79――輪廻埋葬者
流石は湧き水、水道から出てくる水よりも美味いのは異世界も一緒だな。
なんて言っても、味覚自体はもうないので見た目での感想でしかないが。しかしそう考えるとどんなに味が不味いものでも食べられるのはサバイバル的にはかなり有利なのでは?
でも虫は食べたくないなぁ……
「はぁ……紛らわらねぇな……」
少しは休もうと思ったのだが、マルメロの容態もピアニーの問題もこれからの行動も、頭の中がいっぱいでどうにも定まらない。とりあえずは山茶花達とさっさと合流して安全を確保しておきたい。緊急事態ではしょうがないとして、できるだけピアニー達の前でゼレノイドの力を使わないようにしなければ。
『お暇ですか?』
「シクラか、どうしたこんな時に。何かそれっぽいことを言いに来たのか?」
『それっぽいとはなんですかそれっぽいとは……まあ、否定はできませんが。で、でも今回は違います! 少し様子を見ていましたが、この島は特殊なようなんです。色々と』
「色々とは?」
『”監視”の目が届かないようです』
いつもの明るい声とは違う、冷たい氷のような声にゾクッとした。
言えなかったことを一気に吐き出したかのような豹変。
シクラは何を言おうとしている?
「監視ってまさか……あのよく喋る天使の?」
『はい。天使はこの世界を管理している、というのは知っていますよね。その管理がこの島までは完全に行き届いていないようです。何者かの妨害によって』
「その何者かは不明」
『はい。ですがとにかく、彼女の目が届かない今がチャンスです。今ならチャンネルも合わせられる……さっき聞きましたよね、文献があると。見に行きましょう」
「お、おう」
シクラに促されるまま、ヒエニアさんが待っているところへ向かい、文献とやらを見せてほしいを頼む。案内されたのは石造りの蔵。中には木製の棚に羊皮紙の本が敷き詰められていた。
書いてある文字はやはり……分かる。
「確か、これがそうだったと思います」
そう言って手渡された酸化して変色した一冊の本。
本というには乱雑な、大きさのバラバラの紙を紐で束ねただけのものだったが、その年季の入りようが、この紙の束がかなり昔のものである事を思わせる。
とりあえず最初のページをめくる。
シクラが横から除きながら文字を読み始めた。
『”これは我々の未来を示す光だ。これを正しく理解する者の為に、私はこれを書き記す”』
正しく理解――?
書いてある内容は正直難解すぎて理解できないものだったが、シクラが所々重要なところを示してくれた。
『”神が創りし全ての世界は、その駒である天使が管理している。生命の魂、そのある程度の運命まで全て。死した生命の魂は天使によって『回収』され、『洗浄』され、再び地上へ還される。そうして新たな命が生まれる”』
「なんかさらっと俺の世界の偉人の何人か蹴飛ばすようなとんでもない事書いてるんだが……」
『”これは『転生』と呼ばれる現象である。輪廻転生の思想は古くより多くの神話、宗教体系で見られるが、重要なのが、この輪廻転生が『苦からの解放』や『次の世界』などというものではなく、天使達による機械的なシステムの一工程にすぎないという事だ。死後の世界などありはしない。それまでに生きた、その人間の情報は全て消え失せ次の関係のない人間へ書き換えられる”』
何か、触れてはいけないものに触れているような気がして、恐怖で足がすくみはじめる。
だがシクラは止めてくれない。
その言葉を止めてくれない。
『”だが、興味深いことに例外もある。天使でさえも転生先を設定できない、最初から同じ情報をもった人間にしか輪廻しない魂がある。これを『特異点』と呼ぶ。この特異点は先も記した通り、死亡後、本来の輪廻転生の過程を経た後に本来なら『洗浄』が行われるはずが、これが行われずそのままの情報のまま記憶のみを失って全く同じ存在へ転生する。無論、同じ世界に転生すれば因果にズレが生じる。天使達は同じ時間束内の別の時間線へ転生させる方法をとった。
重要なのはこれによって生じる『ズレ』だ。この微細な『ズレ』は天使でも修正不可能なほどに繊細かつ深い。みだりに触れれば広がってしまう治りにくい傷口のように。この『ズレ』は『特異点』の魂にマイナスの感情が蓄積される事で大きくなっていく。一度の人生なら平均的な数値だろうが、それが何百何千と転生を重ねる毎に大きくなっていき、耐え切れなくなり漏れ出す。これでようやく『洗浄』と同じ状態になり魂は洗い流されまた転生するのだが、漏れ出した老廃物を浄化してくれる浄化槽を天使は作れなかった。故に、それらは再び溜まり始め意思を持ち、魂に刻まれていたマイナス感情の情報から読み取った人の姿をコピーし全く別の生命として生まれ変わった。
私がいた世界で見た文献では『輪廻埋葬者』と呼ばれていたこの存在は、この世界にも存在を確認した。輪廻埋葬者は本来酷く自虐的な性格で、放っておけば自身の存在を強く否定し、デストルドーに触れ自ら消滅の道を選ぶ。だが、この世界のコレは別の世界から連れてこられた状態で、この世界で何度も死亡し続けた事によって生まれたものだ。恐らくは普通ならその人種の平均年齢のスパンのはずが、天使の介入によってより短いスパンで死に続けたことで蓄積のスピードも速い上に別の世界束であることが原因でなんらかの齟齬が生じ消滅しなかったのだろう。この存在の『輪廻』は永遠に『埋葬』されずに生き続ける事になる。故に新たな名を私は名付けた、
――『Re:Bury』と”』
繰り返す埋葬――永遠に続く輪廻。
俺が夢で見た墓に刻まれた名。
アレはつまり、この世界で死に続けた誰かの事を指していた。
この世界で死に続け、この世界で受けた苦しみだけが抜け落ち、意思を持ち人の形になり生まれ変わった。
『”近年観測されている『ゼレーネ』は恐らくこの『Re:Bury』が原因だ。奴らは人の負の感情をエネルギーとして生きている。負の感情から生まれたのだからおあつらえ向きだろう”』
その誰かとは誰だ――?
――ここまでヒントをやれば分かるだろう。
あの時の、俺を誘うような声。
俺に助けを求める声。
あれは俺を異世界へ転移させる為の天使の罠?
俺が何度も死ぬような目にあったのも、俺を殺す為の天使の差し金?
何故、タイは山茶花と同じ髪飾りを持っていた?
何故、出会って特に何もしていない俺に、マルメロやバルサミナやルピナスやダウニー達は優しくしてくれたんだ?
「なあシクラ……俺はなんなんだ? 彼女達は何者なんだ?」
『やはり、完全に解除されたワケではないようなので、核心に触れることはできません。ですがこれだけは言えます、これは『呪い』。貴方と、そして私達にかけられた呪いなのです』
バルサミナがあの時言った、『呪い』をかけられたと。
それが何を意味するのかはなんとなく理解できてしまった。
俺は……いいや、俺達は連れて来られたんだ、この世界に。
何度もこの世界に転移し、何度も死んだ――彼女達は生きていた山茶花だったのか?
『魂には『ロール』というものがあります。この文献でも記されている『情報』が『ロール』です。これはその魂を宿す者を証明する『証明書』です。これが保たれるのは天使が設定した正しい時間線でのみ。故に、別の世界で長時間過ごすと『証明書』は無効になってしまう』
タイにも死んだ兄がいた。
ローチュにも死んだ兄がいた。
ピアニーにも死んだ兄がいた。
マルメロは拾い子である事を隠していた。
アイツらもみんな……山茶花だった成れの果てだとでも言うのか?
「うっ……ぷ」
『続きは後にしましょう。一気に知るには早すぎました』
だから俺はどうすればいい?
アイツらは俺に何をしてほしい?
俺はなんなんだ!?




