17.新メンバーとの交流 ~ぷぷぷ、背伸びしちゃって
ダンジョンコア。
それは、神様からの贈り物。
迷宮化し、モンスターを生み、罠を張り、宝箱を設置する、ダンジョンという巨大なシステムを動かす膨大なエネルギー源。
コアのある部屋はダンジョンの最奥にあり、その中は、はるか昔から研究されているにも関わらず、未だ完全な仕組みの解明には至っていない。
巨大にして緻密な魔法陣と、解析不可能な鉱石で構成された、この世界の神秘。
ちなみに、ダンジョンコア、という名称は、巨大な魔石そのものを指す場合もあれば、仕組みを含めた最奥の部屋全体を指す場合もある。
そんな、ダンジョンの心臓とも言えるダンジョンコアだが、無防備に出入り自由というわけにはいかない。
最奥の一歩手前では、そのダンジョンの守護者と言われる強力なモンスターが、冒険者の行く手を阻んでいる。
つまり、ダンジョンを踏破する、ということは、守護者を討伐する、ということを意味する。
当然のことながら、生半可な実力では、ダンジョンの踏破はかなわない。
守護者が他のモンスターと桁違いに強力とされるのは、守護者だけが持つ2つの特徴に由来する。
一つは、ダンジョンからの支援。
守護者は、ダンジョンコアを操作できる、と言われている。
そのため、守護者との戦闘中は、常に、他のモンスターや罠の脅威に晒される。
また、巨大なコアからの魔力の供給も受けられるため、魔法も使い放題だったりする。
つまり、人間とは桁違いの持久力を持っていることになる。
攻略する際には、短期決戦で決着をつけるだけの、高い攻撃力が求められる。
もう一つは、守護者は非常に高い知能を有していることだ。
他のモンスターどころか、人間と比較しても劣らないほどの知能を持ち、また、相手に合わせて戦い方を変える柔軟性も持っている。
守護者は、冒険者がダンジョンを探索しているときからその様子を観察しており、戦闘の際には、その冒険者が苦手とするモンスターや罠を積極的に使って撃退する。
中には、人語を操る守護者もおり、言葉で油断を誘ったり、負傷したパーティメンバーを人質にとったりと、攻略の際には、一般的なモンスターとの戦いとは違った警戒が求められる。
というわけで、今回のダンジョンの踏破では、さすがに、とんでもない苦労を強いられた。
ダンジョン自体の探索も、もちろん大変だ。
階層が進む度に難易度の上がるモンスターや罠に、冷や汗を流したこともあった。
しかし、守護者戦は、正直、嫌らしさの桁が違った。
単独攻略という弱点を見事に突かれ、数の暴力で押し込まれた。
守護者の部屋に入ると同時に、数十体のモンスターに囲まれ、倒しても倒しても次々に新しいモンスターが発生する。
初めて挑んだ時には、その圧倒的な物量に太刀打ちできず、1日ほど戦い続けた挙句、撤退を余儀なくされた。
それまで順調に攻略が進み、調子に乗りまくっていたところでの撤退だったため、悔しすぎて数時間ほど身悶えたほどだ。
そして、その日から、自分のスキル構成を見直し、鍛えなおす修行の日々が始まった。
まずは、数に対抗するため、手数を増やすスキルを重点的に取得・強化。
空いている手や足を使って攻撃できる体術スキル、攻撃の射程を広げるための投擲スキル、複数の石つぶてを同時に射出できるよう土魔法をガンガンに鍛えた。
その過程で、並行作業というスキルも発生したため、それも訓練。
爆音でモンスターを集める罠なども積極的に使い、とにかく複数のモンスターと戦う訓練を積みまくった。
さらに、敵のダメージを軽減させるため、ステータスのVITも重点的に鍛えた。
毒(反転)と疲労(反転)のおかげでHPとSPは余裕があるが、MPについては回復手段が乏しい。
実際、守護者戦で撤退した大きな理由は、MP切れだった。
出来ればMPは複数攻撃の出来る土魔法に使いたいため、回復魔法は使いたくない。
というわけで、毒(反転)の効果だけでHPを維持できるよう、防御力も鍛えなおした。
ちなみにVITは、敵の攻撃を受けるだけでなく、持久走をしても鍛えられるため、ダンジョンの中でも移動は常に駆け足で行うようになった。
そんな感じで、ダンジョン探索を始めて2週間あまり、ひたすら自己強化に努めた。
今振り返ってみると、よくあんな生活できたな、と思うが、もしかしたら、混乱(反転)や発狂(反転)が良い仕事をしてくれたのかもしれない。
普通だったら、頭おかしくなりそうだ。
しかし、そんな生活の甲斐もあって、本日未明、無事、守護者の討伐、ダンジョンの踏破を達成した。
十分鍛えて臨んだはずの討伐だったが、高火力による短期決戦を狙っていたにもかかわらず、結局、半日近くの長期戦ののち、なんとか勝てた、といった感じだった。
「……」
「……」
「……」
「……」
というような話を、みんなに長々と説明したら、みんな、若干気持ち悪いものを見るような目で見てきた。
なんだろう、ちょっと話し方のテンションが高すぎたかな。
ようやく踏破できたことがうれしくて、ちょっと早口だったかもしれない。
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パーティに新しいメンバーが仮参加が決定した次の日。
あたしこと柏木 友(かしわぎ とも)と坂上 明日香(さかがみ あすか)ちゃん、そして新しくパーティを組むことになった富毛受 魂(ふもうけ そうる)さんは、3人で街をぶらついていた。
ちなみに、勝俣 優香(かつまた ゆうか)ちゃんは、用事があるということで、今日は別行動。
リズ様|(お姫様)は、予備の魔石が手に入ったため、予定通りシティコアの調整作業。
魔石の交換だけなので、むしろ予定より早く終わるらしく、明日には王都に向かって出発ってことになった。
そこで、特に用事もなかったあたしたち3人は、明日の出発に備え、足りない物資や魔道具などの買い物を担当することに。
いや、元々は、あたしと明日香ちゃんだけで買い物する予定だったんだけどね。
富毛受さんがこの街には詳しいから、ということで案内を申し出てくれた。
富毛受さんの実年齢は30過ぎということだから、あたしたちとは一回りほど年齢が違うことになる。
案内してもらえるのはありがたい、という気持ちもあるが、正直、初対面の年上の人と買い物に行く、ということで、若干の緊張というか、居心地の悪さがある。
まぁ、これからパーティを組まなければいけないのだから、そうも言ってらんないよね。
ここは素直に、積極的に交流を持とうとしてくれている富毛受さんの気遣いに感謝しよう。
実際、富毛受さんは、年上としての責任感からなのか、あたしたちに対してかなり気を遣ってくれている。
選ぶ話題や案内してくれるお店はもちろんだが、表情や声の大きさ、相手との距離、目線など、あたしたちに圧迫感を与えないよう、慣れないながらも、とても細やかな気配りを見せている。
媚び過ぎないギリギリの、精一杯の好意を示してくれている。
見た目は中学生くらいに見えるため、背伸びしているような、無理して大人ぶっているような、見ていてとても微笑ましい。
そのおかげか、喫茶店で3時のおやつを食べるころには、仲の良さはともかく、あたしたちの警戒心はだいぶ薄れてきたように思う。
「……
それにしても、本当なのかな、昨日の話……」
「ん?
ん~、どうだろねぇ……
あのサイズの魔石を持ってた以上、嘘じゃないと思うんだけどなぁ」
富毛受さんはお手洗いに行っており、今ここにはあたしたち2人しかいない。
2人になって気が緩んだのか、昨日から幾度となくあたしたちの間で繰り返された問いが、明日香ちゃんの口をついて出る。
「でも、一人でダンジョンなんて……」
単独でのダンジョン踏破。
熱のこもった話し方や、話の細かいところに感じるリアル感、バスケットボールくらいの大きさの魔石、とても嘘をついているようには思えなかった。
しかし、その内容は、あまりにも非現実的過ぎる。
話に登場するモンスターは、どれも麻痺や毒、睡眠などの状態異常攻撃を行うものばかり。
また、全5階層となると、最下層の難易度は低いとは言えない。
普通なら、専門のパーティが複数、協力しながら攻略するようなダンジョンだろう。
そもそも、ダンジョンの探索を一人で行う、というのが、正気の沙汰ではない。
過去、私たちが初めてダンジョンを踏破した時は、腕利きの冒険者パーティと合同で踏破した。
それも、出来立てほやほやの初心者向けダンジョンを、リズ様に特別に融通してもらったおかげだった。
5年経ち、実力の付いてきた今となっても、単独踏破どころか、単独パーティですら踏破したことはない。
それを、まだこちらに転移して二ヶ月そこそこの人間が一人で達成したなんて、簡単に受け入れられるものではない。
でも、
「でもまぁ……
悪い人じゃなさそうだよ、富毛受さん」
もちろん、彼が凄腕の詐欺師で、何か悪意があってあたしたちに近づこうとしている可能性も、あるのかもしれない。
でも、そんなことを心配していたら、この先誰のことも信頼なんて出来ないだろう。
少なくともあたしは、一生懸命に話題を探す様子や、警戒させないよう笑顔を絶やさない優しさは、信じたいと思ってる。
「……
そうだな」
「嘘だったとしても、何か事情があるのかもしれないしね。
……
それにさ、あたしたちだって、嘘付いてるようなもんじゃん。お互い様だよ」
「……」
あたしたちの話が終わる頃、ちょうどお手洗いから富毛受さんが出て来るのが見えた。
聞こえてたとは思えないので、流石に偶然だろう。
そのままお会計を済ませて、喫茶店を出る。
臨時収入があるからと、富毛受さんがおごってくれることになった。
いつもなら男の人からのおごりなんて絶対断るのだが、下心のカケラも無さそうな笑顔に、まぁいいか、なんて思ってしまい、素直にごちそうになることにした。
今日一日で、あたしもだいぶ富毛受さんに慣れてきたみたいだ。
これなら、王都までの道中は、居心地の悪い思いをしなくて済むかな。




