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佐藤さん家

作者: 泉乃 

 「はぁ」

 買い物を終えて、自分の家に戻るたびにため息をつく。やはり好きにはなれない、表札の名前。

 【佐藤】

 佐藤はこの世で一番多い苗字と言われている。だから―というわけではない。私はただ、この佐藤という苗字を未だ愛せないだけなのだ。そして、目の前の一軒家も、愛せない。何より愛せないのは、家族。佐藤家という家族を、未だに愛することができない。そう、結婚して三ヶ月がたった今も、私は妻というものになったことに、何の価値も見出せていなかった。


 「結婚は義務である」

 どこの誰が言い出したか、今ではもうはっきり分からない。ただ、世の中はその言葉通りになりつつあった。近年、増える未婚者数、それに伴う少子化。就職をせず、ただひたすら寝て食べるだけの引きこもり、ニートたちの増殖。時代と共に文明が発展すればするほど、反比例するように人間の方は堕落の一途を辿っていた。この世の中を何とかしなくてはいけない。国は考えた。どうすれば社会の問題を、一掃できるか。そこで飛び出た言葉が先ほどの「結婚は義務である」というもの。

 意志の自由だから、結婚をしない人がいる。だったら、義務にしてしまえばいい。実に簡単な話だった。義務でも結婚をすれば、子供もできて、少子化を止められる。そして結婚をし、家庭という環境の中で、夫であったり妻であったり、また親であったりの役割を与えることで責任感が芽生える。引きこもりやニートには結婚を通し、その責任感を感じさせることで労働の必要性を訴えることができる。これで全て丸く収まると、国はすぐ動き出した。ただ―早々簡単に国民の義務を増やすことは簡単ではない。「差別だ」「そんなのもの本人の自由だろ」という反対の声や、他にも義務化にするにはまだ問題があって、正式な決定ではない。けれど、その代わりに世の中に結婚を煽る作戦を講じてきた。

一、既婚者は、公共の施設及び交通機関を規定の料金の半額で使用できる。

二、血縁関係・もしくはそれと同等の関係のある子が全員既婚者である場合、その親が受給できる年金を倍とする。(親が年金を受給できる年齢に達する6ヶ月前に、子の婚姻が確認されている場合による)

三、夫婦には一人につき、年二回、結婚手当てが支給される。子がいる場合は、年に四回、手当てが支給される。

なんと、結婚をすればいろんな特典が付きますよというアピールをしてきたのだ。他にもまだ既婚者には優しいサービスがある。疑問だけれど、こんな見え透いた罠にはまる人がいるのか。否、いるのだ。さらにいえば今、時代は過去を繰り返しつつあるのだ。つい数年前までは、女性の社会進出や独身主義者の増加、そもそも恋愛に興味がないという若者まで現れていた。結婚などむしろ邪魔なものという考えが、世の中に浸透していた時代だった。けれど、ここ最近の世論は違ってきた。女性はやはり三歩下がってという奥ゆかしい考えに戻りつつあり、結婚こそ人生最大の幸せという認識が改めて強くなった。芸能人や有名なスポーツ選手の相次ぐ結婚ラッシュも宣伝効果となって、「やっぱり結婚っていいよね」と口にする人が増えた。私の学生時代の友人たちも、ほとんど二十歳そこそこで結婚している。

 だけどまだだ。さっきも言ったとおり、反対している人もまだいる。一人を貫いて何が悪い。結婚のどこがいいんだ。そうやって意志を曲げずに生きている。つい最近まで、私もそういう人たちと一緒だった。いや、心は今でも常に一人だ。

 「あんたも早く結婚しなさいよ。中学の同級生で結婚していないの、あんただけじゃないの?」

 仕事の休みの日、家で漫画を読みふけっている娘に辛辣な言葉を投げる母。私は「そうだねぇ」といつものようにのらりくらりとかわす。これで大抵呆れて話を止めるのだが、その日の母は違った。

 「いつまでもそんな一人でだらだら・・・もう結婚して、家庭を持ちなさい」

 「どうしたの?そんな焦らなくてもいいじゃん。私まだ二十四だし」

 「彼氏もいない二十四歳が焦らなくてどうするの?昔はそれでも良かったかもしれないけど、今の時代は結婚をしていない人間には優しくないのよ。もうお母さん嫌よ。近所の誰それの子供が結婚して、お宅のお嬢さんは?って聞かれるの」

 しつこいなぁ。気分が悪くなって、居間から出ようとすると、私の前にもう一人の敵が立ちふさがった。

 「お前、あんま母ちゃんに心配かけんなよ」

 ただいま実家に帰省中の三つ上の兄である。国家公務員試験を一発で合格し、政府機関に働いている憎たらしいほど優秀な兄。当然既婚者で、奥さんは議員の娘さん。ただいま第一子を妊娠中である。

 「うるさいなぁ。お兄ちゃん関係ないでしょう」

 「あのな、今はまだ結婚は義務になってない。けど、国は数年でこの件を決めるそうだ。義務になってから結婚じゃあ、遅いぞ。今のうちに手ごろのいい奴つかまえておかないと、後々苦労するぜ」

 「そうよ。誰かいい人、お兄ちゃんに紹介してもらいなさい」

 冗談じゃない。私は昔から一人が好きなのだ。本や漫画を読むのも、映画を見るのも、カラオケをするのも、ご飯を食べるのも、全部一人がいい。学生時代は、周りの目が気になるからお昼や移動教室が一人にならないように、簡単な友人はいた。でも結局そんな程度の関係なので、卒業してしまえば自然消滅する。大学に行こうとは思わなかった。何かを勉強したいわけではなかったし、何より【学校】というものにこれ以上縛られたくなかった。

就職してからは、学生のような煩わしさはないので堂々と一人でいられる。仕事の話以外、無理に合わせる必要がないということは最高だ。決してコミュニケーションがとれていないわけではない。仕事の一環として、ちゃんと挨拶もするし、世間話もそこそこする。苛めるわけでも、苛められているわけでもない。それなのに、どうして分かってくれないんだろう?一人でいることが、そんなに悪いことなんだろうか?結婚をせずに、一人でいてもしっかり生きているのに。

 「分かった、分かった。なんとかするから」

 反論したい気持ちをこらえて、その場は嘘を言って切り抜けた。そのうち、言って無駄だと周りも諦めるだろうと鷹をくくっていた。

けれど、現実は私を諦めず、すぐに追いついてきた。家族に適当な嘘をついてから一ヵ月後、職場で私以外の全員が結婚するという緊急事態に陥っていた。彼氏なんていないと否定していた二コ上の井上さんに、結婚なんてもう考えていないと思っていた四十七歳をむかえるベテラン中野さんはそろって年内に式を挙げるらしい。一番驚いたのは、仕事以外引きこもりでオタクでマザコンの深山君まで来年結婚予定だという事実だ。勝手に仲間だと思っていただけに、裏切りに近いショックを受けていた。

「小島さんは結婚まだしないの?」

独身は、もう私しかいない。先輩に聞かれ、思わず正直に「いや、あんまりする気なくて・・・」と答えると、「えぇっ?大丈夫?」と物凄く怪訝な表情で心配された。

(いや、大丈夫だよ!むしろなんでそんな「頭おかしいの?」みたいな感じに言われなくてはいけないんだ!馬鹿にしてるのかっ)

怒りや、不安や、動揺が募って、周りに怒鳴り散らしたくなる。そしてそんな苛々は日を追うごとに増していく。もともと職場と家の往復生活が基本の私に、安息の地がなくなっていった。職場では「早く結婚したほうがいいよ」「いい人紹介するよ」と同情され、心配される。家では「早くしなさいよ」「情けない」とせっつかれ、嘆かれる。誰も私の考えに同意も共感もしてくれない。もはや四面楚歌状態だった。大好きな漫画を読んでも、楽しいファンタジー映画を見ても、心は全く癒されなくなった。このままでは精神が崩壊して、犯罪者にでもなりそうな気さえしてきた。

「きつい・・・」

仕事の休憩中、スタッフルームでご飯をとれなくなって、車の中でお弁当を食べるようになった。一人になって、ようやく本音を声に出せる。きつい。本当に、きつい。少しでも心を穏やかにしようと、イヤホンを耳にねじ込んで好きな音楽たちをランダムで聞く。目を瞑って、遠い旅に出る。この時間が永遠に続けばいいのに。そんなことを願いながら、結局時間が気になって目を開けてしまう。仕事再開まで、十五分。駐車場から仕事場まで歩かなくてはならないので、そろそろ車から出ないとぎりぎりになる。ふぅ、と息を吐いて車を降りた。その時、もう一つ車のドアを閉める音がした。

「あ」

深山君だった。思わず目が合ってしまう。向こうも、私に気が付いている。結婚が決まっているとはいえ、相変わらず職場の人たちとは距離を置いている彼も車内でお弁当を食べていたようだ。

「おつかれ」

「・・・ども」

進む方向が同じなので、自然と並んで歩くことになった。

何気に同い年だけれど、まともな会話をしたことがない。同じオタクでもあるけれど、種類が違うから話が噛み合わない。それでも、他の職場の人たちほど気を張ることはないし、一緒な空間に無言でいても苦にならない。やはり彼とは同類なのかもしれない。だからこそ、なぜ結婚なんて私たちのような人間には縁の遠いものに手を出したのか疑問だ。

「なんでさ、結婚したの?」

正直に尋ねてみた。失礼な質問だが、深山君なら気にしないだろう。

「まだしてないっすよ」

「でもするでしょ」

「まぁ」

口数は少ないが、気を悪くしている様子もなく平然と答える。

「深山君が結婚なんて、なんかびっくりだわ。しないと思ってた。てか、興味ない感じに見えてた」

深山君は、仕事はできる方だ。頭もいいから、物覚えも速い。私の方が先に就職したから先輩で、敬語を使ってくるけれど、時々馬鹿にしたような言い方をする時もある。休憩時間は、ずっと車内で携帯をいじっている。何か、声優アイドルの動画を見ているらしい。マイペースで人と関わりを持つことを面倒くさがっているけれど、職場の人たちには嫌われていない。むしろ、そういう子なんだと受け入れられて、好かれている。そんな、ちょっと不思議な男子だ。

「興味ないっすよ」

あっさり、言い切った。「あるわけないじゃないですか」

「じゃあなんで結婚を決めたの?」

「しないと、いけないからっすよ」

変わらない口調で続ける。まるで、他人事みたいに。

「やっぱしないと駄目かな・・・」

肩を落としてため息を吐く。深山君が、ちらりと横目を向ける。

「知らないっすよ」

「何その言い方。まぁ、自分はもう相手もいるから、私の悩みなんて関係ないよね」

「そうっすね」

「ほんとむかつくな」

どこまでいっても掴みどころがない。奥さんになる人は、苦労しそうだと一人苦笑いする。気がつけば、もう正面玄関まで来ていた。

「小島さん」

携帯をしまい、ようやく顔を上げる。黒縁眼鏡の奥の目が、私を真っ直ぐ捉えている。

「結局多数決なんですよ。多いほうが勝ち。世の中全部そういうことなんすよ」

変わらず、他人事みたいに、ちょっと上から目線で言う。でも言葉の語尾は、投げやりで少し怒っているようにも聞こえた。

きっと、どこかで折れなくてはいけない。

深山君の言葉を、そう解釈する。どのみち、私に周りの敵たちと戦う気力はもうない。悔しいが、彼の一言で仕方なくではあるものの、結婚をすることを決意した。

「私、結婚する」

その一言を、一番喜んだのは家族だった。当然といえば当然か。全員、エンジンがかかったように意気揚々と結婚の準備に取り掛かった。当事者である自分が動く必要がどこにもないくらいに。実際、今や結婚を望む人には優しい社会では、相手を見つけるのは容易くて、式を挙げたり手続きをしたりするのにも手厚いサポートがあって、なんの困難もなく、あれよあれよという間に私は佐藤家の主婦になれた。けれど―

「発狂しそう・・・」

結婚してようやく三ヶ月が経った。毎日毎日、洗濯と掃除と料理の繰り返し。「結婚するんなら家庭に身を置いてほしい」という自分と相手の家族の希望で、職場を辞めた。別に家の仕事は苦ではない。凝り性で、地味で淡々とした作業が好きな性格なので、掃除とかはけっこうマメにやっている、と思う。けれど、その一方で張り合いがないことも事実で、何より他人と同じ屋根の下という状況がつらい。仕事で家を出ている間はまだ気が楽だけれど、夕方六時には帰ってくるかと思うとため息しか出てこない。もっと遊んでくるなりすればいいのに、相手の人は真面目な性格なのか、いつもちゃんと夕食時間に合わせて帰ってくる。夫婦になった以上、食事は一緒にしなくてはいけないと思い、二人向かい合ってご飯を食べるものの会話らしい会話はない。結婚してから、お米を租借して飲み込む作業がこれほど苦しいと思ったことはない。たぶん、相手の人も同じ気持ちなんだと思う。私の様子を、ちらちら窺ってはいるけれど、結局何も言わない。正直、これで夫婦という形を成しているのかとても不思議だ。

夫が仕事に行って、朝食を片付ける。洗濯機を回し、リビングのソファに座り込む。テレビをつけ、適当にチャンネルを押して呆然と眺める日々。

半年も経っていない結婚生活に、私は早々にリタイアしかけていた。三ヶ月前がもう何十年前のように感じる。こんな生活を送るくらいなら、周りから批判を浴びても独身を貫いて好きなことをしている方がまだ楽だ。大体、世の中間違っている。結婚が幸せの象徴で、誰もがそれを求めていると。幸せの形はいろいろあって、求めるものは人それぞれだ。何が正しくて、何が間違っているのか。そんなこと、誰にも分からないし、決められない。もちろん、他人に強要することもできない。

 背伸びをしながら立ち上がる。ふっと、窓の外の景色が視界に入る。青空に、雲がゆっくり流れている。小学生の時、こういう空を一人眺めて空想する時間が、一番幸せだった。

私はこのまま一生、自分の気持ちを押し殺して、好きでもない相手に気を遣って、神経をすり減らしながら、死ぬまで結婚生活を続けなくてはいけないんだろうか。これが、私の人生って、言えるんだろうか。結婚って、一体何が楽しいんだろう。

 「私、やっぱり―」

 意を決して、外を飛び出た。


「五月さん、私に離婚する方法を教えてください!」

 「寝言なら寝て言え」

 きっぱり宣言する私に、五月さんは間髪入れずに言い放った。

後藤 五月。二十八歳。結婚して四年目の私の先輩。さらに、歩いて二分のご近所さんでもある。長くて、少し赤みがかった髪は艶やかな色気をまとって肩で広がっている。派手な顔つきでもないし、化粧はほとんどしてない。それでもぱっと見て綺麗だなと思える容姿や雰囲気は初対面の頃と変わらない。童顔の私が、余計幼く見えてしまう。しかし逆にそれが彼女と仲良くなれた理由の一つかもしれない。何をしてもたどたどしく、見ていると何かとそわそわさせてしまう私の危なっかしさが、彼女の世話好きの魂を刺激したらしい。あれは、まだ引っ越してきたばかりの頃だ。スーパーに、豆腐を買いに行ったときだ。木綿豆腐が安売りしていたので、取りたかったのに、陳列棚の前でおばさん三人が陣取ってお喋りをしていた。「どいてください」とは言えず、しばらく他の物を見て戻ってきたが、おばさん集団はまだお喋りしていた。しかもいっこうに帰る様子がない。諦めて帰ろうとしたその時、五月さんがさっと現れて「ちょっとすみません。私も豆腐が欲しいんです」と丁寧ながらも勝気な口調で追い払ってくれた。私に豆腐を一丁手渡し、「どうぞ」と微笑んでくれた。女性なのに、惚れそうになるくらい格好良かった。お互い家が近いと知り、それ以来急速に仲良くなった。他人と打ち解けあうのに、だいぶ時間がかかる私でも、五月さんが助けてくれたり気にかけてくれたり、いろいろと関わりを持とうとしてくれているおかげですんなり甘えることができるようになった。だから、何か困ったことがある時は必ず彼女に一番に助けを求める。すると快く話を聞いて、アドバイスをくれたり助けてくれたりする。

とりあえず、今回は離婚というものについて話を聞きたく、彼女のもとにやって来た。けれど、今日に限っては違った。五月さんは「馬鹿か」といつになく厳しい顔をする。ちなみに口が悪いのはもともとだ。

「離婚するって、急に何なのよ?頭おかしいのか?」

 「よく考えました!私、やっぱり結婚に向いていないんです!でもどうやったら離婚できるか分からないので教えを乞いに来ました!」

 「実に理路整然と理由を聞かせてくれたね。内容はクズ以外の何ものでもないけど」

「私はとっくに別れる決意はできているんです」

「決意って・・・まだそんな日も経ってないでしょうが」

「三ヶ月といえど、私にとってはもう十年くらい結婚生活が経っている感覚なんですよ」

 納得のいかない五月さんは、テーブルに片肘をついてむすっとした顔を見せる。

 「一億歩譲って、離婚するだけの理由があるなら分からなくもないけどねぇ。夫婦生活に不満でもあるの?旦那に問題があるとか・・・まさか、旦那がギャンブル好きで、競馬とかパチンコにはまっているとか?」

 「んー・・・そんなことはない、です。賭け事とか、そういうのは苦手みたいなことを初めの頃に言っていたような気がします。というか、それは吉田さん家の旦那さんじゃないですか」

 「じゃあ、旦那の稼ぎが悪くて、誕生日も祝ってもらえないとか」

 「稼ぎは普通、だと思います。特に不自由していないし。というか、それは井上さん家」

 「じゃあ浮気だ。裏でこそこそ浮気だ」

 「それは・・・。んー、確証はないですけど、たぶんやってないです。いつも同じ時間に帰ってくるし、休みの日はほとんど家にいるか、最近だと私と外食するくらいですし。そして浮気の話は伊藤さん家の方ですよ」

 「じゃあ、いいじゃん。ていうか、理想の旦那さんじゃないか。なんでそんな離婚したいわけ?」

 幼い子供のような純粋な目を向けられる。改めて聞かれると、確かに相手の人に問題は見当たらない。自分でも五月さんの質問に対して嘘はついていないし、知る限りの相手の人のことを考えながら話していると悪い気はしない。

結婚当初は、ほぼ初対面ということもあってか、私も相手の人も素っ気ない態度ではあった。テレビを見るのにも、許可がいるような気がして「つけてもいいですか?」と聞くと、「あ、はい」で終わってしまっていた。最近は「はい」の後に、「今日は何か面白いものやっていますか」と、敬語は相変わらずだが言葉数が増えた。それに、休みの日は外食に誘ってくれるようになり、掃除や料理の後片付けを手伝おうとしてくれたりするようになった。男の人は見栄を張りたがる生き物だと聞いたことがあるから、近所や会社に自慢したいだけかもしれないとやや捻じ曲がった見方をしてしまい、素直に好意を受け止められていないところもあるけれど。

それでも、よくよく考えれば特に悪いところはなく、五月さんの言うとおり一般的な見解としては離婚する意味がないだろう。こんなことなら、いっそ旦那がドメスティックバイオレンスで・・・とか、性格がもっと悪かったら離婚しやすいのにと、思わずにはいられない。いや、実際は本当にそうだったら嫌だけど。

 「まぁ、確かにですよ。相手の人は特に悪くないと思います。可もなく不可もなくって感じ。けれどですよ!前にも言いましたけど、私は基本的に一人が好きなんです。結婚するまで誰とも付き合ったことはないし、恋人が欲しいと思ったことないです。そんな人間が、いきなりほとんど何も知らない赤の他人の男と暮らすなんて、普通じゃないですよ。もう発狂しそうですよ!」

 「んー・・・まぁ、あんたは義務婚だもんね」

 必死な訴えに、若干引き気味な五月さんがなだめるような口調で言う。

 【義務婚】とは。過程はどうあれ子供が先にできたから責任をとるのは、できちゃった婚。お互いが好きになって一生の愛を誓い合うのは、恋愛婚。親や誰かのお勧めでパートナーを見つけるのは、お見合い婚。今現代ではそんなにないだろうだけど、利益を得るための政略結婚も。

【結婚】するにも、様々な目的や理由や手段がある。私のように結婚する気もない、好きな人もいないしほしくない、したところで得があるわけでもない。それでも仕方なく結婚しなくてはいけなくて、でも自力での結婚が不可能な場合の人のための国の措置=義務婚だ。措置っていうと格好良く聞こえるけれど、要は国民に結婚を促すためと、後々決まるかもしれない結婚義務化のためのサービスみたいなものだ。手続きはとても簡単。義務婚申請書に、必要事項を記入して、市役所に提出。必要事項欄にある希望条件に沿う相手を、同じく義務婚申請書を提出した異性たちの中から探し、パズルのように当てはめる。大体申請してから一ヵ月後には相手を紹介され、双方異論がなければ結婚の手続きを行う。ネットの出会い系や街婚も時代の流行りであったけれど、そういうのはまずうまくいかないような気がする。詐欺かもしれないし、そもそも目的が違うかもだし。何より自分はそういう高度な駆け引きやコミュニケーションが必要な方法には手を出せない。特にロマンスを期待していない人間にとっては、役所仲介の出会いの方が安心で好都合だ。しかもこの義務婚は、式にかかる費用を国が負担してくれ、さらには家まで紹介してくれるという律儀な保障が付いている。ちなみに私たちは、空き家になったばかりの一軒家を紹介してもらった。マンションやアパートでは、隣人に気を遣ったりするし、毎月家賃を払わなくてはいけない。紹介された家は少し建てつきの悪い木造建築だが、購入費用は半分国が負担するので、残りはローンを組めば安いと言われ、決めた。決断したのは相手の男性で、「私は何でもいいです」というスタンスを保っていたのだが、アパートなんかで旦那以外の住人にも気を遣わなくていい分、一軒家は有難い。

 とにかく、義務婚はいろんな保証付きで、手ごろに結婚したい人にはもってこいのサービスだ。けれど、そこに愛があるかどうかの保証はないわけで、本当にただ楽に、簡単に、手っ取り早く結婚したい人にとっては・・・と強く念を押しておこう。メリットがあればデメリットもある。まず、申請をしてお互いを紹介されてから二ヶ月以内に結婚するかどうかを決めなくてはいけない。つまり、婚姻届の提出だ。しない場合は窓口で別の書類に理由を書かなくてはならない。そして一度断った相手は二度と紹介されないわけで、後悔しないように慎重に考える必要がある。全く知らなかった相手を知って、自分の将来を考えるには二ヶ月というのはあまりにも短い時間だ。でもこれは、結婚が当たり前の世の中になっていく未来を見据えた物事を円滑に進めるための規則らしい(兄貴から聞いた)。まだデメリットはある。結婚をして三ヶ月以内に別居状態・不貞行為又は離婚が認められた場合は、結婚にかかった違約金が発生する。まぁ、携帯会社を乗り換えるときみたいなものだ。結婚にかかった費用を全額払い戻さないといけない。

 「離婚は分かりますけど、別居状態とか不貞行為はどうやって認められるものなんですか?誰にも教えず、三ヶ月バレずにこそこそやることもできるんじゃないですか?」

 説明を受けたときに率直に質問してみた。まるで隠れてそういう行為をやる気満々な人みたいに誤解されると思うが、職員は実に簡潔に答えてくれた。

 「分かるものですよ。もしも、そういう行為・状況をしていたら」

 それ以上は答えてくれず、守秘規定だと言われた。もし納得できないなら結婚破棄となってしまうので、頷くしかなかった。きっと、いろんなところに観察をしている人がいるに違いない。裁判で観察処分を受けた人みたいな。

 これは義務婚の大雑把な説明。他にもいろいろ細かいルールとかサービスはあるけど以下省略する。でもたぶん、来年か再来年には義務婚って言葉が流行語大賞になるんじゃないかなというくらい世の中に浸透しつつある。

違約金という重いプレッシャーを背負った三ヶ月を過ぎて、ようやく私は解き放たれた。そうだ、離婚しようってなるじゃないか。でも、恋愛婚の五月さんには私の気持ちは理解しづらいらしい。

 「五月さんは、お互い好きで結婚したんですもんねぇ」

 「ま、まぁね」

 少し照れながら、鼻をひくひくさせる。嬉しがっている証拠だ。

 「初恋が実って結婚・・・漫画でもそうそうないですよ、そんなパターン」

 「初恋は実らないってよく言うから。自分でいうのもなんだけど、奇跡に近いかもね」

 五月さんとその旦那さんは、高校時代からのお付き合いで互いに初恋の相手らしい。旦那さんは高校を卒業してすぐに銀行に就職。五月さんは大学に進学し、栄養士の免許を取った。学校の給食を考える仕事に就き、結婚してからも非常勤で働いている。

 「栄養士なのに、旦那さんいっこうに痩せていませんよね。結婚当初は、五月さんが旦那さんを健康体にするって意気込んでいたって話ですけど、資格の無駄遣いじゃないですか」

 「結局、好きなもの食べさせてあげたくて、ついつい揚げ物とかが多くなっちゃって」

 全く反省している様子のないでれでれの顔で言い訳をする。五月さんと旦那さんは、いわゆる美女と野獣っていうようなカップルで・・・いや、旦那さんは野獣というよりマシュマロマンかもしれない。ともかく、五月さんから初恋の相手と事前に聞かされて、初めて紹介されたときは素直に驚いたし、ちょっとヤンキー系の人を予想していたので、気も抜けた。ズボンのベルトに乗っかったお腹は浮き輪みたいで、肩も背中も、手も全てが丸い。顔のお肉のせいなのか目も小さく、瞬きをすると長い睫だけが動いているようで逆に可愛らしくもある。「いつも妻がお世話になっています」と丁寧に頭を下げる姿はさすがに銀行マンだった。そのマスコットキャラのような外見のおかげで顧客に人気があり、仕事の業績は優秀らしい。もちろん、性格も見た目同様柔らかく、穏やかだ。

 「ほんと、四年も一緒にいてよく飽きませんねぇ。いや、高校から含めたら十年くらい一緒にいることになるのか」

 少し嫌味で言ったのに、五月さんは意に介さない。顔が赤くなっている。

 「もうねぇ。飽きるとかそういうレベルじゃないんだよね。いることが当たり前になり過ぎちゃってねぇ」

 「あー・・・すみません、ちょっと吐き気が」

 口を押さえる振りをして、引いた顔を見せた。それにいらっときたのか、すぐに背後から羽交い絞めにされ、首を絞められた。「苦しいっ、さ、五月さん、離して・・・」

 「あんたみたいな闇人間には、分かるまいよ。人を好きになるっていう感情がね」

 「けほっ・・・あー苦しかった」制裁をしばらく受けた後、解放されて息を整える。旦那さんは五月さんのこの凶暴さを知らないんだろうか。知っていても、笑ってはいそうだけれど。

「でも、私そんな闇人間じゃないですよ。結婚する前はちゃんと仕事して、職場の人ともうまくやっていたし。コンビニとかスーパーで袋いるかいらないかもちゃんと言えるし。あーそうだ。落ちてる五銭とか、ちゃんと交番や受付に返したりしますよ。たとえそれが一円であったとしてもです。あーいうのって、神様が上から見ていて人間を試しているんじゃないかなって思うんですよね」

 「そんなスケールの小さい話をしているんじゃないし、方向ずれていってるし。闇とかそういう問題じゃなく、人として常識だし」

 「世の中には、挨拶がまともにできないシャイな人だっているんですよ。私だけ差別だ」

 「あー言えばこう言う生意気なやつめ・・・」

 また制裁を下しそうな鋭い目がこちらを見ている。慌てて顔を逸らすと、棚の横に飾ってある写真たてたちが目に入った。

 「そ、そういえば、この前来たときより写真、増えていますね」

 夫婦のツーショット写真が、いろんな背景の中で映えている。二人とも、笑顔でピースサインを向けている。改めて思えば、私にはそんな写真はほとんどない。写真嫌いという理由と、一人が好きな人間に写真というものは必要がないという理由で。悲しくないといえば少し嘘になるかもしれない。ただ、どう頑張っても、五月さんたちの写真のようにはじける笑顔でレンズに向ってポーズをとる私は、想像しにくい。

 「写真たて、棚から落ちそうじゃないですか」

 「けっこういろんなところ行っているからね。私も彼も旅行が好きだから」

 この夫婦は国内・海外を問わず様々な地に行っている。帰ってくるたびに、お菓子やブレスレットなどその土地の珍しいお土産を買ってきてくれる。私自身の人生はほとんど動いていないのに、周りの物だけが一人歩きをしている状態だ。

 「楽しいわよ。珍しい土地に行って、珍しいものを食べて、見て。日常生活に刺激も与えないとね。それに、旅行があるって思えば仕事とか頑張れるし」

 「それは分からなくもないですけど、でも実際はすごく疲れるし。旅行とか行く前の高揚感よりも、行った後のあの喪失感というか、虚しさを想像するだけで心が痛い。あの夢のような時間は一体何だったんだろうって・・」

 「あんた、私に少しでも話を合わせようという気がないでしょ。そんな様子じゃあ、新婚旅行とかも何も考えてないわね」

 「しっ、しぃんこんりょきょう!」

 言い慣れない言葉に、噛んでしまった。それから、自分の旦那と二人で荷物を抱えて旅をする光景を頭に浮べる。ぶるっと、悪寒が走った。

「五月さん!冗談も大概にしてください!お互い好きでもない。趣味が一緒でもない。まっっったく話の盛り上がらない相手との旅行ほど楽しくないものないでしょ!」

ばんっと両手で机を叩く。五月さんが目を丸くする。

 「そこまで怒るの?」

 「怒りますよ!たとえですよ!たとえ、百億歩譲って、旦那と旅行に行ったとしてもです。駅で解散して、自分の好きなところ行って、また時間になったら駅集合がいいです」

 「それはただの修学旅行だろーが!」

 今度は五月さんが机を叩いてツッコミをいれる。

 考えれば考えるほど、話せば話すほど、やはり結婚に価値を見出せない。そしてなおさら離婚したくなってきた。誰にも気を遣わず、のびのびと自分の趣味を極める生活がしたい欲求が止まらない。

 「でもさぁ、旦那が仕事に行っている間は一人なわけだし、自分の好きなことできるんじゃないの?」

「誰かと一緒に生活していると感じるだけで苦しいんです。朝と夜はいるんですから。それだと完全にのびのびと自分の好きなことを楽しめないんですよー頭狂うー」

 「あたしからすればあんたの話聞いているほうが、頭狂いそうになるわ。まぁ、ぼっち好きには耐えられないのかねぇ」

 「うぅ・・・つらい。一人で、自分のためだけに適当にご飯作りたい。永遠とシリーズもののアニメや映画をだらだら見ていたい。ネットで、興味のある動画をクリックして毛曲何が見たかったんだろうって、振り返るような無駄な時間を過ごしたい」

 「ただの人間のクズだよね、もう」

 「いやー助けてー五月さん。私を檻から連れ出してください」

 バンバンと机を叩いて文句を並べる。「叩きすぎ。壊すんじゃない」と五月さんに窘められる。

 「今更離婚なんて、親御さんだって許してくれないでしょ。せっかく結婚して、安心したのに。また出戻りなんて」

 「た、たしかに・・・」

 結婚して実家を離れた。それでも自分の趣味の漫画やDVDを取りに戻ることが時折ある。ついでにお茶でもと、母と一緒におやつを食べながら結婚生活の話もする。その際、ちらっと離婚の話を持ち出したら、ものすごい形相で睨まれた記憶がある。「あんまり楽しくないなぁ。お母さんたちといる方が気が楽だったなぁ」と言ったら、「そんなもったいないこと言うんじゃないよ。まさかあんた、離婚しようなんて考えてないわよね?せっかく年金が倍になって老後が安定しそうだっていうのに・・・」と恨みがましい目で言葉を返された。結婚というものは親まで味方につけるのでたちが悪い。

 「親を説得するのは難しいかも・・・でも、実家に帰らずに一人暮らしすれば問題なしですよね」

 「いや、全然解決してないけど。問題ありまくりだけど」

五月さんは呆れた表情でため息をつく。それから「あっ」と何か思いついたような声を出す。

 「あんたの考えに賛成するわけじゃないよ。だけどもし、もし本当に離婚を考えているんだったら、まずは離婚しそうな夫婦に意見を聞いてみればいいんじゃない?さっき話に出た吉田さんとかさ。正直、端から見ているとギリギリのとこで我慢して生活しているような気がするし、いつ別れてもおかしくなさそうなとこあるよ」

 「なるほど。仲間がいれば心強いし、離婚しやすいですね」

 「そんな部活動みたいなノリで言うことじゃないけど。まぁ、行って聞いてみて、自分の考え方がそれでいいのかどうか検討することもいいと思うよ」

 「さっそく行ってきます!ありがとうございました」

 さすがは五月さんだ。フットワークの軽そうな見た目とは裏腹に、名門大学を卒業した才女は理論派だ。たしかに物事を空想で語っても仕方がない。こういうことを机上の空論というのだろうか。何事も、行動を起こす前にリサーチと計画は大切だ。きちんとお礼を言って、さっそく吉田さん家に向うことにする。

玄関先で、五月さんは少し真面目な表情を見せた。

 「いろいろ言ったけどさ、真面目な話。やっぱり離婚なんて、軽々しくしていいものじゃないと思うよ、たぶん」

 「でも結婚は、軽々しくさせられましたよ」

思いがけない一言に、ついむっとなって言い返してしまった。「そうだね」と五月さんは微笑んで軽く受け流す。

 「あんたの言うことも分からなくもないんだけど、縁と縁が繋がることは、どんな経緯でもそんなに悪いことじゃないと思うし、自分のプラスになるような気がする。けどさ、せっかく繋がった縁を自分から切っちゃうのは、やっぱり、もったいないよ」

 ―それは、結婚に幸せを感じられている人が言える台詞ですよ。そう心の中で言い返す。五月さんの考えは、それはそれでありだと思うし、むしろ一般的な意見だ。けれど、私には当てはまらない。だから頷けない。それでも、私に五月さんの幸せを邪魔したり、否定したりする権利はないから、素直に分かったふりをして「アドバイスありがとうございます」と笑顔を見せた。


 吉田さん家。

五月さんの家から歩いて七分程度にある、築二十年の平屋。表札の吉田という文字は雨だの雪だの台風だので、だいぶ消えかかっている。

 「お邪魔しまーす。佐藤です」

鍵はかかっていない。すりガラスで柵状の引き戸を開ける。五センチほど開けると、途中引っかかるので持ち上げるように開くのがコツだ。ちょうど、奥さんの吉田 百合子さんが、湯飲みを持って台所から出てきたところだった。顔を見るなり、心得たように台所に引き返し、もう一つ湯飲みを持ってくる。そして、「入って、入って」といつものように招き入れてくれる。あちこち癖で跳ね上がっている毛先と、結婚してから付いてしまったという腹や背中の肉が主婦感満載の百合子さん。何でも昔は、その名前に負けないほどの色白美人だったらしい。結婚とは、人の外観まで変えてしまうから恐ろしい。

「散らかってるけど・・・あ、いつもだからいいか」

「全然気遣わないでください」

居間のテーブルを前に、床に座り込む。まだたたみきれていない、小さな山になっている洗濯物。テレビのリモコンと、使い捨ての単四電池二本。ゴミ箱にあと一歩届かなかった鼻をかみおえたティッシュとあんこがまだこびりついているどら焼きの袋。吉田さん家らしい。生活感というものが全体に漂っている。

 「この前のおすそわけありがとうねー。佐藤さんの肉じゃが、美味しかったわ」

 熱いほうじ茶が入った湯のみが、目の前に置かれる。

 「それならよかったです」

 「最近じゃあ、料理する気もなくてねぇ。スーパーのパートやっているから、ついついお惣菜で済ましちゃって」

 百合子さんが、びりっと破いた甘栗の袋の口を向けて、すすめる。

吉田さん家とは、ここに引っ越してきてから、五月さんの次に仲良くなった。大雑把で、性格は男前。私のことを娘のように可愛がってくれる、いいご近所さん。こうして無駄話をすることも、日常茶飯事だ。

 「毎日ご飯作るのも、面倒くさいですよね。でも百合子さんは結婚生活長いから、仕方ないですよ」

 「もう二十何年?忘れたわ。結婚した年とかもう、今じゃどうでもいいしね」

 もう一袋、甘栗の袋を破く。それは自分のほうに向けて、ほいほい口に放り込んでいる。

 「長いこと主婦やってると、何でも引きずらずにちゃっちゃと忘れちゃうほうが気が楽って思えるのよねぇ。水道料金とかガスの代金も忘れられたらもっといいけど」

 「百合子さんらしい考え方ですね。でも、勉強になります」

 「佐藤さんは若いからまだいいわよ。あたしはもう駄目だわ。何が駄目って?全てが駄目だわ」

 投げやりな口調で、いつもの愚痴が始まる。私としては話を切り出すのにいい流れだ。

 「夫婦生活も長いと、いろいろありますよねぇ。じゃあ、離婚、とかも考えたことありますか?」

 百合子さんに回りくどい言い方をすると、「はっきり言いなさい」と怒られるので、失礼かとも思ったけれど直球で聞いてみる。すると、あっさり「あるよ」と返答が返ってきた。

 「もう何百回あると思ってんのよー」

 「ですよね」

 「ほんと、なんであんな奴と結婚したんだろうって後悔ばっかり。結婚が幸せのゴールなんてどこの誰が言ったんだか。地獄のスタートじゃないの」

 「分かります!同感です」

 分かり合える人の、正直な意見にうんうんと頷く。百合子さんは、私の反応に気を良くしたのか大盤振る舞いで結婚生活の不満を並べる。

 「結婚してからね、旦那が、お前はすっかり変わってがっかり!なんて言うんだよ。太っただの、手抜きになっただの、怒りっぽくなっただの。そうさせたのはあんただろーがって。結婚前は一緒に楽しく生活しようって言っていたくせに、たまの休みはパチンコ、競馬。家のことは何も手伝わないし、今は巣立った子供の世話だって私に任せっきりだった。授業参観や運動会も嫌がったんだよ?ヒーヒー言いながら、火の車みたいにパートと家事に目を回しているときに、あいつは会社の人と温泉旅行。新婚旅行以来、あたしを誘ってくれたこともないのに自分ばっかり珍しいとこ行っては会社の若い女と楽しんでさぁ。あたしだって若い男と遊びたかったわ。マジでむかつくわ。ほんと、殺されないだけありがたいと思ってほしいくらいだよ」

 私といろいろ違いはあるが、結婚生活に不満を抱いている点は同じだ。愚痴が進む分、甘栗を食べる手も早い。私にあげたはずの袋にまで手を伸ばしてきた。

 「百合子さん、偉いですよね。そこまで我慢しているのに、報われないなんてつらくないですか?」

 「まぁ、もう諦めているからね」

 「離婚して、新しい人生始めてみたくないですか?」

 悪徳商法の勧誘みたく、ここぞとばかりに迫ってみせる。百合子さんに味方になってもらえたら、これほど心強いものはない。

 「新しい人生?やだよ、こんなおばさんになってから」

 「そんなことないですよ」

 「無理、無理。子育て終わったら、もうなんか疲れちゃって。後はどーでもって感じ」

 予想が外れたのか、あまり話に乗ってこない。さっきまであれほど旦那さんの悪口を言っていたのに。

 「ありゃ?もう甘栗なくなっちゃった。ちょっと、取ってくるわ。お茶も冷めたし、淹れなおすね」

 「あ、ありがとうございます。それにしても、甘栗多くないですか?前に遊びに来たときも、お土産に持たせてくれたし・・・好物なんですか?」

 「まぁね。昔から、おやつ食べるなら甘栗って、よく食べてたし。でもこれは、全部旦那が買ってくんのよ」

 「旦那さんが、ですか」

 「あたしの好物ってだいぶ昔に教えてね。それからね、自分だけどっか遊びに行った時とか、パチンコやら競馬に勝った時買って帰るんだよ。これで許してもらおうと思ってるんだか知らないけど、こんなんで誤魔化されてたまるかい」

 そう呟きながら一度居間を離れる。次に戻ってきた百合子さんの手には、甘栗の袋が五つ、六つも抱えられていた。「どっこいしょ」と座り込むと、やっぱり袋を雑に破く。それからまた「それでね」と当たり前のように旦那さんの愚痴が始まった。


 「はぁ。結局ダメだったな」

 あれからも旦那さんの悪口は続き、そのたびに離婚の話を持ち出すけれどのらりくらりとかわされてしまう。「あら。パートの時間だわ」と百合子さんが仕事に行かなくてはいけなくなったので、「お邪魔しました」と退散してきた。

 それにしてもおかしい。あれだけ不満があるのに、離婚に踏み切らないなんて。私見たく、半年で離婚ならともかく、もう二十年以上夫婦をやっていて理由があるなら離婚しても許されると思うけれど・・・よく分からない。

 「あら。結ちゃんじゃない」

 首を傾げながら考え込んでいるところこに、ふいに声をかけられた。振り向くと、これまたご近所の井上 由紀さんがいた。薄い身体に、薄い黄色のカーディガンを羽織っている。スーパーの袋を提げているから、買い物帰りだろう。

 「こんにちは」

 「こんにちは。どうしたの?浮かない顔して」

 吉田さんの奥さんを離婚に誘ったけど、うまくいかなくてとは言えない。井上さん家の奥さんは、吉田さん家と違って真面目で大人しい人だ。あまりものをはっきり言っては傷ついたり、物事を大袈裟に捉える可能性がある。

 「それ、甘栗?」

 「あ、そうです。さっき、吉田さんにもらって」

 目ざとく袋の中身を当てると、羨ましそうに頬に手を当てた。

 「いいわねぇ。私も好きだけれど、甘栗って意外と高いのよね。生活が苦しいうちでは甘栗一袋といえど、手を出すには勇気がいるわ」

 井上さん家の旦那さんは、介護施設で働いている。需要の高い職業ではあるけれど、重労働に対してお給料が安い点は時代が進んでも変わっていない。毎日毎日くたくたになりながら働いているけれど、生活は苦しいらしい。

 「節約続けているんですね」

 「本当もう嫌。結婚したら、もっといい条件の職場に行くからって約束したのに、結局同じ場所で働いているし。中堅的な年齢になってからはどっと仕事も増えて、人が良いからか他の職員さんが休んだ分も働いて・・・なのに、生活は潤わないし」

 いつものことながら、会えば旦那さんの仕事のことや、生活が苦しいという話しかしかしない。家計を助けたいけれど、まだ小さい子供もいて、由紀さんも働くことができない。

井上さん家も大変だなぁと、相槌をうつ。話を聞いていたら、この人も実は離婚を考えているかもしれないと思えてきた。

 「あの、甘栗こんなにいっぱい食べられないんですけど・・・どうです?」

 「えっ?いいの?」

 口では遠慮しつつも、手はすでにもらう手になっている。

 「はい。というか、うちでお茶でも飲みながら食べませんか?せっかくですし」

 一度、井上さん家にお邪魔したいと言ったら露骨に嫌な顔をされた。家に招く以上、それなりのおもてなしをしなくてはいけないとなると、お金がかかるのが嫌なのだろうと後で知った。それ以来、井上さんに話がある時は、私の家に誘うようにしている。「悪いわ」と言いつつ、出した飲み物もお菓子も綺麗に胃の中に入れていく。さらに、最初に家に招いた際におかずの差し入れをして以降は、暗黙の了解のようにおすそ分けをしなくてはいけなくなった。さて、今日は何をあげようか・・・。よし。今日は冷蔵庫に余っているナスの煮物にしよう。

(それに・・・)

一人で「もうねぇ」「ほんとに」と小言を呟く井上さんを見て思う。この様子なら吉田さん家より離婚の危機が迫っているような気がする。吉田さん家のような、旦那さんの趣味や態度に対する不満よりも、仕事やお金に関する悩みの方が切実だし現実的問題だ。うまくいけば仲間に引き込めるかもしれない。

 「それでねーひどいのよ。子供の誕生日に鉛筆と消しゴムよ。サッカーに興味があるみたいだったから、サッカーボールをお願いしたら分かったって言ったのよ。まぁあんまり期待はしていなかったけれど・・・それでも鉛筆と消しゴムって、なによ。備品じゃないのよ」

 頭の中で考えている間に、由紀さんの愚痴は子供の誕生日の話に変わっていた。子供のいない私は、どう答えるべきか迷う。

 「ま、まぁ。小学校に入る準備、だと思えばいいんじゃないですか」

 「そうね、そう考えればまだいいかもしれないわね。だけど、私にくれた結婚指輪すら売らないと生活が回せないって、ひどいと思わない?」

 自分で働いて、自分一人の面倒を見ていればよかった時は、あまりお金に苦労した覚えがなかった。結婚をして仕事を辞めて、相手の人の給料で生活をするようになってからは、自由に自分の趣味にお金を使えない点ではつらい。けれど、井上さん家ほど、毎日毎日生きることに必死でもない。

 「結婚手当ても支給されているし、別に旦那が遊んでいるわけでもないのに。なんでこんなお金が出て行く一方なのかしら」

 丸い、牛乳瓶のような丸眼鏡をとり、涙が出ているわけでもないのに目元をハンカチで拭く。眼鏡を掛けていないほうが、少し幼く見える。年はたしか、まだ三十代半ばだった気がする。それなのに、もう還暦をむかえる人の人生分の疲労を抱えているようだ。

 「じゃ、じゃあ、もっと甲斐性のある人と結婚すれば、楽だったかもしれないですね」

 話の流れに乗りながら、それとなく離婚する気があるのかないのか確かめてみる。由紀さん「そうねぇ」と肩の力を抜く。

 「もっと稼げるお仕事だったらって常々思っているけど・・・」

 「美味しいものを、お腹いっぱい食べたり、欲しいバッグやアクセサリーを、値段を気にせず買ったり、そういう女として楽しいことしたくないですか?」

 「もちろんしたいわよ。毎日家計簿と、にらっめこなんてうんざり」

 本音でそう言っている。

 「由紀さん、頼りがいあるし、優しいし、他にもいっぱいいい人見つけられるんじゃないですか」

 ここぞとばかりに、夫婦の仲を壊そうとする私は悪魔かもしれない。由紀さんは浮かない顔で「そうかしら」と自問自答するように呟く。

 「いい人っていうなら、旦那もいい人なのよ。会社の人からは信頼されているし、バレンタインの時なんかはけっこう多くチョコもらってくるわね。そういえば、結婚してから旦那の文句って聞いたことないかも。どんなに味気ない料理を作っても、ありがとうって言って食べるし、私が風邪を引いたときは滅多に取らない休みをとって看病してれるし、子供の夜泣きもあやしてくれていたし・・・」

 なぜこうなった?と自分に問いたくなった。生活が苦しくて大変という話だったのに、今度は夫の自慢話に話が転がっていってしまった。しかも井上さんの、普段は物静かだけど、一旦話し出すと止まらないという癖も相まって、私が口を挟む余地がなくなった。ひたすら「はい」「いいですね」の適当な返事を繰り返して、由紀さんが帰えるのを待った。

「さてと・・・そろそろ帰ろうかしら。長居してごめんなさいね。それから、おすそ分けありがとうね」

 他人の自慢話ほど、聞いていて苦痛なものはなかった。私は完全に虫の息だ。

 「いえ。どうぞ、どうぞ・・・」

 「じゃあまたね」

 ぐったり、ソファに寝転ぶ。気がつけば、もう夕方の四時をまわっていた。夕食の準備をしなくてはいけないが、一度休んでからにしよう。そう思って目を閉じたら、電話のコールが鳴った。

 「もー何なのよ?誰なのよ?もーもーもー!・・・牛になるわ」

 ぶつくさ言いながら、七回目のコールで受話器を取る。

 「もしもし」

 「あ、佐藤さん?」

 私の尖った声が、柔らかいスポンジのような返事に包まれる。こんな時に誰かと思えば、伊藤さんだった。伊藤さん家は井上さん家の三軒隣に住むご近所さん。奥さんが外に出て働いて、旦那さんが専業主夫をやっている。電話は、旦那さんの優也さんからだ。

 「ごめんね、こんな時間に。この前あげたチーズケーキどうだったかなって気になって」

 「あれ、すごく美味しかったですよ。お店で売ってもおかしくないくらいです」

 「ほんと?佐藤さんにそう言ってもらえると嬉しいなぁ」

 優也さんは大の料理好きで、結婚する前はカフェで働いていた。年は私と二歳しか違わないし、まだ子供はいないけれど、物腰が柔らかくてお父さんみたいな雰囲気と貫禄がすでに身についている。私にとっては、料理や、上手なカビの取り方など主夫の技を教えてくれる先生みたいな人だ。

 「料理教室とか開けばいいんじゃないですか?それか、またカフェで働くとか」

 「それもいいけどねぇ。でも外に出て働いたら、家のことできないし。由香子がいつ帰ってきても、美味しいご飯やおやつを用意しておきたいし」

 由香子―優也さんの奥さんの名前だ。由香子さんは、デパートやホテルなどのお店のイベントを考える仕事をやっている。会社では敏腕らしく、掛け持ちでいろんな会社の企画に携わっていて毎日忙しいようだ。不定期で、いつ帰ってくるかも分からず、私は知り合ってから二回ほどしか顔を見たことがない。ただ、帰ってこない理由は仕事が忙しいだけでなく、もう一つ理由があるらしいけれど。

 「由香子、甘いものが好きだから。疲れて帰ってきたときに、何もなかったら悲しいし、がっかりするしね」

 電話の向こうでも、奥さんにベタ惚れの優也さんには言えない。奥さんがいつも決まった日、決まった時間に帰ってこないもう一つ理由が、浮気だなんて。私は直接見たことはないけれど、吉田さん家も井上さん家も、五月さんだって優也さん以外の男の人と一緒にいる現場を目撃したことがある。あるときはお洒落なレストランでディナー、またあるときはスーパーで仲良く買い物。五月さんなんかは、優也さんが働いていたカフェで見かけたという。「仕事の依頼じゃないんですか?」という私の意見に、「あんな近い距離であんな親密そうに仕事の話なんてしないわ!それに、ビジネスなら普通スーツで会うでしょ?伊藤さん、綺麗で高そうなワンピース着てたし、お化粧もばっちりだったんだから」と力説された。他にも目撃者は多いが、みんな、人の良い優也さんに話が聞こえないようには、気を遣っている。だから私も、ボロが出ないように極力奥さんの話はしないようにしているのだが、向こうから由香子さんの話を振れられるとどうにも反応しづらい。

 「この前のチーズケーキもね、由香子の好物なんだよ」

 由香子さんも、優也さんにはうまく浮気を隠しているようで、彼自身は気付いていない。どうしてこんな良い人を裏切るようなことをするんだろうか。もしかすると、気が強くて好奇心旺盛な彼女の性格には優也さんの家庭的な優しさが、物足りなく感じるのかもしれない。しばらく、優也さんの惚気をうんざりする気分で聞き流す。時計を見ると、五時をまわっていた。本格的に夕食の準備をしないといけない時間になってしまっている。「ごめんなさい。ご飯の用意をしないと」と断りを入れ、電話を切らせてもらった。

 せっかく一休みしようと思ったのに、一本の電話に邪魔されてしまった。仕方なく、エプロンを身につけ、台所に立つ。今日は何にしようと、冷蔵庫を開ける。

 「んー・・・」

 井上さんにおすそ分けやるんじゃなかった。買い物に行くのを忘れていたせいで、ろくなものが入っていない。卵とケチャップ、コンソメスープ。野菜室には玉ねぎ。オムライスとコンソメスープにしよう。というか、それしかできない。鶏肉がないので、その分玉ねぎたっぷりのケチャップライスにしょう。スープは・・・具になりそうなものが他にないのでこれも玉ねぎを入れよう。うん、完璧だ。

 (めんどくさいなぁ)

 玉ねぎを切りながら、これから旦那が帰ってくるのかと思うと気が重くなる。たかがオムライス二つ作ることすら、億劫だ。優也さんのように、奥さんが好きで、奥さんのためにと思えば、楽しく作れるのかもしれない。そういえば、もし、優也さんに奥さんが浮気をしている話をすればどうなるのだろうか。修羅場になって、離婚にまで発展するかもしれない。そもそも、仕事がいくら忙しいとはいっても少しは怪しんだりしないんだろうか。由香子さんは、スタイルも良くて髪も長くて綺麗で、テレビに出てもおかしくないくらい人目を引く美人でもある。優也さんも決して顔は悪い方ではないけれど、やっぱり由香子さんと並ぶと地味だ。美人で仕事ができる妻。歳も、私より一つ上なだけで、まだ若い方だ。浮気を疑ってもおかしくはないはずなのに、優也さんは全幅の信頼を彼女に寄せている。「彼女は家に閉じこもっているよりも、外に出ているほうがいきいきしているから。僕は、彼女の元気で楽しそうな顔を見るのが一番好きなんだ」と、優也さんは仕事を辞めて家庭に入った。由香子さんの生きがいと、意志を尊重したのだ。結婚してからも、ずっと尽くしている。逆に、由香子さんは優也さんに何をしてあげているんだろう。尽くしているわけでも、彼に特別優しくしているわけでもなさそうだ。ただ気まぐれに帰ってきて、用意されているご飯やお菓子を食べて寝るだけ。絶対報われていないはずなのに、嫌にならないのか。無駄に感じないのか。考えれば考えるほど、私にはよく分からない。

 吉田さん家も、井上さん家もそうだ。愚痴や文句を言いつつ、結局結婚そのものには抵抗を見せない。不満があって、それが募れば我慢できない。嫌いになって、別れようということになる。人と人が離れる理由とは、愛情が冷めるということは、そういうものだと思っている。それなのに、みんな不満はあっても別れようという気はない。不満が出そうな事実があっても、それを苦に感じない人すらいる。

 結婚して、近所付き合いというものを知った。引っ越す前は、隣の人と挨拶をかわすことさえ鬱陶しく感じていた私だけれど、ここは不思議と気持ちよく馴染めた。馴染まないと、やっていけないという使命感にかられたせいもあるけれど。今までほとんどの時間を一人で過ごしてきた自分にとっては、大きな成長だと思っていた。けれど、私はまだよく分かっていないのかもしれない。夫婦というものを。愛というものを。人というものを。

 「ただいま」

 居間に、帰宅した夫が入ってきた。時計の針は、六時二十分をさしていた。

 「おかえりなさいです。お疲れ様です」

 いつもの儀礼的な声かけをし、慌てて料理を居間のテーブルに並べる。着替えが終わった夫から、背広とワイシャツを受け取り、ハンガーにかける。それから、二人で向かい合って椅子に座る。いつもの、日常的な作業だ。

 「いただきます」

 夫は丁寧に、合掌する。本当に、律儀な人だ。少し毛先の跳ねた、柔らかそうな髪の毛。男にしてはちょっと白い肌。黒縁の、四角い眼鏡。その向こうにおさまる優しげな眉と、少したれた目。最初に出会ったころから何も変わらない。

結婚を決めて、申請書を市役所に出して約二週間。一本の電話が家にかかってきた。たまたま私が取ったら、義務婚の相手が見つかったという話だった。この時点で、義務婚を申し込んだことを後悔していたから、いざ相手の人に会うことになって胸が痛くなってきた。家族にせっつかれ、それなりにいい格好をして、待ち合わせの喫茶店で会った。

「すみません。遅れて」

「あ、いえ。初めまして・・・」

第一印象は悪くなかった。気は弱そうだけれど、清潔感があるし、うるさくなさそうだし、丁寧だし、穏やかそうな人で。甘いものが好きだとかで、私の分も一緒にチョコレートケーキを奢ってくれた。そういうところは、普通に嬉しかった。それから、三度、二人で会った。デートと意識するとぎこちなくなるから、あくまで結婚という仕事のための準備と思うことにした。仕事だと置き換えれば、耐えることができたから。そして、期限が迫っていた四度目のデートで、世にいうプロポーズをされた。顔を真っ赤にして、「結婚、してもらえますか」と言われたとき、まさか自分にこんな日が来るとは思ってもいなくて涙が出そうになった。嬉し涙、とは違う。自分が自分じゃなくなるような気がして、怖くなって、泣きそうになったんだ。けれど、相手の人は私にはもったいないくらい良い人だ。たとえ無理やりな結婚でも、この人となら平和に生きられると思った。それに、お見合い婚した親戚のおばさんが言っていた。お見合いとか紹介とかは、一番初めの人がいいんだって。欲張るとロクなことがないと、六度目のお見合いで結婚したおばさんがため息をついていた姿は説得力があった。だから、というわけでもないけれど、この人ならと自分を納得させた。嫌でも、つらくても、結婚を決めたはずだった。「はい」と、いつになく女らしく可愛らしく答えたあの日の自分を思い出すと、妙に恥ずかしい。

 「佐藤 雪です。これからよろしくお願いします」

 身内だけの式の後、改めて深々と頭を下げられた。私もつられるように、名前を名乗って、頭を下げる。でもすぐに、「あ、すみません。佐藤 結だった」と独り言のように訂正すると、ふんわり、優しく笑ってくれた。あの笑顔には、不覚にも少し癒された。

 嫌い、じゃないと思う。ただ、一緒にいても楽しいかと聞かれれば、違う、むしろつらくて、雪さんの考えていることが分からなくて、もどかしい。いちいち私の様子を窺いながら、遠慮がちに声をかけられることに、仕方ないとは思いつつもあからさまに気を遣われているようで苛々してしまう。

雪さんが仕事に行くときは心が軽くなるし、帰ってくる一時間前になると妙に胸が痛くなる。その感覚は、嫌いという意味と同等だと思う。こうやって、顔を合わせてご飯を食べることがこれから先も続くと考えると逃げたくなる。私には、夫婦というものも、愛というものも、人というものも分からない。でも、分からなくてもいい。分かったところで、私には結婚は向いていない。ずっと他人事のように、架空のものだと感じていたい。ユーリカ様が言っていたように、いろいろ自分の人生について、幸せについて考えてみる。そしてたどり着く答えは変わらない。

 やっぱり―離婚がしたい。

そうだ。この人に、雪さんに聞けばいいじゃないか。いくら良い人だといっても、義務手続きをして、結婚相手を探していた人だ。もともと結婚にはさほど興味がなかったはずだ。それなら率直に尋ねてみればいい。どうして私と結婚を決めたのか、私との生活をどう思っているのか。もし彼が私と同じ気持ちで、実は結婚を後悔していて、三ヶ月が経った今離婚を考えていれば、何事も円満に終わるじゃないか。

 「あの、どうして―」

 「このオムライス、美味しいですね」

 私の声が聞こえなかった雪さんが、言葉を遮る。私が作ったオムライスを、スプーンですくっては食べ、すくっては食べ、笑顔で租借している。

 「えっ、そ、そうですか・・・」

面倒くさがって、適当に炒めて、適当に味付けして、適当に盛っただけの、なんの特別感もないオムライスなのに。あなたの帰りを待ちわびて、あなたが喜ぶと思って作った、そんな夕食でもないのに。

「今日は仕事先で・・・」

雪さんは、唐突に仕事の話をし始めた。今までも何度か、食卓の席で話を切り出してきたことがある。私が「そうなんですね」「へぇー」など気のない返事ばかりするので長続きしたことも、盛り上がったこともない。ただ今日は、やたらよく喋る。

 「そういえば、帰りに少し用があって、市役所に寄ったんです。そしたら、窓口の人に旅行の、その・・・新婚旅行の話をされました」

 「はい?」

思わず間抜けな声が出てしまう。今、この人新婚旅行って言った?

「あの、えっと、新婚旅行について、いろいろ話を聞かされました」

また頭が痛くなってきた。やたらよく喋る日だなと思っていたが、どうやらこの話を自然に切り出すための布石だったらしい。

 「いろんな所をすすめられました。今なら、格安で海外でも行けるそうです。いや、その、安いからというのはいけないですね。僕は海外には行ったことがないので興味もあって・・・別に、国内でも、どこでもいいんです。ど、どうですか?無理にとは、言わないので」

 内容が内容なだけに、照れくさそうに頬を染めている。私はただ、それを呆然と見つめることしかできない。頭痛が鎮まっていくかわりに、今度は意識が遠のいていくような気がした。目の前に座っている彼とその周りが、本物の新婚らしい幸せな家庭の一部の景色のようで、溝ができたように思えたから。

 「わ、わたし・・・」

 行きたくないです。昼間、五月さんと新婚旅行の話をした時は即答できた。なのに、今は声が出ない。行きたくない気持ちに変わりはない。急に新婚旅行の話をされて驚いたせいか。

 (―違う、そうじゃない)

 離婚の話をしようとしたら、オムライスを褒められて出鼻をくじかれた。さらに、新婚旅行の話まで、持ち出してきた。私が思っていることや、考えていることとは真逆すぎて、どうしていいか分からないのだ。勝手に一人、幸せな顔をされて、私だけが置いてけぼりをくらっているようで、悔しいような切ないような、言葉では説明できない複雑な思いが絡み合っている。

どうして、この人はこんなに笑顔でいられるんだろう。私と一緒にいることに、つらさを感じていないんだろうか?私は、結婚の価値が見出せなくて、佐藤という名前を愛せなくて、一人になりたくて、別れたがっているのに、どうしてこんな普通に笑えるんだろう?

旅行なんて、さっさと断ってしまえばいいのに。私の中の問題は、それだけで収まるような気がしなかった。

 「なんで」

 ようやく声が出た。でもそれは掠れていて、小さな、呟くような声だ。言葉よりも先に零れでた涙のせいかもしれない。

 「なんで・・・」

泣く理由なんてどこにもない。ただ私が、自分の自由のために離婚したいという、我がままな気持ちだ。それなのに、涙が止まらない。誰も私の気持ちを分かってはくれなくて、すごく嫌だ。

 「どうかしましたか?」

 雪さんが、手を止めて見つめる。心配そうに、眉を下げている。

 「体調、悪いんですか?も、もしかして、旅行のことが嫌だったとか?」

 違う。それだけじゃない。もっと、根本的な問題だ。

 「なんで、なんでですか?なんでそんなに笑っていられるんですか?楽しいんですか?特に何も会話もない。なんでこんなオムライスを美味しいって言えるんですか?特別お洒落なオムライスでもない。味付けにこだわっているわけでもない。それ、鶏肉すら入ってないんですよ。なのに、どうしてそんな幸せそうな顔をするんですか?新婚旅行の話なんて、今まで一言も口にしなかったのに、そんな流れもなかったのに。なんで急に、こんな今日に限ってそんな話をするんですか!」

 「ど、どうかしましたか?」

 明らかに動揺している彼に、私の気持ちは止まらない。きっと、私の言っていることなんて意味不明だろう。勝手に泣いて、勝手に怒って、今まで出したことのない大声で叫んでいるのだから。しかしここまできたら、はっきり言うしかなかった。

 「私は、私は全然楽しくありません。こうやってご飯を一緒に食べていても、この後一緒にテレビを見ても、全然楽しくない。私、やっぱり一人がいいです。一人でご飯を食べて、一人で漫画読んで映画を見て、一人で寝るほうが、ずっと気が楽だし、楽しいんです。幸せなんです。だから、旅行とか、そういうのも行きたくないです。行くなら、一人で、好きな所に行きたいです」

 雪さんは無言になってしまった。呆気に取られているのかもしれない。泣きじゃくっているせいで、顔はよく見えないけれどたぶん、目を点にしているはずだ。

 「周りが結婚、結婚ってうるさいから、仕方なくしたんです。私は、昔から一人でいることが多かった。でもそれが当たり前だった。こんなふうに誰かと、家族以外の誰かと一緒にいる方が普通じゃない。あなたが外に出ているときは嬉しいし、帰ってくると億劫になる。私は全然結婚に向いてない。主婦なんかやれない。こんな、こんな・・・」

 言ってはいけない。これは、言ってはいけない。私の口は勝手に動いていた。

 「こんな結婚なんて・・・したくなかった」

 ―最低だ。呆れられるだろうか。怒られるだろうか。言い切った後が怖くて、顔を伏せたまま上げられない。しばらく、私の鼻をすする声だけが聞こえる。

スプーンが、オムライスの皿の上に置かれる音がした。それから頭上に、雪さんの優しく、温かい声が降ってきた。

 「僕も、最初は分かりませんでした。結婚をする意味が」

 小さい子供をあやすように、ゆっくり、一つ一つ、言葉を紡いでいる。

 「一人で生きていくことの何が悪いんだろうと。ちゃんと働いているし、ご飯も食べているし、貯金もしている。しっかり一人で生きていける自信もあるのに、なぜ結婚しなくてはいけないのか。周りにせっつかれ、義務婚の申請書を無理やり書かされた時はそう思っていました。けれど、あなたと会って、一緒に暮らし始めて、誰かと一緒にいることも悪くないと思えました。いつも部屋を綺麗にしてもらえて、美味しいご飯を作ってもらえて、疲れて帰ってきたら、お疲れ様と言ってくれる人がいる。これは、一人ではできないことです。僕は、今あなたと結婚できて・・・そう。幸せだと思っています」

 私の話が聞こえていなかったのか。散々ひどいことを言ったのに、彼はどこまでも誠実で慰めや嘘など微塵も感じさせないほど、一所懸命に自分の気持ちを話してくれる。私を非難することなく、幸せだとまで言い切った。

本当か嘘かどうか分からない。どう言葉を返していいかも、分からない。私がまだ黙っていると、何を勘違いしたのか「ご、誤解しないでください」と慌てた声を出す。

 「そうしてくれる人だったら、誰でもよかったわけじゃないんです。あなただからよかったんです」

 「私・・・だから?」

 思わず、顔を上げて聞き返す。雪さんは安心したように、「はい」と頷く。

 「周囲からうるさく言われた義務のための結婚で、夫婦といえど、あなたとは僕はお互いのことを知らないまま一緒に生活をし始めた。だから、馴れ馴れしくするのは、失礼だと思ったし、義務的な生活をする方がお互い楽だと思ったんです。僕の義務は、働いて家にお金を入れること。それだけだと、結婚当初は思っていました。でもあなたは、違った。僕が帰ってくる時間に合わせて温かいご飯を用意してくれる。いつもスーツをきちんとアイロンをかけて、用意してくれる。一番嬉しいのは、お弁当のおかずがいつも違うこと。ただの義務なら、毎日夕飯の残りか卵焼きでいいのに、あなたは頭を捻っては、腕によりをかけて作ってくれる。あぁ、この人はなんて温かくて、愛のある人なんだろうと思いました。それから、今までの僕の冷たい態度を反省しました」

 そうか。それで最近、やたら休みの日は外出に誘うのか。時々、食器の片付けや、お風呂掃除を手伝ってくれるのか。でも、この人は本当に勘違いしている。私に、愛なんてない。温かいご飯が用意してあるのは、あなたが帰ってくる時間がちょうど私のお腹の空く時間で、できるなら温かいものを食べたいからだ。アイロンがけをするのは、外で、お前の奥さんはスーツすらきちんとしてくれないのかと、悪い評判を立てられて不貞行為のように誤解されたくないから。毎日違うお弁当を用意するのは、昼に同じものを食べる私が、毎日違うものを食べたいからだ。全部、自分のためにやっていることだ。それなのに、この人は馬鹿だ。大馬鹿者だ。いっそここで全部ネタ晴らしでもしてやろうか。そう意地悪な考えが浮かんだけれど、今は一番聞きたいことがある。

 「本当に、今、幸せなんですか?わ、私なんかと、結婚して・・・」

 今度は私が照れる番だ。自分でもよくそんな恥ずかしい質問ができたもんだと、雪さんの顔をまともに見られずまた顔を伏せる。

 「はい。幸せです」

その答えにつられるように、赤い顔のまま彼の表情を確かめる。またあのむかつくくらい優しい笑顔で頷いていた。それから、「でも」と続ける。

 「あなたが別れたいなら、僕は止めることはできないでしょう。結婚とは、双方が幸せでなければつらいと思います。あなたが、僕といて幸せを感じられないのなら、仕方ないです」

 じゃあ別れてください。ずっとそう言いたかったはずなのに、ぎゅっと唇を噛み締めることしかできない。追い討ちをかけるように、雪さんは優しかった。

 「でも、ですよ。たとえ別れても、これだけは言わせてください。あなたは、誰と結婚しても、きっと良い奥さんになれますよ。僕が保障します」

 彼は、私の先ほどの駄々などどこ吹く風のように、何も気にしていないのか、そういう振りをしているのか。どこまでも真っ直ぐで、純粋な瞳で私を見つめている。

 あぁ、そっか・・・。

彼の目を見て、言葉を聞いたら、胸につっかえていた苦しみもズキズキと刺していた頭の痛みも、泡のように消えていく。

幸せには、いろんな形がある。そして、夫婦にも、いろんな形があっていろんな愛や絆や縁で繋がっている。

吉田さん家の百合子さんが、ギャンブル好きで自分をほったらかしにする旦那さんと別れないのは、ちゃんと帰る時には好物の甘栗を買ってくるからだ。たとえ、どんなに自分のことを忘れられても、不満や愚痴が山ほどあっても、甘くて美味しい甘栗一つで許せるほど絆を今までの間に築いてきているんだ。

井上さん家の旦那さんは稼ぎが悪くて、子供の誕生日プレゼントも買ってあげられないのに、由紀さんが別れないのは、旦那さんの仕事ではなくて人柄を愛しているから。たとえどんなに苦労しても、家族を大切にしてくれる旦那さんを、どこまでも信じている。

伊藤さん家の優也さんは、たぶん、奥さんの由香子さんの浮気を知っている。それでも引き止めず、自由にさせて、帰りを待っているのは、由香子さん自身だけでなく、生き方そのものもを愛して受け止めたいから。由香子さんの幸せを、自分の幸せのように思っているのだ。

相手の欠点も、直らない癖も、頼りないところも、そういう他人から言わせれば首を傾げたくなる部分も含めて、許して受け入れられることが【愛】で、離れられないのが【絆】や【縁】なのかもしれない。

 もし佐藤家がこの先、別れなかったとすれば―それは、妻の我がままを全て受け入れ、許してくれる旦那さんがいるからだ。

 「お別れ、しますか?」

 少し、寂しげな口調で聞かれる。

なんで?どうして?私はまだ、いろいろ理解できていないし、聞きたいことは山ほどある。根本的な不満も、しんどさも、完璧には解消されていない。なのに、自然と首を横に振っていた。

 「・・・しません」

 一呼吸置いてから、答える。つい、数十分前まで離婚する気満々だったのに、結局ただの愚痴で終わってしまった。やっぱり私は我がままで、臆病者で、卑怯だ。彼の優しさに、委ねたくなった。いや。委ねさせられた。私は、彼と離れて自分が信じる幸せに逃げようとしていた。でも雪さんは、今までの生活を手放して私と幸せになれるよう努力をしていた。そこに、賭けてもいいと、少し思えた。

(これじゃあ、吉田さん家や井上さん家の奥さんと変わらないよ)と心の中で自分を笑う。

 「よかった・・・。じゃあ、ご飯、食べましょうか」

 雪さんは、安心した声で答えると、次の瞬間には何事もなかったようにオムライスを食べ始めている。その姿に促されるように、私もスプーンを手にとって、卵とご飯をすくう。ぱさぱさしている。味も薄い。もっと、塩コショウとケチャップを入れるべきだった。具が玉ねぎだけだったのも、やっぱり物足りない。全然美味しくない。ちらっと、雪さんを見る。絶対、良い奥さんになるなんて大袈裟だ。オムライス一つ満足に作れない私は、良い奥さんにはなれるはずがない。それでも、彼の笑顔を見ていたら、絶望的でもなかった。

 これからは、ちゃんとオムライスくらい作れるよう練習しよう。もう少し、食事の中で会話できるようにしよう。

 「あ、旅行の件ですけど、やっぱり、気が進まないなら聞かなかったことにしてもかまいませんよ」

 オムライスを食べ終えると、いつもの遠慮がちな姿勢で言ってきた。本当は行きたそうな本音を隠しているようで見え見えだ。いつもなら苛々するけれど、今はむしろほっとする。これが雪さんなんだ、とちょっと思えるようになった。

 「少し考えます」

 この流れだったら、行くと答えるのが普通かも。でも、人はそんな劇的に成長できないし、私の根っ子は変わらない。とりあえず今は、離婚を保留にして、雪さんに苛々しなくなっただけでも大きな進歩だと思うことにする。気が向けば、旅行に行く可能性もある。

 これから、世の中が、どういうふうに流れていくかは知らない。義務婚が、決定されているのかもしれない。まだ諦めていない反対派が押し切って、却下されるかもしれない。それでも、結婚が、当たり前なものになっても嫌だ。まだまだ分からないことも多いし、納得できないこともたくさんある。愛とか絆とか、人の感情にも、価値観にも疎いところはまだある。雪さんのことも、ほとんど知らないまま結婚した。知ろうと思わなくても、一緒にいれば知りたくないことも、目にしたり耳にしたりして一喜一憂するのかも。いつかは、派手な喧嘩も一回くらいするかもしれない。考えただけで、面倒くさい。

 でも、まぁ。もう少しだけこの結婚は、続けてみてもいいかもしれない。夫婦っていうものも、もうちょっと頑張ってみてもいい。でもそれは、親のためでもなく、義務のためでもなく、自分のためでもない。たった一人の旦那さんである、目の前の彼のために。私と結婚して、幸せだと言ってくれた、雪さんのために。

 そう考えたら、少しはこの佐藤家も、愛せるような気がした。

 


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