明るくなってきたころ、2騎の騎兵に先導された少し大きめの馬車がやってきた。
商人のおじさんたちは、ドラ〇エで見たことあるような、布を張った幌馬車に乗っていたが、これは窓にカーテンまで付いた、いかにも金持ちが乗ってそうな木製の馬車だ。
入口が開き、中から見知った人が顔をのぞかせる。
「おはようございます。このまま向かいますけど、本当に歩きで大丈夫っすか?」
「おはようございます。大丈夫です」
やはりこの馬車がお姫様の馬車だったようだ。
柏木さんが心配して声を掛けてくれるが、問題ないと断り、早速出発する。
馬車の中は広く、1人分の追加スペースは十分あるらしいが、女性だけの個室に長時間1人で混ざるのはさすがにしんどい。
というわけで走りで付いていく。
といっても馬車の速度はせいぜい時速十数キロ程度、馬のために細かく休憩をとるため、時速4、50キロで数時間走り続けるいつもの移動よりはるかに楽だ。
時々気分転換に道端に生えた薬草や木の実などを採取しつつ、たらたらと馬車の後ろから付いていく。
特に何事もなくお昼になり、少し長めの休憩をとることに。
馬車を街道脇のスペースに停め、地面に腰を落ち着ける。
どうやら休憩用に使われることの多い場所のようで、見晴らしのいいスペースには、他にも何組かのパーティや馬車が見える。
道中も結構な頻度で他グループとすれ違ったし、かなり大きな街道のようだ。
「スープ出来ましたよ。器ください」
「あ、どうもです」
今日の料理担当の坂上さんにお椀を渡し、スープをよそってもらう。
昼飯は、乾パンに干し肉、豆のスープだ。
正直そんなにおいしくないが、夜はだいたい宿場町に泊まれるので、昼飯だけの我慢だ。
スープでふやかして、乾パンと干し肉を口に詰め込む。
ちなみにお姫様やそのお付きの人たちとは別々に食事をとっている。
さすがに王族が口にするものは平民と一緒にはできないだろうし、お付きの方々もお姫様の世話や馬の世話など、休憩中とはいえやることがたくさんある。
昼飯は交代でちゃっちゃと済ますのだろう。
早々に飯を食べ終え、片付けを手伝う。
と言っても、端の方で調理器具や食器を水洗いするだけなので、すぐ終わる。
「護衛任務って初めてだけど、意外となんもないね~」
「まぁそうっすね。
主要な街道にはだいたい魔物除けの魔道具が仕込まれてますし、ここは人通りも多いっすから。
ってか、そんなにしょっちゅう何か起きてたら、交易なんて成り立たないっすよね~」
「そっか~」
木陰に集まり、全く中身のない雑談しながら休憩をとる。
ちなみに、反応してくれるのはだいたい柏木さんだ。
他の2人とは微妙に距離感を感じるので、しょうもない話に付き合ってくれる彼女は心のオアシスとなっている。
そんなこんなで休憩を終え、出発することに。
先ほどの雑談がフラグになっていたのか、途中モンスターに襲われるというトラブルはあったが、特に被害もなく討伐。
予定通りの行程で、日が暮れる前には次の宿場町へ到着できそうとのこと。
宿泊予定の宿はご飯がおいしいと評判らしいので、到着が楽しみだ。
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「おはようございます。大丈夫です」
ドアが影となっていて私の席からは顔が見えないが、外から富毛受さんの声が聞こえる。
昨日聞いたときは驚いたが、どうやら本当に走ってついてくるようだ。
知り合ったばかりの男性と同乗するのは緊張するので、正直ありがたい提案ではある。
だが、不測の事態にスタミナが無くて足手まといになるのは困るのだが。
しかし、どうやら無用の心配だったようだ。
最初こそ近くを粛々と並走していた富毛受さんだが、慣れてきたのか、次第にフラフラと馬車から離れて走るようになった。
どうやら草むらで薬草を摘んだり、木の実や果実を採取しているようだ。
さらには御者台に近づいて御者に話しかける始末。
スタミナにはかなり自信があるのだろう。
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「すっぱ!なにこれすっぱ!」
「びっくりするよね。木苺みたいな見た目に騙された。ぜひこれは共有せねばと思って」
「嫌な予感したんすよね~。ニヤニヤしながら来てたもん、富毛受さん」
「なっはっは~」
いつもなら優香と友がしゃべるのを私が相槌を打ちながら聞いているのだが、今回の旅では休憩中はほとんど優香はしゃべっていない。
そのため、休憩中の会話はほとんど富毛受さんと友の2人のものだ。
私や優香は時々話を振られて、うん、とか、さぁ、とか言うだけで、ほとんど会話に入っていない。
事情が事情なので優香は仕方ないと思うが、友と富毛受さんはかなり打ち解けたようだ。
その社交性は見習わねば、とも思うのだが、元々口下手な性格なうえ、年上の男性ともなるとなかなか話づらい。
「スープ出来ました。器ください」
「あ、どうもです」
結局、事務的な会話しかできないまま、昼の休憩を終え、街に向かって出発する。
リズ様とその侍女、女性メンバーだけの空間になり、ほっと一息。
休憩中より移動中の方がリラックスできるというのもおかしな話だが……
「………
友ちゃんはあの人じゃないって思う?」
「え?う~ん………
どうだろう、さすがにまだわかんないけど」
「でも、すごく仲良さそうだし…」
「あ~、まぁ疑うにしろ仲良くなるにしろ、見てるだけより話した方が分かりそうじゃない?
実際、確かな証拠や根拠があるわけじゃないんだし、観察してるだけじゃわかんないよ」
「………」
優香が友に話しかける。
優香は、富毛受さんが、優香の兄である広樹さんの死に何らかの関係があるのではないか、と疑っており、その証拠をつかむために富毛受さんにパーティ加入を頼んだ。
広樹さんが死ぬ直前に富毛受さんと知り合った、というのがその疑う理由らしいのだが、正直私や友はこの話に関しては懐疑的だ。
確かにこちらの世界で日本人に会う機会はそう多いとは言えないが、それだけで疑うのは無理矢理すぎる。
しかし、じゃあ何故広樹さんが死んだのか、と問われると私たちには何も答えられないのも事実だ。
結局、何かわずかでも手掛かりがあるかも、ということで私と友も富毛受さんの同行については同意した。
また、無関係と分かった時点で、富毛受さんに事情を説明し、謝罪しようということになっている。
今はまだ優香も、広樹さんの死から立ち直れていないのだろう。
心の整理が付くまで、優香に付き合ってあげよう。少し前の優しい優香に戻れるまで。
「オーガです!数は1体、特殊個体のようです!」
突然、馬車が止まり、並走していた騎兵の一人の大声が聞こえる。
どうやらモンスターのようだ。
パーティ全員外に飛び出し、アイテムボックスから武器を取り出す。
「ガァアアアアア!!!!」
想定よりはるかに近くでオーガの大声が聞こえる!
見ると、馬車から15mほどの距離で、身長5mを超える黒い巨体が、手に持った黒いこん棒のようなものを振り回しながら暴れているのが見える。
「ちかっ!!しかもでかっ!」
「オーガの特殊個体で間違いないみたい。ランクは5判定。アンデット化してるから気を付けて!!」
鑑定スキル持ちの優香が、得られた情報を共有する。
通常のオーガであれば、3mほどの身長と赤い皮膚が特徴だが、これはそれより明らかに大きい。
しかも、ランク5ともなれば人里離れた山奥やダンジョンの中層以降で出会うランクだ。
なぜこんな人通りの多い場所で……
「皆さんは念のため、馬車から離れて後方に避難をお願いします!」
騎兵や御者にはリズ様の守りに徹してもらうため、後方への避難を呼びかける。
すでにリズ様は馬車から出ており、護衛を伴って後方に下がり始めている。
逆に私は、前衛としての役割を果たすため、武器の薙刀を構えながら前方へ飛び出す。
「気を付けて!まともに受けちゃだめだよ!」
「わかってる」
まともに受けてしまえば、体重の軽い人間では軽々と吹き飛ばされてしまう。
上手く躱しながら、足や手首などを少しずつ削り、部位破壊を狙うのが良いだろう。
一撃でももらえば命とり、という緊張感を感じながら、黒い巨体と相対する。
すると、
ブォン!!
キン!
「ばーか、あーほ、まぬけー」
「ガァアアアアア!!!!」
戦闘音やオーガの大声とともに、富毛受さんの声が聞こえる。
どうやら彼は、発見と同時にオーガとの戦闘行為に入ったようで、2mはあろうかという大きな剣で上手くオーガの攻撃をいなしながら注意を引きつけてくれている。
しかし、
「たーこ、はーげ、くーず」
「ギュァアアア!!!グァアアア!!!」
なんだろう、この小学生みたいな低レベルな悪口は。
もしかして挑発スキル?
だが挑発スキルは、盾や武器を使って音を出したり、足を踏み鳴らしたり、大声をあげたりするだけで注意を引きつけられるスキルで、悪口は必要ないと思うが……
「なんか臭い、お風呂入った方がいいよ」
「ウガァァアアア!!ガァッ、ガーーーーー!!」
しかし、挑発スキルはその効果をしっかり発揮しているようだ。
よだれをまき散らしながら叫び声をあげ、電柱かと見紛うようなこん棒を振り回しながら富毛受さんを追い回している。
もしかして、私が知らないだけで、挑発スキルは悪口を言うと効果が高かったりするのだろうか………?
「よく見ると、すごく不細工だね。恥ずかしくない?」
「ガァーーーーーーーーー!!!」
しかし、これはチャンスだ。
オーガは富毛受さん以外見えていないかのように、彼を追い回すのに夢中になっている。
今なら攻撃に集中できる。
後衛の二人もオーガの様子に気付いたのか、炎や土の塊がオーガに向かって飛来し、顔や首を痛めつけている。
私も負けじとオーガの後方に回り、足首を中心に切り付けていく。
「なんていうかね、単純に気色悪い。口の周りべちゃべちゃだよ、来ないで」
「グ、グ、グ、グァアアアアア!!!」
「………」
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いまいち緊迫感の無い戦闘は、その後15分ほど続いた。
結局、富毛受さんはオーガの攻撃を一人で受け切り、最後まで盾役を全うして見せた。
「いやー、引きつけ役って今までやったことないから、少し緊張したよ。挑発スキルも初めてだったけど、上手く使えてよかった」
「………
富毛受さん、挑発スキルは悪口言う必要はありません。大きな音や大声で注意を引きつけることができるスキルです」
「え?そうなの?」
「そもそも、モンスターには言葉が通じませんし」
「おー、確かに」
そんなアホな会話をしながらも、富毛受さんは慣れた手つきでオーガの解体を進める。
どうやらアンデット化の影響なのか、オーガが死ぬと同時に皮や肉はぐずぐずになってしまい、素材として使い物にはならなかった。
しかし、体内に比較的大きな魔石があったらしく、ナイフで胸のあたりを切り開いている。
それにしても今回の襲撃は、不自然な点が多い。
発見時の話を聞いてみると、それまでモンスターの気配のなかった街道沿いの林の中から、突如オーガが湧きだしたように出てきたそうだ。
探知スキルを持つ富毛受さんや騎兵たちは、間違いなく直前まで何もいなかった、と口をそろえている。
最悪の偶然が重なり、運悪く特殊個体のオーガが街道沿いにちょうど良いタイミングで発生した可能性も、ごくわずかにあるのかもしれないが………
「魔道具か、スキルか……
何者かの手引きがあった、と考える方が自然よね。
そもそも、あのサイズの鉄製のこん棒、誰かが用意したとしか考えられないわ」
リズ様が護衛と相談している声が聞こえてくる。
確かに、通常モンスターが使用する武器は、木や石を削った程度のものがせいぜいだ。
あるいは、冒険者が落とした装備をそのまま使う場合もあるだろう。
しかし、人間に使えないほど大きなサイズの鉄製のこん棒がそこらに落ちている、なんてことがあるとは思えないし、まして、鉄を加工する技術をオーガ持っているとも思えない。
我々を害そうと目論む何者の手引き、と考える方が自然だ。
「燃やして埋めますね」
どうやら無事魔石も回収できたらしく、いつの間にか地面に開けた大きな穴にオーガの死体を運び込んでいる。
そのまま魔法でオーガを燃やし、土魔法で手際よく埋めてしまう。
近接戦闘の動きも危なげないものだったが、魔法についてもかなり使いこなしているように見える。
私たちのパーティメンバーと比べても、転移時に頂いたスキルでは負けないが、一から習得したスキルで比べると彼の方が習熟しているように思う。
なにより、単純な筋力や動きの機敏さでは私たちでは敵わないようだ。
かと思えば、割とメジャーな挑発スキルについては把握していない様子だった。
富毛受さんは異世界に来て日が浅いと聞いているが、いったいどうやって…
よほどすごいスキルや武器をもらったのか、あるいは何か秘密があるのか………
まさか、優香の懸念は全くの見当違いではないのだろうか………
「ともあれ、今考えてもわかることはないわ。
馬車も無事だし、予定通り旅を続けましょう。
先ほどのような襲撃には十分注意してください」
オーガ襲撃の後処理を終え、そのまま次の街に向けて出発する。
目的地到着までに再度の襲撃があるのではないかと警戒したが、結局その後は何事もなく、無事、王都までたどり着くことができた。




