見張り一号
「いきなり言われても、困るんじゃないか。人間の持ち物なんか、とくにいらないだろうし」
と、ぽん、とローブの男が手を打つ。
「よーし。じゃあ、川につくまでにゆーっくり、欲しいものを考えてりゃいい。それでいこう、フッ、ハハハ。いいな、案内人兼、見張り一号?」
「ハリル──川につくころには忘れるだろうから踏み倒そう、とかおもってないか?」
大剣の男に向かって、シィ、とローブの男がひとさし指を立ててみせた。
「…………川につくマデ?」
「ああ。俺たちといっしょに来て、魔物のことをまたおしえてもらえる……かな?」
ハーピィはまばたいた。
本当に、おかしな人間だ。
『魔物』の自分に、いっしょに来い、だなんて。
「マモノは、こわいモノ──でショ?」
「怖くねーよ! おれ様を誰だとおもってる。『魔力全解放』が使える、地上で唯一の魔法使いだぞ。つまり、おれは天才、かつ無敵! 怖がるべきはおまえら魔物の方だ!」
「こら、脅してどうする」
胸を張って仁王立ちしても小柄なローブの男を押しやり、もうひとりが大剣の柄を撫でる。
「俺も、こいつを抜くと、負傷覚悟の捨て身攻撃しかできないもんだから。できれば、なるべく魔物との戦闘は避けたいんだ、俺たち」
なるべく戦闘を避けたいというのは、自分たちの食料を与えてでも逃げようとするあたり、言われなくてもよくわかる。
けれど、無知で無防備なだけでなくどこか暢気なところまである、このあきれた二人組は、弱いから逃げているわけではなく、それなりに腕におぼえはあるのらしい。
警戒はしても、自分を恐れている気配がないのは、そのせいだったのだ。
「……いっしょに、イク」
「よおっしゃー! これで、魔物と遭遇してから、ひぃこら逃げずにすむー! 肉も節約できるぞ、やったな、アスラン!」
「ああ、よかった。ありがとう、ハーピィ」
アリガトウ────
それも、初めて聞くことばだった。
けれど、大剣の男が向けたやわらかな表情を見れば、感じたことのないあたたかな感情が、胸にぽこぽことわきあがる。
『夜のとまり木』の下で昏々と眠る旅人たちを見ていたときもそれに近い感情は味わったが、もっと心は静かで、こんなふうに弾んだりはしなかった。
川につくマデ。
ここから五〇キロと言っていたが、そんなもの、ハーピィの翼で飛べば、ものの数分とかからない距離だ。
でも、彼らには翼がないので、一歩一歩、歩いて行くしかない。
その、気が遠くなるような長い時間を、ハーピィは彼らとともに行ける──
魔物の自分と、人間の彼らとが、だ。
そんなことが起こりうるなんて、昨日まで……いや、今日、昼寝をしようと目を閉じたときでさえも、つゆほどもおもいはしなかった。
おもいは、しなかったけれど────
今のわたし、ひとりぼっちじゃない!
ひとりぼっちじゃ、ない。
それだけは、どれほど長い間、つよく、くり返し願ったかわからない。
ハーピィは、住処である『夜のとまり木』を上空から振り返った。
サヨウナラ、と心の中で声をかける。
一度も使ったことはないことばだけれど、木の下にやってくる旅人たちが、よく別れ際にそう言っていた。
だから、きっと今、このときに使うのが正しいのだろう、とおもう。
そうして、勇者と魔法使いに、ハーピィを加えた『おかしな』三人組の旅が、ここからはじまったのだった。