まものがあらわれた!!
「…………おい、ハリル」
こちらを見たまま、大剣の男が囁く。
「んー? アスランもいる?」
すっかり休息モードに入っているもうひとりが、地面に下ろした大きな背嚢の中身を漁りながら応えた。
声からすれば、こちらも男のようだ。
彼は、小柄な体をだぷだぷのローブに包んでいる。
若芽色をしたローブには、黒い線と黄色い線がのたうつように、謎の文様が描かれていた。
枝にしがみつけば葉と同化してしまえそうだが、迷彩目的の柄というかんじではない。
「……いるぞ」
「ほい」
何かを手渡された男の瞳が、ハーピィから逸れてしまう。
「ちがう、そうじゃなくて。魔物がいる」
マモノ────
つきん、と胸が痛んだ。
その呼び名は、怖くて、きらい。
「お、おおおおお、おいおい。そんな、だって、休むって言って──」
「あきらめろ」
「うっそだろぉ。もう走れない、走れないったら、走れ…………走りたくねー!」
情けない声を上げたローブの男も、地面に置いていた杖を支えに立ち上がった。
「こいつで、丸焼きにしてやる」
杖の頭についた赤く丸い石の中で、影が不気味にゆらいだ。
「早まるな。『夜のとまり木』は街道のシンボル、勝手に燃やしちゃだめだろ。──ていうか、その杖の火で、枝の上の方にいる、しかも飛んで逃げられる魔物に痛手なんて与えられるか?」
「あ……与えられるわけねーだろッ」
怒鳴り返した男は、ぐすんと鼻を鳴らしながら一度は掲げた左手の杖を下ろしてしまう。
大剣の男が、手渡された何かを、右手の上でぽんぽんと弄んだ。
「どうやら、ひとりみたいだし、こいつでいけるはず。じゃあ、いいな? いくぞ!」
言うなり、ぶんっ、と腕が振り上げられる。
ローブの男も、同時に声を放った。
「ちっくしょー! 持ってけドロボー!」
何かを放り投げたことは分かったが、ハーピィの視界に近づく前に、その物体は途中の枝にぶつかって上昇を阻まれ、落下に転じた。
武器の類に決まっているので、自分のところまで飛んで来なくてほっとする。
そのわりには、殺気がこもってなかった気もしたが。
ぼとっ、と落ちた物体を追って地面に目をやれば、二人組のすがたはこつぜんと消えていた。
夢でも見ていたようで、ぱち、ぱち、とハーピィはまばたきをくり返す。
物体の存在は、夢ではなかった証拠だ。
翼を軽く広げ、がっちりと足指で掴んでいた枝を蹴ると、枝葉の間をすり抜けて地面へと舞い降りた。
「……モッテケ、ドロボー?」
そんなことを言ったような気がするが、地面に落ちているのはどうやら干からびた獣肉のようだ。
それを投げることがどんな攻撃だったのか、ハーピィにはさっぱりわからない。
もちろん、ハーピィは痛くもかゆくもなかった。
ただ、ふしぎなだけだ。
食べるとコロリと倒れてしまう毒でも入っているのだろうか。
が、近づいてみてもそんな不審なにおいはしなかった。
武器とまちがえて放った、という可能性もある。
──そうだとしたら、これは、彼らの食料なのではないのか。
『実が成るのか』
『食えねーなら、どうでもいい』
どう考えても、彼らは食料を欲していた。
なのに、『魔物』のところに自分たちの大切な食料を落として行くとは、何事だろう。
街道を行く旅人はたくさん見てきたけれど、そんな迂闊でまぬけな人間など見たことがない。
旅人にとって水や食料が貴重なことくらい、人間ではない自分だって知っている。
商人が多く街道を行き来していたころならいざ知らず、今は、町を出たら次の町まで補給なしで歩かなければならないはずだ。