おかしな人間とおかしな魔物
人間のいう『魔物』が、人間を襲う生きものか、と問われれば、ハーピィにはわからないとしか答えられない。
ハーピィに言えることは、『魔物』には人間が抱き、発する感情が手に取るようにわかるのだ、ということくらいだ。
もしも、目の前のふたりが自分に対して恐怖や憎悪を抱いていたなら、自分から近寄ることは決してなかっただろう。
身の危険を感じたなら、爪でひと掻きするくらいの攻撃は浴びせたかもしれない。
「マモノも、守ってル。……まず、ジブン」
男ふたりが、どちらからともなく顔を見合わせる。
ハーピィが守るべきものは、それだけだが。
「それカラ……カゾクと、ナカマ。────そのひとハ、あなたの、カゾク? ナカマ?」
「ハリルは俺の親友だ」
大剣の男が断言した。
「シンユウ? シンユウ…………」
それは、ハーピィの知らないことばだ。
ただ、家族より、仲間より、とくべつな何かなのだということだけはわかる。
両手両足を失ったとしても、守り抜きたいもの──
そんなもの、魔物は持たないし、持つはずもない。
なぜなら、いつだって、いちばん大切なものは自分自身に決まっているのだから。
「俺も訊きたい。どうして、俺たちを助けたんだ?」
あまりにも無知、無防備に他の魔物のなわばりへと突進していくすがたが危なっかしいと同時に、傍迷惑にもおもえたから──
それも、嘘ではない。
でも、ふたりのにぎやかな会話が実に楽しげで、もっと聞いていたい気になったのも、理由にちがいなかった。
もっと人間が安全に旅をできた時代でも、これほど暢気な旅人というのが、はたしていただろうか。
近年の旅人たちはみな、ピリピリと神経をとがらせ、張りつめた警戒心をあたりにまき散らしながら街道を行くのが常だった。
ひとりの男もいれば、四、五人のグループもいたが、会話は一切聞こえなかったところは共通している。
「おかしな、人間だったカラ」
むずかしい説明はできないのでひと言に要約してみたら、ローブの男の、ものすごく心外そうな表情が返ってきた。
「…………なあ、アスラン。今、おかしな人間、とか言った? お菓子みたいに美味そうな人間、って方の意味だよな、きっと?」
「冷静に考えろよ。そっちの方が困るだろ」
「困るっちゃ困るけど、おれたちのどこがおかしいんだよ。おれはな、天才と呼ばれたことはあっても、おかしいと言われたことはない。ちょっと嘘だけど。ないったら、ない!」
「いや、おまえはまちがいなく、変だとおもうよ。おまえは、な。おまえだけ……な?」
どうやら同意を求めているらしい。
ハーピィは、大剣の男に向かって、首を振って否定してみせた。
顔を見合わせたふたりの男は、三拍のち、同時にハーピィを指さした。
「でもどう考えても、いちばんおかしな魔物は、自分だろう?」
「そうそ、言ってやれ、アスラン。おかしな魔物におかしな人間とか言われたかねー! 人間を襲うためじゃなく、せっかくやった肉を返すために追っかけてくるなんて、非常識すぎる!」
「うん。ふつうに人間と会話してるしな。そんな魔物のはなしは聞いたことがない」
「それを言うなら、おれたちも、なんで魔物と会話してるんだってはなしじゃねーの?」
「まあたしかに。けど、そもそも、何がいちばん非常識って──おまえの非常識さは、人間のことばを話す魔物の比じゃないけどな?」
自覚があるのか、ローブの男がそっぽを向いて押し黙る。
夕日の射す街道に、乾いた沈黙が落ちた。