70――他人の英雄は怪物
会議場に入ると、待合室なんて行く間もなくすぐに会議室へ連れて行かれた。どうも、休憩している暇なんてないらしい。それだけ事態は困窮している。
クソ広い荘厳な部屋の中に、数メートルはある楕円形の机。既にその周りには人が敷き詰められるように座っていた。全員がギルドに所属しているパーティの代表者達だ。俺達も案内された席につく。上座の方には、恐らく偉い人が座るのであろう少し広めのスペースが取られた場所があった。
さっき会ったファーメリを始めとして、ルドベキアさんにアザミさん。ルドベキアさんとは別の意味で胡散臭い細めの男性や初老の女性などなど。リコリスは来ていなかったが、エリシオニアの国旗が掲げられた場所には代理と思しき人物が座っていた。
既に俺達以外の全員が来ているようにも見えたが、よく見ると1席だけ開いていた。
マルメロがいたらため息をつくだろうな。
「ちょっと! またサマギ来てないじゃない!?」
ファーメリが怒りを露にして声を荒げる。
”また”と言っているところからするに、何度も無断で欠席しているのだろう。
机に置いていた水を乱暴に一気飲みすると、ファーメリは周りに聞こえるほどにため息を吐いた。サマギがどんなものかこの身で体験した俺としては少しは同情する。
「まったくあの面白変態集団は隣の国のくせに……もういいわ。アイツらは居ても居なくても変わんないし、そろそろ始めるわよ。ああ、お堅い挨拶とかいいから、手早く終わらせましょ」
ファーメリが上座の椅子から立ち上がり、手に持った分厚い資料を上に放り投げた。
当然バラバラになる紙切れ達だが、怪しい紫色に包まれたかと思うとひとりでにそれぞれの机に移動した。まるで意思を持つように。
バルサミナが俺に耳打ちする。
「……どうやらファーメリも魔女らしいな」
「なるほどな」
護衛をつけていなかったのはそれが理由か?
自分の身は自分で守れるという意味だろうか。
「とりあえずこの資料、後で各自見ておいて。概要だけ言っておくから。これから我々ギルドはゼレーネへ大反攻作戦を開始します。ステロンの不浄な空気が他の地域で活動するゼレーネのエネルギー源の一つである事が確認されたから、それを潰そうってわけ。で、その為に外からの爆撃とかも考えたけど、あいつ等も馬鹿じゃないからね、反撃の可能性を考えて厄介なゼレーネを先に抑えてもらおうと思ってね。先行工作部隊ってやつ?」
それを誰にするか、今から決めたいらしい。
それにしても、ステロンってどこだ……?
「……サーヴァリアとサマギがあるドレッド大陸の西、一面の森に覆われた島国だ。ゼレーネの巣窟になっている」
「流石バルサミナ」
てことは、森の仲間達みたいな感じにゼレーネが好き勝手跋扈しているってか。
そこに人を送り込んでゼレーネ倒して来いとか、鬼畜にもほどがあるな。案の定誰も挙手しない。当たり前だ。
「どいつもこいつも根性なしね……ナーシセス、アンタ達は勿論行くわよね?」
「無論だ。あぁそうだ、もう一組推薦したい」
「へぇ、それはどこの誰かしらねぇ?」
「分かってるんなら話は早いなファーメリさんよ。ホーズキ!」
「!」
ナーシセスに名前を叫ばれ、思わず立ち上がってしまった。
視線が一気に俺に集まる。こういう視線は何度も味わった。奇異の目で見られることには慣れている。
まあ、どの道俺は行かなくてはならないだろう。行かないという選択肢が俺の中に生まれることはない。ゼレーネが減ることで世界が少しでも平和になるのなら、山茶花をこれ以上戦いに巻き込むこともなくなるはずだ。
「アンタ達のように何もしなかった雑魚と違って、この男は単身で死神姫を駆除したの。英雄という言葉に偽りはないわね」
『あんな少年が死神姫を……』
『あの怪物と戦えるなんてそれこそ怪物ね』
『ゼレーネと何が違う』
昔を思い出す。
まあ厳密に言えば、元の世界にいた時とは真逆だけどな。あの時は奇異や嘲笑、今は畏怖か。人の為にならないゴミでも、人の為になった人殺しでも、結局周囲からの評価なんて変わらない。それらを左右するのは外面、コミュニケーション能力、それら実際に行ったこととは関係のない能力にしか起因しない。
一人で百人の犯罪者を殺した英雄は、間違いなく誰からも喜ばれないだろう。
「私語がうるさいわよ虫ども。怪物もまともに殺せない、川遊びしてる一般人すら守れない体たらくでなに言ってるのかしらね? 嫉妬ならおうちのベッドでしてなさいな」
「ファーメリ……」
「勘違いしないで。これに懲りずにまたゼレーネを殺し、人の役に立ちなさい。手を抜いた時はアンタもこの虫どもと同等よ」
その後は、厄介なゼレーネを抑えた後の行動についてだったが、ほとんどが俺達と関係のないもので後半は寝ていた。山茶花とバルサミナは呆れていたが、俺としてもこの眠気にはほとほと困っている。最近は特に顕著だ。ゼレノイド化の副作用か何かだろうか?
まあとにかく、会議はようやく終わりを迎え、俺達は飯でも食おうかと街に行こうとしていたところだ。その後は、ロードさん達に会いに行きたいと考えている。
準備やら何やらで、出発にはまだ数日かかるらしい。それまでに準備を整えておけとのお達しだ。
「何食う? ここの店全然知らねぇけど」
「……なんでもいい。サザンカが好きな店選べ」
「ほんとですか!? じゃあ……」
ちなみに、味覚については誰にも話していない。
バルサミナは恐らく気が付いているだろうが、少なくとも山茶花に言うつもりはない。
山茶花がパンフレットや地図を見ながら店を選んでいると、背後に気配を感じた。俺達に意識を向けた気配を。
「あら、これから食事? 余裕ねぇ」
「ファーメリ、さん。さっきはありがとうございます」
「なんの事かしらね。それよりも、食事の後はどうするの?」
「それは……」
「盗賊団にでも会いに行く?」
どうやら、全部知っていたようだ。
サーヴァリアの首相なのだから当たり前か。
「ギルドに入ったばかりなら捕まえられたけど、今となっては軽く英雄だものね。見逃してあげることを感謝しなさい」
「分かってたのか、ミザクロが何をやっていたのか。奴隷の教育や売買が全部汚いもんだとは言わねぇけどよ、アイツのやってた事はどうなんだ!」
「こっちとしても、潔癖な経営に傷付けられたくなくて困ってたの。一番の収入源だからと言って、学園長もグルになって捜査をすり抜けてたみたいでね。正直、殺してくれて感謝してるわ」
「……っ、ああそうかよ。行くぞ山茶花、バルサミナ」
何を言っても空気を掴まされるみたいにすり抜けられる。ルピナスのように好意を感じる相手ならともかく、第一印象はおろか会う以前からきな臭いイメージだったファーメリのこの態度は気に入らない。これ以上話したところで俺達に益はない。不快感が増すだけだ。
「盗賊団に、会いたいんじゃなかったの?」
俺の背中に投げかけられた言葉。
無視しようと思考から追い出そうとする。だが、わざわざその言葉をもう一度、強調して言った。これを意味するところは?
ロードさん達は、捕まったのか――?
考えてもみれば当たり前だ。世界各地に憲兵なんて派遣できる人員と行動力のある奴らが本気になれば、数人しかいない盗賊なんて簡単に捕まえられる。
どういうことか、など、聴く意味もなかった。
「どこにいる、ロードさん達は」
「怖い目。心配しなくても牢屋には入れてないわ。もう一度奴隷にするにしても、あいつ等全員逃げ出してたから、一度全てのカリキュラムを履修してなお脱走した奴隷は、また奴隷にできない決まりだし」
中々答えを言おうとしないことに苛立ちを覚える。
分かっていて、ファーメリは俺をおちょくっている。俺があの時どんな思いだったか、どんな目にあっていたか、ましてやタイのことだって全部知っているはずだ。こいつはこのサーヴァリアの長なんだ。
「ロード達ならこの通りを真っすぐ行って、二番目の角を曲がった先にいるわ。今から食事でしょ? そこで食べて行けば?」
その言葉に絶句する。
ロードさん達は、飲食店で働かされているのか? その意図は分からないが、この国における奴隷というものの扱いを考えると、結局は同じなのではないか? そんな疑問をぶつける暇もなく、また誰かが会議場の方からやってきた。
手を振りながら、若い男性がファーメリの名を呼んでいる。
「ファーメリー! 何やってるんですかっ……て、お話し中でした?」
「げっ……」
さっきまで悪の総帥みたいな顔をしていたファーメリの顔色が凄まじい速度で変化するほどの何者か。スーツを着た真面目そうな、しかしてどこかふわふわした感じの男だ。
「おっと、申し遅れました私、ファーメリの補佐兼執事的なことをやっておりますラヴァンドラと申します。以後お見知りおきを」
「は、はぁ……」
返答に困っていると、ファーメリがラヴァンドラの首根っこを掴むようにして小さい声で話し出したが、正直はっきりと聞こえている。
「ちょっとラヴァンドラ! アンタが出てくると私の威厳が落ちるから下がってなさいって言ったでしょ!?」
「いやだって、ファーメリがこの時間はお昼ご飯だから、いなかったら呼びに来なさいって言ったんじゃないですか。忘れました? 今日はファーメリの大好きな特大オムライスですよ今朝喜んでたじゃないすか。オレが精魂こめて作ったんですよ」
「ぐっ……し、死刑よ! 今度という今度はもう我慢ならないわ!」
「ま、マジですか!? 死刑かー嬉しいなぁ、ファーメリに殺されるなら今までファーメリの為に尽くしてきた甲斐がありますよ。集大成ってやつですねファーメリの為に過ごしたオレの人生の」
「キモイ! 普通にキモイ! もう帰るわ! アンタ達! 今のこの一連の会話を他言でもしてみなさい。どうなるか分かってるでしょうね!」
クソがー! と叫びながらファーメリは会議場の方へ走って戻って行った。
ラヴァンドラも、軽く一礼しただけで特に言わずにその後を追う。複雑だ。あまりにも複雑な気分だ。バルサミナと仲間になった当初のあの疲れを感じる。
「あぁ……どっと疲れた」
「……ご愁傷様だ。で、行くのか」
「ん、ああ。そうだな。話したいこともある。勿論行くよ」
ファーメリに言われた通り道を歩く。
その先には――




