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また、私しかいない世界で  作者: 井土側安藤/果実夢想
第七章――I forever with you.
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66――自慰の対価

「よっ、スノーフ」

「おはようございます。今日もいい天気ですね。確か、今日ご出発でしたよね?」


 朝、俺は真っ先にホテルの酒場に向かった。

 店自体は開いていないが、店の前で朝の仕込みをしていたスノーフがいたので声をかけると、天気について言及した。確かに今日は快晴。スノーフの言葉に偽りはない。

 完全な盲目、という訳ではないだけかもしれない。


「ああ、昨日はありがとな」

「いえいえ、私はただ割引券渡しただけですから。でも、喜んで頂けたようで幸いです。どうです? お土産に一本。今なら無料で差し上げます」


 そう言って酒瓶を差し出した。

 一瞬、山茶花とルピナスが脳裏をよぎったが、別に俺達へのお土産である必要はどこにもない。ナーシセスさん達にも買っていこうか。

 飲めそうなのはナーシセスさんと、多分あのお笑いコンビくらいだろうし2、3本くらいでいいかな。


「金出すから一本とは言わず三本くれ。世話になってる人へのお土産だ」

「まいどありです」

「へっ、買わせ上手だな」

「どういたしまして」


 三本も一人で持って行くのは大変なので、手伝ってもらう事になった。

 少しでも話す時間を長引かせたかったので好都合だ。

 一本だけ持ってもらい、ホテルの廊下を並んで歩く。


「次は、いつ頃ここに来てくれますか?」

「さあな。また暫く後になるだろうけど、会いに来て欲しいってんならいつでも来るぞ?」

「ご冗談を。きっと、私が思ってるよりも忙しいはずです」

「まあな」


 苦笑しながら答える。

 そう、未だやることは山積みなのだ。ゼレーネ退治を最優先に、ヴァイタルやアザミさんの事もある。ロードさん達のことだって気になる。まだ、タイのことを伝えていない。

 休んでいる暇なんて本当はない。もし、休まなくてもいいような体になれるのならなりたいくらいだ。


「人間って、やっぱり丈夫な方がいいですよね」

「どうしたよいきなり。まあ、丈夫な方がいいのは確かだな。だからと言って無理をするのもダメだが」

「ホーズキさんって、無理してそうな顔してます。クマができてますよ」


 返す言葉もない。

 自慢じゃないが俺はこう見えてめちゃくちゃ無理をしている。バルサミナにはバレてしまったが、超が付くほどの劣等感の塊だ。自分以外の全ての人間が、自分よりも優秀に見えるし、実際そうだった。クラスの奴等が何か話す度に、俺をあざ笑っているような錯覚に陥っていた。

 そんな俺の心の拠り所だった山茶花にさえ嫉妬していた。山茶花は小さい頃から秀才だったからな。一番近い所にいながら、俺の一番のコンプレックスだった。


 自分の力を理解し他人に頼ってもいいと知った。


 だが、山茶花を守ることに関しては妥協してはいけない。

 山茶花は俺が守らなくては意味がない。

 俺だけが山茶花を護れる存在でなくてはならない。


 そうでなければ、俺がアイツを した意味が――ない。


「この部屋ですよね」

「ありがとな。仕事中だってのに」

「親方には言ってますから。心配しないでください。では、私はこれで。あ、そうだ」


 スノーフは、はっと思い出したような顔をすると、ポケットから何かを取り出して俺に差し出した。

 正六面体の綺麗な宝石だ。ワインレッドの透き通った色は心が吸い込まれるようにさえ感じられる。これを俺にくれる、という事か?


「いいのか? こんな高そうなもの」

「いいんです。この辺りで取れる安価な鉱石ですから。これ、集めるの好きなんです。私を忘れないように、持ってってもらおうと思いまして」

「そんなことしなくても忘れねぇっての」

「いいですから、貰ってください」

「まあ、そこまで言うなら……」


 貰わない理由もないので受け取った。

 満足した顔で手を振りながら来た道を戻っていくスノーフを見送る。

 この一連の会話で得たものは何もない。やっぱり俺の考えすぎなのか……?


「とにかく、荷物まとめとかねぇとな」


 ドアノブを握り回す。ちょっと建付けの悪い音と共に扉が開かれる――そこにはマルメロがいた。

 待ってたよ、みたいなポーズでこっちを見ているがまずは怒りの形相で毎度おなじみの頭ぐりぐりを。


「い゛~だ~い゛~よ゛~」

「なんでお前いるんだよどうやって入ったんだよ何してんだよ!」

「ラッパーみたいだね」

「うるせぇ!」

「あ゛ぁ゛~」


 一通り痛め付けたところで開放してベッドに放り投げると多分布団の匂いを嗅ぎだすと思うのでソファに座らせる。

 へへ……といつもと変わらない無邪気な笑顔は許して(はぁと)と言っていた。


「お前なぁ、なんで突然人の部屋に不法侵入してんだ?」

「ルピナスが様子見て来いって言うからさ」


 ルピナスの差し金か。

 きっと何か考えがあっての事だろうけど、今回は何を企んでるんだ? わざわざバルサミナではなくマルメロを寄越したのは、十中八九バルサミナが断ったからだろう。

 何かから俺を守る護衛……?

 ゼレーネが現れたのならもっと騒ぎになっているはずだ。だとしたら、姿を隠した何者かか。


「理由は話してくれなかったけど、とりあえず一緒にいろだってさ。ま、今イタズラする気分じゃないから荷造り手伝うよ。私達もう終わってるし」

「ほんとうかぁ?」

「どうかなぁ……?」


 驚くほど真面目に手伝ってくれたので少し申し訳ない気分になったが、これは恐らく申し訳ない気分にさせて言うことを聞かせる作戦に違いない。


「何故バレた!」

「伊達に長いこといねぇよ」

「嬉しいなぁ。相思相愛じゃん」


 マルメロのちょっと嬉しいギャグは放っておいて、荷造りも終わったので後はチェックアウトするだけだ。そう、出発まであともう少しだ。皆に迷惑をかけるわけにもいかないので、無理に遅らせる事はできない。

 出立前に、スノーフについて解決しなければならないと言うのに……


「ねぇホーズキくん!?」

「どうした。次は何――――――


 マルメロの焦燥の理由がすぐに分かった。

 俺の中の『ナニカ』が、近くに同類がいると知らせている。

 ゼレノイドがいるというシグナルを伝えている。


「何か感じたよね!? ルピナスが一階に結界貼っとけって言ってたから貼ってたんだけど……」

「行くぞ!」

「あ……うん!」


 嫌な予感がする……!

 走れ走れ走れ! 一秒でも遅れてみろ一生後悔することになるぞ!


 階段から転げ落ちようとも気にせず駆け降りる。

 傷なんてすぐに再生する。そんなことはどうでもいい。もし考えているようなことがあったら、それは……


「来るなァッ……!」


 男性の、怒号にも似た悲鳴が聞こえた。

 それと同時に乾いた銃声。

 少女の呻く声。

 硝煙の香り。

 血の匂い。

 鉄の臭い。


「やっぱり、お前ゼレノイドだったのか……クソッ、とんでもねぇハズレ掴ませやがって……!」


 既に撃鉄の落ちた拳銃を持った酒場の店主が、のた打ち回るスノーフを見て吐き捨てた。

 心よりも早く体が動く――だが、それはマルメロに止められた。


「なにすんだマルメロ!! 離せよ! スノーフが殺されるだろうが!!」

「ダメだよホーズキくん。彼女ゼレノイドだよ、助けたら私達まで同じにされちゃうよ」

「それは……!!」


 魔力で補強しているのか、男の腕力でも振り払えない。

 目の前で理不尽に殺される少女を見ていろとでも言うのか? ふざけんじゃねぇよ! なんの為にこの力を手に入れたんだ!! こういう時の為だろうが!!


「スノっむぐ!?」

「……ダメだホーズキ。マルメロの言う通りだ」

「間に合わなかったようじゃな」


 バルサミナ達も俺を羽交い締めにする。

 皆して見殺しか。自分達のことじゃないからって見殺しかよ!! 見て見ぬふりかよ!?


「やめ……痛いでず……おと、お父さん……」

「黙れ! 誰が娘だ! お前などただの醜い怪物じゃないか! く、来るな!」


 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も、スノーフは悪意の籠った弾丸で撃ち抜かれた。

 俺と似たような体質なのか、幾ら殺されてもスノーフは死ななかった。弾倉を取り換えてでも打たれ続けたがスノーフは死なない。死なないが、苦しんでいる。あんなにも、血を流して、涙を流して、命乞いまでして。


「お願い……た、ずげ、で……! だれか……たすけ」


 野次馬が集まっていく。

 だが、誰も助けようとしない。

 当たり前か。みんな同じだものな。

 銃弾の熱で溶かされた顔面はもう原型がない。焼け爛れ、眼球が垂れている。あの笑顔はどこにもない。


 ふと――俺と目が合った。


「――!! ――!!」


 離せ、離せと何度も暴れようとする。

 だが、一ミリも動けない。

 俺は目の前で助けを求める、理不尽な暴力を被る弱い少女を助けようとすることすら許されないのか。


 皆に迷惑がかかるからか……?

 天秤にかけるのか? 仲間と――少女の命を、尊厳を!


 できるわけがない。

 弱い俺にそんなことができるわけがない。だから心よりも先に体を動かした。それを止められては、最早どうすることもできないじゃないか。

 同じように、見殺しにするしかないじゃないか。


 暫く見世物は続いたが、数分もすればサーヴァリアの憲兵達がやってくる。

 冷徹な表情(仮面)を被った男達は、スノーフを軽く足蹴にし戦意がない事を確認すると、衣服を剥ぎ取った。同時にポケットから固い何かが零れ落ちる。

 あれは正六面体の鉱石。俺がさっき、スノーフに貰ったものだった。


「皆さん、このゼレノイドは生命をこの正六面体のクリスタルに補給する性質を持ちます。殺害にはこれを全て破壊する必要がある。このように」


 憲兵の一人がクリスタルを踏み潰した。

 既に死に体だったスノーフがのた打ち回り暴れだす。剥ぎ取った服を放り投げ、サブマシンガンで原形を留めなくなるまで破壊し尽くした。


「ゲァいぎあああ いだ が や めいだ い ぐぎああああああああああああ!?」


 傷口と言う傷口から血を噴き出し、やがて動かなくなった。


「昨日、ここを襲ったあのゼレーネのゼレノイドでしょう。皆さん、同じような鉱石を見つけた場合は迷わず破壊してください。他にも同じゼレノイドがいる可能性がありますので」


 憲兵は言うだけ言うと、死体をゴミ袋のように乱雑に掴み、箱の中に投げ入れた。

 やる事を終えた男たちはそそくさとホテルを後にした。

 残った野次馬たちはみな安堵の声を上げるモノや、やりすぎなのではないかと言うものもいた。


 俺は――?

 何もできずに見ていただけさ。

 野次馬がほぼほぼいなくなった所で、ようやく解放された。


「なんで……なんでだよ!? なんで止めたんだ!? なんで助けさせなかった!? なんで……」

「……ホーズキ、お前が一番分かっていることだ!! 今の私達にアレをどうにかする力はなかった。そして、これから起こるであろう同じことを止める為には、今ここで私達が捕まる訳にはいかないんだ!! 分かるか!?」

「――分かってるよ、んなこた分かってんだよ! でもよ、ここで助けられるはずの命助けずに、これから助けられるのか? なぁ、俺は嫌なんだ。あんな風に死ぬのを見るのはさぁ……なんでゼレノイドだからってあんな風に扱われなきゃならないんだ……普通の人間よりも、人を殺しやすいだけのただの人間じゃねぇか!?」

「だからなんだってんだ!!」


 バルサミナに思いきりぶん殴られた。

 痛い。

 最高に痛い。今まで一番痛い。バルサミナに鍛えられてきた。その中でも、比べ物にならないくらいに痛い。


「……自分で言ってたろ、ホーズキ。お前は正義の味方じゃない。目の前で失われる命を等しく救える超人じゃない。ああそうだよ、お前もただの人間と代わりない。ホーズキはただ足りなかっただけだ。救おうとする努力が足りなかっただけだ!」

「俺が……?」


 スノーフが苦しんでいると知り俺は何をした?

 何もしていないだろ?

 心配していただけで、具体的な行動は結局起こせなかった。

 時間が足りなかった? 違うな、足りなかっただけだ。努力が。また、バルサミナの言う通りか。


「殴りこんででも、助けるべきだったのか」

「……そうだ」

「スノーフに迷惑がかかっても、助けるべきだったのか」

「……そうだ」


 確かに、そうすればスノーフがゼレノイドであることなど関係なく、危険から遠ざけられた。

 俺はそれを恐れた。


「正義ってのは究極的な自己中心だ。限りなく、自分の都合を他人に押し付けるものだ。それを恐れたが最後、人なんで誰一人救えない」

「もういいじゃろバルサミナ。ホーズキも落ち着いたようだし、ここらでお開きじゃ。アザミ殿もお見えのようじゃしな」


 ルピナスの言葉で振り返る。

 そこには、いつもと同じリクルートスーツを着たアザミさんが立っていた。


「間に合わなかったようですね」

「そのようじゃな。ところでお主は、どっちを望んでいた?」

「両方です」

「そう、か。苦しみはみな同じか」

「ええ。彼女がゼレノイドであることには今朝気が付きました。外にいたホーズキさんを、私の部下が関していた所、盲目のはずのスノーフがホーズキさんを”見つけた”ことに違和感を覚えました。前々から、医学的には盲目のはずのスノーフが見えているように振る舞っていることを不審に思い調査していましたが、今回で確信に変わりました。ですが、間に合わなかった。それでもまだ、間に合うかもしれません」

「どういうことじゃ?」

「ホーズキさん、持っていますよね。アレを」


 ――そうだ、俺は持っている。

 スノーフから受け取った正六面体を。


「護送車はおびき寄せたゼレーネに襲わせました。スノーフを奪還しに行きましょう」



 アザミさんの言う通り、さっきの憲兵達を載せた護送車は窓から血を流して止まっていた。

 マルメロに貨物部分を破壊してもらい、スノーフの死体が入れられた箱を外に出す。

 中には、まだ息のあるスノーフがいた。だがその姿はとても人間であるとは思えないほどに、原形を留めていない、ドロドロの肉塊に近かった。

 そんな状態でもまだ生きている。死ぬように生きている。


「な んで――んですか」

「スノーフ?」

「なんで、助けてくれなかったんですか!? あんなに、いだがっだのに……痛い痛いよぉ!! 助けてよぉ!?」

「――っ」


 言葉に表せない痛みだった。

 ずっと、助けを求めていたのは分かっていたはずだったのに。

 屋上で会った時も、俺に自分の境遇を話した時も、命の源である正六面体を俺に渡した時も、ずっと助けを求めていたのに。

 俺は全て無視したんだ。


「もういいのじゃホーズキ。お主は離れておれ、まずは安全な場所に運んでサザンカに治癒させ――な、ホーズキお主……!」

「これでいいんだろ。これでもう、苦しまないだろ」


 俺の手の中で少女の命は砕け散った。

 これでまた一人、俺は殺した。


「なんてことをしたのじゃ……助けられた命じゃぞ!」

「……いや、これでいい。ホーズキの選んだ結末だ」

「バルサミナお主な、甘やかせばいいものではないぞ!?」

「……忘れるなルピナス。あたし達の目的を」

「……」


 妥協も、躊躇も、逡巡も、一切要らないものだと知った。

 俺がするべきことは、もう心の中に刻まれた。

 人間でなくなってもいい。俺には、やるべきことがあった。

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