74――最後のオアシス
「着いた――」
ネルセットからの船で数時間ほど揺られ、西にずっと進んだ先にある巨大な島、『ステロン』。
死神姫の時に行ったゲルダンよりも蒸し暑く、快適な船から外へ出ただけで汗ばんでくる。太陽も強く照り付け何もしなくてもみるみるうちに体力が奪われていく。眼前に広がる鬱蒼とした森の中は尚更だ。この点については出発前に説明は受けていたので水分補給はばっちりだ。
俺達が船を降りてからぞろぞろと他のメンバーも船を降りる。
「よおホーズキ、いつぶりやな」
「ジムナスター……さん」
「相変わらず硬いなホーズキは。呼び捨てでええよ」
「じゃあジムナスター。久しぶりだな」
ジムナスターと侍姿のビオラ、そして着ぐるみを着たコスモスがいた。ちょっと後ろの方にはピアニーとバイオレットもいた。ふと、ピアニーと目が合い、それだけで殺されるかと思うほど睨まれたので目を逸らす。よほどあの時のことを根に持っているようだ。
これは、今回も一筋縄ではいかないだろう。
そんな俺達を見てジムナスターは楽しそうにニヤニヤ笑う。
「なんやお前らまだ喧嘩しとったんか。青春やなぁ」
「こんな血みどろな青春は嫌だ」
「青春言うたら、ここでふてこい顔しとるビオラも学生時代は可愛かったんやでそれは」
突然よく分からない事を言い出したジムナスター、何か適当に言葉を返そうとすると、遮るように、ずっと目を閉じていたビオラがカッと見開き口を開く。
「貴様、急に何を言い出す。某がジムと出会ったのは最近だろう」
「そうやったっけ? そやったら学生時代の思い出教えてや。ちょっとここでやってみよか」
「分かっ……待て、いつ漫才をやると言った! ふざけている場面ではないぞ!」
「終わったらコスモスの頭撫でてええで」
「かたじけない」
数年前~
「…………………………」
「なんか言えや! 思い出を教えろ!」
「寡黙な生徒だったのだ」
「棒立ちの漫才で伝わるか! はい最初から!」
数年前Ⅱ~
「斜め前の席からタバコの臭いがする――」
「斬るな! 正義感にしては狂犬がすぎる! なんやねん非行した生徒悪即斬て!」
「いちいち五月蠅いな貴様。斬るか――?」
「なんでお前ほんで生徒が刀持っとんねん脇差しまで完備か。刃向けるな危ないな! もうええわお前生徒全然できてへんやんもうあたしがやるからお前教師やれ」
「かたじけない」
「なんやねんそれ」
数年前Ⅲ~
「あー授業怠いなーおい先公! なにふてこい顔しとんじゃワレェ! ってガラ悪いなあたしの学生時代!」
「教師に向かってその態度――!」
「やっば忘れてた斬られるやん! やめろ死ぬ! ガハッ…………どうもありがとうございましたー!」
「何故某が貴様らに感謝せねばならん……」
「言うとけや」
「ど? 即興でやったねんけど」
「え……?」
「え? やないねん一番困る反応やめろや恥ずかしいやんけ!」
パフォーマンスかと思ったが、明らかに口から出ている血と胴の傷が本物なのだが大丈夫なのだろうか? 何よりもそこが一番気になって頭に入らなかったのだが……
「いやこれはパフォーマンスや」
「実際に斬るのはパフォーマンスか!?」
「これでオチて次普通に出てきたら記憶に残るやろ?」
「命がけすぎるだろ……」
まあ、ナーシセスさん曰くこれでも資金源らしいしこれでいいのだろう。
それよりも今はこっちの事に集中しなくては。
一応作戦では、慣れている仲間の方が戦いやすいからと三手に別れる事になっている。こういう場面でグループ別けは嫌な予感しかしないが、今回は死神姫と違って敵は大勢いる。袋叩きで全滅なんて事にはなりたくない。
「じゃあ、あたしらはこっち行くから。生きてたらまたあおな~」
物騒な冗談を言いながら陽気に手を振るジムナスター。今日はワニっぽい着ぐるみを着ているコスモスちゃんも手を振ってくれている。それに振り替えしているのを山茶花にジト目で見られつつ。
ふと見やると、バイオレットが軽く会釈した。
きっとまた、ピアニーと一波乱あるだろう。
「私達も行くよ。健闘を祈る」
「はい。ソテツさん。無事でまた会いましょう」
ソテツさん達も森の中へ消えていった。
残った俺達も目配せし、問題ない事を確認し合う。
大丈夫だ。俺なら大丈夫。きっとうまくやれる。誰も死なずに帰れるはずだ。だから、お前は黙って見てろ。




