異世界邂逅編3
御薬袋義一は悩んでいた。殺人を行おうとしている輩がいたら誰だって止めに入るだろう。
「どーみてもおもちゃじゃないんだよなあ…」
フードを被った人物は、義一を罵倒した女の子に銃を構えていた。女の子の方は涙と鼻水を流している。銃はピストルとか拳銃のようなものではなく、どちらかというと長い猟銃のように見えた。
「なんだァ?お前ェ?」
「なんだと言われてもなー。うーん、通りすがり?」
声からすると男だろうか。銃を持った男は義一に向かって近づいてきた。1頭身分ぐらい義一より大きい。
「お前ェ、和人だろォ?なんで獣人を庇うんだァ?」
男は馬鹿にしたように義一に問いかける。
「なんでって…普通に殺しはまずいでしょ?」
「何がいけないって言うんだァ?この戦の世の中でェ、殺しをしないで生きていけると思うのかァ?」
男はケラケラと笑った。
「まァ、いいィ。俺は『人殺し』はするつもりはないんでなァ。お前が難癖をつけずに去ってくれれば楽なんだがァ…」
義一は少女の顔を見て、
「まあ、そんな状態の女の子を放置できるほど俺も外道じゃないんでね」
と男に切り返した。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁァ、面倒臭えなァ…」
男はため息を吐き、何やらぶつぶつと唱え始めた。
「万物に宿る五行の精霊よォ、畏みィ、畏み申し上げるゥ。祓え給いィ、清め給えェ、僭越ながら守り給いィ、幸え給えェ…」
「え、なにそれ怖っ…。つーかさっきあった字とかいう奴もやってたな…」
義一は先程の光景を思い出す。
「『按司陀泊』ゥ」
地面からドロドロに溶けた?状態の竜が現れる。
『按司陀泊』とは竜の偽物を土の精霊から生みだす中級陰陽術だが、この術は未完成のようで竜が溶けてしまっている。
「行けェ」
『按司陀泊』は義一にまとわりつく。
「ウエエェ!ぬるぬるしてて気持ち悪い!こっちくんな!」
義一の叫びもむなしく、竜は義一を締め付けた。
「土が、土が口に入る!ゲホ…」
「そのままじっとしていろォ」
男は義一が竜の体に飲まれたのを見て、呆然と見ていた少女の方へ向かって行く。
ボン。
音が響いて、突如竜の体がはじけ飛んだ。土、というより泥が辺りに飛び散った。
「は?」
「はァ?」
男と義一の声がシンクロした。
「ちょっと、何それ…?あんたの後ろのその黒い化け物は…何?」
少女は義一を指さす。義一は後ろを振り返るが、何もない。
「なんだァ…?それはお前の精霊ィ…かァ?」
少女と男は義一の後ろを指すが、義一が見ても何もない。にもかかわらず二人は義一の後ろを凝視している。そこに何かがいるかのように。
「なんだよ?からかっているのか?それともジョークか?」
男は義一の後ろを睨み付ける。何人かの人が路地裏の前を通り過ぎるが、男の視線はそのどれをも見ていない。
「お前には見えていないのかァ?その後ろの化け物は一体なんなんだァ⁉」
「何って…。何にもいねーよ!」
「いるじゃない!はっきりと、アンタの後ろに!」
義一は三度振り向くが、やはり後ろには何もない。通行人が見える程度だ。
男は再度、先程と同じ呪文を唱え始める。
「『按司陀泊』ゥ!」
今度の『按司陀泊』は四匹に増えていた。義一の周りを四匹で取り囲む。
「その黒いやつを消し去れェ!」
義一に『按司陀泊』が向かってくるが、見えない大きな手で掴まれたかのように締め付けられる。そして義一の頭の上でグシャア!と泥が飛び散った。
「俺の『按司陀泊』をォ、食いやがったァ…!」
「精霊が…食べられるなんて…」
男と少女は同時に言った。
残る三つの『按司陀泊』は義一に向かってくるが、叩き潰されたかのように消えるもの、急にグシャアと音を立て消えるもの、そして握りつぶされたかのように消えるもの。どれも唐突に消えていった。
「クソ、おい狐ェ!お前を追うのは諦めるゥ!こんな得体の知れない化け物相手にするなんて俺じゃ力不足だァ。どうせお前は俺に足を撃たれて動けねえだろうゥ?だったらこの化け物に始末されるんだなァ!」
男はけらけらと笑いながら義一から逃げていった。
「うーん、もしかして、異世界あるあるの一つ、『チート能力』が覚醒したか…?ま、おそらくここは異世界だろうな…。あんな高度なマジックが現代社会にある訳ない。…『魔法』だろう…」
義一はそんなことを言いつつ少女の方に歩いてくる。少女は義一を見て怯えを見せるが、足が動かず、ずりずりと後退するしかできない。
「アンタ一体なんなのよ…?そんなに禍々しい精霊見たことないわ…!」
「いやそんなこと言われても、俺にはそれ見えないし…」
少女は首を傾げた。
「アンタが『陰陽術』で生み出したんじゃないの…?」
「それってさっきの奴が使ってた『魔法』か⁉」
義一は興奮気味に少女に聞く。
「近づいてこないで!黒いのが私をじっと見つめているのよ!きゃあ!」
少女は気を失ったようだ。
「え?なにされたんだよ!起きろよ!おい!質問したいことが山ほどあるんだよ!」
「よ、義一くん…?なんだいその『鬼』は!尋常じゃない…」
義一の後ろには字が立っていた。
「う、うわああああああ!く、来るなあ!」
字は何もいないのに尻もちをついて、後退する。
「字じゃないか!どこにいたんだよ!」
「き、君を探していたんだよ!『三上』は人も多いし、道も迷いやすいから!うわあ!」
字はジタバタもがいている。見えないものに襲われているようだ。
「その、お前の言う『鬼』っていうのは俺には見えないし!制御できるかもわからないんだ!」
「お、『鬼』が人の言うことなんて聞」
「うーん...そうだ!おすわり!」
義一がその一言を言うと、字の動きが止まった。
「『鬼』が人の言うことを聞いた…?」
「え、本当に効いたの?」
義一は黒い塊が正座をしている図を一瞬思い浮かべた。それはなかなか面白いと思ったのか少しだけ笑った。
「お、驚いたよ。でも僕の『陰陽術』が聞かなかったのはなぜなんだろう…?」
字は義一に起き上がって近づいてきた。
「…『陰陽術』ってなんなんだ?」
義一は字に尋ねた。字は義一に答える。
「ば、万物を『操る』力だよ」