71――それでも世界は流れていく
ファーメリに言われた通りに進んだ道の先、確かにそこにはいかにもな飲食店っぽい建物があった。
二階建てで、二階部分は外から見ても分かるほどに生活感がある。
店構えも特に怪しいところはない。バルサミナと山茶花に目配せし、最大限の警戒をしつつ小料理屋みたいな引き戸を開けた。
「おー、いらっしゃ――」
「ロードさん、本当にここにいたんですね」
時間が止まったような顔をしていたが、この人は間違いなくロードさんだ。ちょっと奥を見ると、他の二人もちゃんといる。
殺されていなかったことにひとまず安心だ。
店の中には他の客はいない。第一印象はちょっとお高い居酒屋みたいな感じだな。焼いた鶏肉の香りが鼻孔をくすぐる。
「なんだよホーズキ、あれか? ファーメリの差し金だな?」
「まあ、そんなとこです」
「そう、か」
少しぎこちないロードさんの反応に、俺も話しづらい。ただ、気を遣ってくれたのか、作業の手を止めて厨房から出てきてくれた。
その力強い印象は変わらない。あの時、俺を助けてくれた命の恩人だ。
「ホーズキ……タイは、どうなった」
その話は俺もしようと思っていたから丁度よかった。
俺は何も言わず首を横に振った。タイが確実に危険に晒されるのは俺も分かっていたことだ。きっと、ロードさんもタイが俺に着いて行く分かっていたのだろう。
だから、何を言う必要もなかった。
「そう、か……すまない、ホーズキ」
「いいえ」
顔を殴られた俺の体は壁まで吹っ飛んだ。
それほど広くない店の中だ、体の中への衝撃は凄まじい。
「な、何を――
庇う様に山茶花が俺に駆け寄ろうとするのを、バルサミナが止めた。
「……男にはそういう時があるんだろう」
@
「大したもんは出せねぇけど、まあ食ってけや。なんかデカいことやるんだろ? 腹が減ってはなんとやらってやつだ」
「ありがとうございます」
カウンター席に山茶花とバルサミナに挟まれて座りながら、三人でメニューを見る。
ちなみに、俺はもう完全に慣れていたが文字は日本語だ。
酒うんぬんはもう嫌というほど思い知ったので、このどう見ても焼き鳥なものを注文した。
ロードさんは慣れた手つきで網の上、恐らく炭火で焼きながら俺達に声をかけた。その声色はどこか優しげだ、あの時に比べて。
「見違えたなホーズキ。あの時の頼りない小僧とは思えねぇな」
「はは……まあ、色々ありましたから」
そう言いながらバルサミナを見る。ツンとした表情の少女を見て、ロードさんは軽く笑った。バルサミナのように着丈――もとい気の強い女性といると嫌でもメンタルが鍛えられる。多分、ロードさんもそれを察したのだろう。
「色々聞かせてくれよ、今までの話」
「ロードさん……その前に俺からもいいですか」
「分かってるよ、なんでこんなことやってるかって言いたいんだろ?」
「アイツらに脅されたんですか?」
「脅された……てのは、ニュアンスとしては間違ってないな。俺達はあのファーメリに『ホーズキ達を見逃す代わりに働け』と言った」
ロードさんは、チラッと見えるバックヤードで仕込みをしている二人を横目に見た。
「あいつ等は迷わず俺に賛同してくれた。お前達を自由のままにしておく為にな」
「……なるほど、お前達はホーズキ含めた私達がサーヴァリアに捕まらない為に働く、それを知ったあたし達は、お前達を牢に入れない為に働かないといけない訳だ」
バルサミナがそう言った。
ファーメリはさっきほんの少し会話しただけでも分かる性格の悪さだ。はっきりとそうは言っていなくとも、盗賊というれっきとした犯罪者を俺達をダシに働かせているのは、つまりそういうことだろう。俺達からもさり気無く逃げ場を奪っている。
「ホーズキ、ファーメリはヤバい。難しい話だと思うが、直接は関わらない方がいい。ましてや逆らうなんてことがあれば……」
「大丈夫ですよ。あなたが助けて、鍛えてくれたんです。そう簡単には死にませんよ」
俺を助けてくれた人達の為にも、そして俺の為に死んだ人達の為にも、俺は――俺と山茶花は絶対に生きなければならない。
ファーメリは確かに恐ろしいが、俺達が生きる弊害になるのであれば、いずれ取り除かなくてはならないだろう。たとえどんなことになろうとも。
「なんだよ……泣かせてくれるじゃねぇか。分かった、じゃあもう何も言わねぇ、サービスしてやるからたらふく食ってけ。にしても、サザンカだっけか? やっぱりタイに似てるよなぁ」
「わたしはあの時があの時でしたから、よく分からないんですけど、どんな方だったんですか?」
「そうだな――
ロードさんはタイの過去の話をしてくれた。
タイもかつて、兄が死んだ後は奴隷として働かされていた。実質お手伝いさんみたいなものだとは言っていたが、一般市民よりも身分は下。やはり暴力を振るう者はいる。ロードさんも奴隷として働いていた時に、虐待を受けているタイを見つけ、殺された自分の子どもに重ねて、気が付けば助けていたらしい。
二人で逃げて、途中色々あって他の二人と出会い、行く当てもないので盗賊を名乗ってものを盗んで生計を立てていたようだ。
あの時は喧嘩をしていた二人だったが、ロードさんと二人きりの時は驚くほどに塩らしかったとか。それを聞いて驚いた。タイもまた、ロードを兄と重ねていたのだろうか。
「そうだ、ロードさん。これ……」
「そりゃタイが持ってた髪飾りじゃねぇか。そうか、アイツの形見なんだな……まだ、墓作ってやれてねぇんだ。建ててやってくれねぇか」
「分かりました」
渡しておこうと思っていたが、ロードさんがそう言うならその通りにしよう。
場所はやはり、タイと過ごしたあの場所がいいだろう。
「じゃあさっそく、今から行ってきます。腹もいっぱいになりましたし」
「おう、頼んだ。俺は店空けれねぇからさ、代わりになんか言っといてくれ。アイツは怒るだろうけどさ」
「ええ」
まだ時間はある、移動は徒歩だが言っても二キロくらい。今の俺達の体力なら、山茶花でも行き帰りで十分有り余るくらいは余裕がある。夕暮れまでには戻れるはずだ。
三人で枯れた地面の上を歩く。
バルサミナも特に不満はないようで無言で俺の隣を歩いている。しかし、エスティパの時のように、どこかまた様子がおかしい。あの髪飾りを出した時くらいからだ。
何かあったか聞こうとしたタイミングで、ふと、山茶花が口を開いた。
「やっぱり……わたしも同じのを持ってます、あの髪飾り」
「え? いや、確かに山茶花にも髪飾り買ってやったことあったけど……」
確か山茶花の誕生日にあげたのを覚えている。
山茶花の名前の基となったサザンカの花をかたどった髪飾りだったが、それは白色だったはず。確かに形は似ているがこれはピンク色だ。
「サザンカの花には、色によって花言葉が違うんです」
「そうなのか?」
「もう、何回か言いましたよ。全体での花言葉は『困難に打ち勝つ』『ひたむきさ』、赤は『謙譲』『あなたがもっとも美しい』、白が『愛嬌』『あなたは私の愛を退ける』、桃色は『永遠の愛』です」
「あんまり考えて選んでなかったな……サザンカの花の髪飾りだって言うから選んだんだけど、意味的には赤の方がよかったか?」
「別にそこまで気にしてるわけじゃないんですけど、問題はそこではなくて」
「ああ、そうか」
そうだ、かんっぜんに感覚が麻痺していたが、俺が山茶花にあげたものと色違いの同じ髪飾りがこの世界にあって、しかもタイが持っていた、これが気になると山茶花は言いたいわけだ。
山茶花は自分の髪飾りを俺に見せた。どうやらずっと肌身離さず持っていたらしい。それは嬉しいが、今は置いておく。
山茶花の物と見比べてみても形状は全く同じ。
いや、ピンの部分に刻まれた銘柄まで同じだった。
ゾクッと、背中を駆けあがる冷たいものを感じた。
「なんで……こんなの、偶然とかじゃ説明できねぇだろ……」
「考えられるのは、エスティパの荒野で拾ったノート然り、タイが別の世界から来た人で、おにーちゃんと同じお店で買った髪飾りを持っていた、というのが一番自然でしっくりきます」
「そんな上手い話が……いやでも、実物が目の前にあるしな……」
異世界からの来訪者がそうおかしなものではないとすれば、それで説明は付くが、何かこう、喉に小骨が引っかかる。
「……あたしも何度か、同じものをこの世界で見た」
「マジかバルサミナ!?」
「……ホーズキ達のいた世界との時間流の相違は分からないが、おかしな話ではない」
「まあ、そうか。そうだよな。だがまあ、覚えておいて損はなさそうだ。俺達が帰るヒントになるはずだ」
そんな風に喋りながら歩いていると、いつの間にか目的地に到着していた。
時間の流れとはかくも早いものだ。
確かに場所はここのはずなのに、あの地下牢へ続く階段はどこにもなかった。既にコンクリートのようなもので埋め立てられていた。
「これじゃあお墓、建てられませんね……」
「関係ねぇよ」
肌身離さず、ずっと持っていたロードさんに貰った短剣を取り出して、固い地面の上に突き立てた。ゼレーネの力を複数取り込んだ人間の腕力は、俺自身が思っていた以上に力を齎した。埋め立てられた地面は音を立てて崩れる。
ただ、完全にその中まで掘り進むことはできないようだ。そんな準備もないしな。
だがこれでいい。短剣の前に髪飾りを置いた。
「わたし、結界貼っておきます。荒らされないように」
「ありがとな山茶花。タイも喜ぶ」




