〇〇はにげだした!
「追いかけようカナ」
つぶやけば、そうしなければならないような気がしてくる。
この木の元で一晩くらい休んで行けばよかったのに、とおもうが、目的地があって旅をしているのなら、もう戻っては来ないはずだ。
ならば、追いかけるしかないではないか。
「コノ肉を、届けてあげるダケ」
ハーピィは肉片を掴むと、翼をはばたかせて舞い上がった。
二十メートルほども飛び上がって周囲を見渡せば、街道を東に外れた草原のなかに、動く人影を見つける。
ハーピィは、ぎょっとした。
「アッチハ、おばけうさぎのなわばりナノニ」
胸まである草原はたしかに人間のすがたを隠してくれるが、魔物のすがたも隠してしまうので、遭遇する危険性はむしろ高くなるはずだ。
このあたりの魔物は極端に弱くもなければ強くもないので、人間に気づけばみずから寄っては来ないだろう。
だから、街道を行く方がずっと安全なはずなのに。
「うっわー、出たァ」
ローブの男の声がする。
言わんこっちゃない、とハーピィはおもったが、彼らの耳に声は届いていないのだから仕方ない。
「ハリル、肉放れ、肉!」
「おれの昼めしがぁぁぁぁ」
草からぶん、と出てきた腕が、何かを投げた。
茶色い物体が何なのか、今のハーピィには考えるまでもなく見当がつく。
習性なのか何なのか、ローブの男に今にも飛びかからんとしていたおばけうさぎが、頭上を越えた物体を目で追って体を返す。
「今だ!」
とどちらかが声を上げるや否や、ふたりの人間は脱兎も真っ青の素早さで一目散に草原を駆けた。
ちょっと目を離した隙に、木の下からこつぜんと消えるわけだ。
「ゼーッ、はー。つーか、いいかげん、勇者が、戦わずに逃げるってどーなんだ!」
「しょうがないだろ。戦ってケガしても、回復魔法はどっちも使えないし、治癒アイテムはいざというときのために取っておかないと」
「おれが、大技かましてやる!」
「町から出てすぐ、その大技で魔力は使い果たしたんだろう、おまえ」
「マジックソーダが一本ある」
「だから早まるなって。次の町までまだ二日もかかるんだぞ。逃げきれない強敵に遭遇したときのために、奥の手は取っといてくれ」
草を掻き分けて進みながら、言い合いがつづく。
口調がくだけているせいか、内容ほど切羽詰まった感はなく、何だか楽しそうですらあった。
二人連れだからかもしれない、とハーピィは上空を追いかけながらうらやましくおもう。
しかし、仮にも魔物の目を避けているはずの人間が、こんなに大声で会話していていいのだろうか。