72――決戦前
さて、ある程度準備ができたとかで呼び戻された俺達は、さっきの会議場の小さい会議室に連れてこられていた。そこには俺達の他にナーシセスさんと、変わらずメイド服のアザレアさん、そして始めてみる少女がいた。
その少女の服装は有体に言うと派手? なんというかこう、アイドルみたいなニュアンスの恰好をしていた。こちらを睨むような眼つきは、これまた一癖も二癖もありそうな雰囲気を伺わせる。
そして更に、
「やあ、キミがホーズキくんか。私達も同行することになった。私はソテツだ。よろしく頼むよ」
背が高くてガタイのいい男性と、絵に描いたようなアーチャーな優男とシーフみたいな軽装の女性がいた。アーチャーの方はワラビ、シーフの方はシノブだと紹介してくれた。
ソテツはゴツイ手を差し出してくる。握り返すとなんとも力強くも暑苦しい感触がした。まあ悪人でないのはなんとなく分かる。さほど警戒する必要はなさそうだ。バルサミナも目でそう言っている。
「よろしくお願いします」
「……てっきり、あたし達とアイツ等だけかと思ってたけど」
ぴしゃりと、責めるようなバルサミナの声。
ファーメリが言ったことについてだろう。止めようとも思ったが時すでに遅し、一瞬ピリッとした空気が部屋の中に走った。ナーシセスさんはすました顔で椅子に座っているだけで助けてくれそうにはない。
「これは手厳しいな。しかしまあ、否定はできないね。だからこうして、覚悟を決めてここに来たんだ」
「……へぇ、ま、精々足は引っ張らないようにして」
「す、すいませんコイツいっつも初対面の人にはこうでして……ははは」
笑って許してくれたっぽい辺り、いい人なのは確定だな。
にしてもほんとバルサミナは俺達以外には無駄に辛辣だな……
「……で? 先行してステロンに行くのはこれだけ?」
「みたいだね。あの後、私達以外には誰も行こうとはしなかったようだ。人のことは言えないが、雑魚と言われるのも無理はない。みんな恐れているんだ。あれだけ人がいながらも積極的に凶暴なゼレーネと戦おうとする者は君達や、ほんの一握りに過ぎない。ほとんどは楽な、小型のゼレーネの掃討ばかりやっている」
「そう、だったんですね」
人員不足人員不足と言っていたのはそのせいもあったのか。まあ、元から怪物だった奴ならともかく、素はただの人間が、ステージ5くらいのボスみたいなやつらと延々と戦い続けるんだ、嫌になるのも分かる。いついなくなるかも分からない。どれだけ倒しても生まれ続けるんだ。
ゼレノイドに敵意が向いてしまうのも、ただ恐ろしいからだけでなく、分かり易く敵意を向けやすい人の形をした存在だから、というのもあるかもしれない。
だから今回の作戦は絶対に成功させなくてはならない。ゼレーネの活動を抑えることができればそれだけ、ゼレノイドの問題に対処する余裕ができる。
「でもま、多すぎるよりはいいんじゃないすかね。少数精鋭ってやつですよ」
「前向きでいいなホーズキくん! やっぱり思った通りの子だよ君は!」
暑苦しいなやっぱり……
それにしても、部屋に集められたはいいが、一向に誰も来ない。何時から何を始めるも何も言われず連れてこられたので、よほどバタバタしていると見える。
「お待たせしました!」
バン!!
と乱暴に開け放たれたドアからスーツを着た男が入ってきた。汗がだらだらで息も絶え絶え、全速力で走ってきたのだろう。
胸に抱えていた紙の束を俺達全員に一枚ずつ配っていく。
「おおまかな日程と計画が決まりましたので書面にてご確認ください。この計画の上で、皆さんの中から本作戦に参加する方を決めていただいて、後日その方達で、ここで当日の動きを話し合っていただきます。今日はこれで解散です! では、私はこれで! まだ仕事がありますので!」
「あっ、ちょ」
質問など受け付けないと、男はまた乱暴にドアを……そもそもちゃんと閉めずにまた走って行った。
いったいどんだけ忙しいんだ? ここでくつろいでるのがちょっと申し訳なくなってきたんだが……
「……ファーメリは人使いがエグイくらい荒いことで有名だ」
「うんなんとなく分かる」
それで……? 誰が行くか決めてって話だったけど、どうすっかねぇ。
「今日は帰るか? あっちでゆっくり話し合うか」
「……賛成だ。ここは窮屈で仕方ない」
「その前に何かお土産買って帰りたいです!」
「偉いな山茶花は~撫でてやるぞ~」
俺も早くこの国からは出て行きたい。あのファーメリという少女、善悪という観念から少し離れて見ることになるが、そうした場合は悪人とは思えない。ただやはり善人とは思わない。つまり気に入らない。また鉢合わせてしまう前に、さっさと帰らないと。
「そうか帰るのか。私達は用事があるので、ここでしばしお別れだね」
「ああ、はい。じゃあまた、ここで会いましょう」
軽く挨拶を交わして、廊下に出る。帰らないのか? とナーシセスさん達の方を見ると、ふわぁ~と欠伸をと伸びをしながら立ち上がると、暑苦しい男性のその仲間達と同じく軽く挨拶を交わして部屋から出てきた。
「寝てたんですか?」
「どうせこんなこったろうと思ってね。案の定だよ。それに私その紙もらってない」
「寝てたからじゃないですかね……まあ一人一枚渡すのもどうかと思いますけどね」
「ははっ! 確かにな!」
廊下を歩きながら談笑する。
ナーシセスさんとの会話はどこかそれ以外の人とは違い安心する。無論山茶花は殿堂入りだから安心云々は当たり前として、この人は他人との会話の時の変なプレッシャーを感じない。
何を話しても快く返してくれる安心感があった。
「ところで、そっちの人は……」
「おっとそうだ、忘れてたよ紹介するの」
「忘れてたってどういうことよ!? いつするのか待ってたけど言い出せなくて困ってたんだけど!」
待ってましたと言わんばかりに大声を張り上げるアイドルみたいな派手な服の少女。なまじ広い廊下だけあってよく響くし、とても綺麗な声をしていた。
「えーっと、なんだっけ?」
「なんだっけてなに!? よく分からない曖昧な弄り方はやめて! いや弄るのはそもそもやめてよね!」
ジムナスターと似たような方かな?
「ホーズキとか言ったわね、アンタ今ジムナスターと仲良さそうだなとか思ったでしょ!」
「思いました」
「やっぱり! 確かに話は合うけど私はお笑い芸人じゃないから! 私はアイドルだから!」
マジでアイドルだったのか!?
メイドさんは戦闘力高くても違和感ないからともかく、どうせ派手なかっこうしてるだけで魔女とかなんだろうな~と思ってたらマジでアイドル!?
アイドルもあったのかこの世界……戦えるのか?
「ふぅ、私はニンファー。よろしく……どうしたの呆けた顔して? あまりの美少女さに驚いて、君もファンになったのかしら?」
「多分、戦えるのか? と思ってるんだと思うぞ」
ナーシセスさんの代弁の通りだ。
この人もナチュラルに心を読んできたことに関してはもう言及すまい。
はぁ……と多きくため息をついて肩を竦めるニンファー。その透き通る美声は言葉に妙な説得力を持たせてくる。
「気持ちは分かるけど戦える奴だけが偉いってのは大きな間違いよ。こんな時だからこそ大衆娯楽は必要なのよ。特に私のような可憐で歌って踊れる『アイドル』はね」
「ファンは99%おじさんだけどな」
「うるさい! ファンに年齢も性別も関係ない! とにかく、そういうことだから私には戦闘力は必要ないし、断じてジムナスター達と同じお笑い芸人ではないから!」
「なるほど……なんかよく分らんけど分かった」
「反応が適当すぎる! もっと喰い付いて!」
やっぱり同じじゃないか。
「まあいいわ、大体はこのサーヴァリアの闘技場貸切ってコンサート開いてるから、気が向いたら見に来てよ。平和になったら私達全員でアイドルグループ作るって約束してるし」
「あれ? してたっけそんな約束」
「してたわよ!」
まあなんか楽しそうだしいいか。
平和になったら……か。もし本当にこの世界が平和になったら、その時俺はどうするんだろうな。その時になってもまだ元の世界に帰る方法が見つかっていなかったら……?
その時はまあ、その時に考えればいいか。
もう正直、山茶花とこの世界で平和に暮らせるなら帰る必要もない気がしてきたし。
「……どうしたホーズキ」
「なあバルサミナ。今俺考えてることも、分かったりするのか」
小さく、何かを言おうと息を吸い込んだバルサミナは、すぐに口を噤んだ。言いたいことはあったが、きっとそれは俺にとって聞くべき言葉ではないと判断したのだろう。つまりバルサミナは分かっている、俺が何を考えているのかを。
「……あたしにだって、分かることと分からないことはある。テメェで決めるべきことは、他人――いや、他人のあたしには分からない」
「そっか、そうだよな。ああ、そうだ」
廊下は一面ガラス張りだ。
会議場は海沿いにある。丁度、水平線を染める夕焼けの乱反射が見える。淡い赤に染まった海面に目を奪われた。
黄昏に染まるガラスの向こうに、俺の意思に反して不敵に嗤う俺が写った。
@
「で、誰が行くかって言う話なんだけど」
高速船でギルドに戻って早速作戦会議だ。
言葉の通り、誰がステロンに向かい、誰が残るのかを決めなければならない。
真っ先に手を挙げたのあマルメロだ。
「はいはいはい! 勿論連れて行くよね!」
「マルメロは言うまでもなく連れて行く。火力担当だからな。で、俺は行かないといけないしそうなると山茶花もだから、これで三人だ。個人的にはダウニーはいてほしい。ネクロマンスは融通が利く」
「食べ物があるならどこでも行くの!」
これで四人。
貰った紙にはできるだけ二人くらいは戦力を残しておいてほしいと書いてあった。全員が行ってはギルド本拠地の守りが薄くなってしまう。その間にヴァイタルに襲われでもしたらジ・エンドだ。
「なら我が残ろうか? 行っても好き勝手撃てなさそうじゃし。ていうか我、全然戦ってないような気がするのじゃが」
「……お前が前線で戦うと周りに被害が出るだろうが」
「そこが悩みじゃな。ま、そんなわけで我が残るのでバルサミナが――
「……いや、あたしが残る」
バルサミナの言葉に全員が声の主を驚き見た。
いつもなら俺が心配だからなんとか言って無理やりにでも着いてきそうなものだが、普段の眉間に皺が寄った表情ではなく、軽くほくそ笑んだ忍者少女はこう言った。
「……あたしこそ行っても役には立たない。あたしの暗殺術は人間用だ。恐らく混戦になるから、あたしは邪魔になるだけだ。だがヴァイタル相手ならそれも存分に発揮できる。こちらに残った方が建設的だ。それに」
「それに?」
「ホーズキはもう強い。あたしがいなくても一人で戦える」
「そう、か。分かった、お前がそう言うならそうしよう。残ってくれバルサミナ。俺は必ずハッピーエンドを連れて帰ってくる」
「ふん、期待してるぞ」
しかしこれで引けに引けなくなった。
このバルサミナにここまで大口を叩いたんだ。これで失敗したら何をされるか分かったもんじゃない。そう、これで、決心はついた。
「あー、あれじゃな、そういうことなら我も残ろう。バルサミナだけではコミュニケーション能力が無いに等しい。心配じゃ」
「……余計なお世話だ」
「まあ確かに俺もそれは心配だな」
「……おい」
バルサミナの対人能力が壊滅的なのは事実だ。
そこを有り余るほど補ってくれるルピナスが残ってくれれば安心だろう。よし、じゃあこれで決まったな。
ステロンへ向かうのは俺と山茶花、マルメロ、ダウニーだ。
こうなってくると、俺が一番の年長者になるのだから今まで以上に気を引き締めていかなくてはならない。これは恐らくバルサミナからのテストでもある。
――「あたしなしで無事で帰ってこい」、という期待の表れ、だと思いたい。
『まあ、他の誰を犠牲にしても山茶花と生きる――と言った方が正しいな』
うるさい、勝手に心の底の底にある考えを持ってくるな。
それは最後の手段だ。他にどうしようもなくなった時の為のものだ。ソレをするような状況にはしない。
『どうだか、俺が今まで自分の力で救えたモノがあったか? 助けがあった事を差し引かずとも、守れたモノは妹の命だけだ。そうだろう? これからもそうだ。最後に俺が護れるのは妹だけだ。どれだけ強大な力を手に入れようとも、運命の歯車は決まったようにしか動かないぞ』
「おにーちゃん……?」
「よし、じゃあこれで決まりだな。会議終わり! 飯でも食いに行くか?」
「行くの!」
「ちょっとダウニーさん!」
「いつの間にダウニーちゃんを手籠めに!?」
抱き着くダウニーの頭を撫でながら、キレる山茶花を宥めながら、茶化すマルメロに怒りながらみんなで食堂に向かう。
その間もずっと、心の中で俺の闇は俺に囁き続けていた。




