62――胡散臭いおじさん
『行けば分かります。ええそれはとても、誰だと言わずともアイツだと分かるはずです』
他のみんなは待機で、俺と山茶花、バルサミナでその男性を迎えに行くことになった。
首相官邸周りはエスティパの中でも特に都会。ホテルや店があった郊外の土だけの地面とは違いちゃんと石畳で整備されている。それでもほとんど石造りなので古臭いのは否めない。
それにしても、待ち合わせになっても来ない不届き者だとかなんとか色々罵倒していたが、いったいどんな人なんだその男の人ってのは……?
写真を見た限りでは天然パーマの優しそうなお兄さんにしか見えない。
「……ホーズキ、その男はネルセットの一番偉い人だ」
「マジで!?」
そんなことも知らないのか……みたいな顔で俺を嘲るバルサミナ。
異世界から来たんだから知らないに決まっているだろ。まったくバルサミナは……そう言えばあのアザミさんの罵倒のし方ちょっとバルサミナに似てたな。なんかツンデレっぽかったしバルサミナもツンデレなのでは?
「……ホーズキ。わざとか?」
「よしいつもどうりのバルサミナだな――いてぇ!! まきびしを背中の服の間に入れるんじゃねぇ!! 待て背中を押すな!」
「……いつもどうりってなんだ」
「あん? ああアレだよ。山茶花がなんかバルサミナ達の様子がおかしいって言うからさ。な、山茶花」
「え!? あ、はい!」
「……そう、か。よく見てるんだな」
その反応だと、自分の様子がおかしいと自覚していたのか?
だとしたらやっぱり、何か隠し事とかが……
「……ん、なんだよその目。ははーん、隠し事してるのかみたいに考えてたんだろ。リンファーのゼレノイドになったもんな」
「うっせぇな。そりゃコソコソされたら誰でも疑うだろうがよ」
「……ふん。今は話せることじゃない、とだけ言っておく」
「どうせそんなこったろうと思ったよ」
やれやれとわざとらしくジェスチャー。
バルサミナも鼻を鳴らすだけで、それ以上話はしないと態度で伝えていた。腑に落ちないが、バルサミナの事だ。信用しても大丈夫だ。
それよりも今さっき気になることを言った。
「リンファーのゼレノイドでって、なんだ?」
「おにーちゃんアザミさんの話聴いてなかったんですか?」
「いや、なんか話長くなってきたから座ったまま寝てたけど、重要な話だったのか? 俺ああいう授業っぽいの嫌いなんだよ」
「もう……おにーちゃんは」
元の世界でもほとんど寝てたしな。
そんな俺を今世紀一番に見下す顔のバルサミナ。思ったよりも悪い俺の頭に驚いたようだ。ま、それも無理もない。
俺の耳にはっきりと聞こえる音量でため息を吐くと、仕方なさげに話し出した。
「……あのな、ゼレーネにはそれぞれ対応した『負の感情』があるんだ。アザミが保護したゼレノイドを調べていたらその法則性に気が付いたらしい。例えばアズダハのゼレノイドなら何かが永く続く事を強く望み、リンファーなら他者への恐怖が強く表へ出る。ちなみにさっきのゼレーネ、〈イルウィカウ・ヨロトル〉というらしいが、アレは猜疑心だそうだ」
なるほど、確かに最初にゼレノイド化しそうになった時は山茶花とマルメロを強く守りたいと望んでいた。それはつまり山茶花達との永遠を望むことと同義だ。リンファーの場合は分かり易い。他人への恐怖に侵されていた。
「ヴァイストインクは……一途な恋心、らしいです」
顔を伏せて、山茶花は言った。
ユウガオは俺が欲しいと、気に入ったと言っていた。かつて好きになった人が、俺と似ていたのだろう。その思いが殺された時に暴走して――
「クソっ、やりきれねぇよな。死ぬことがいいとまでは言わないけどさ、ゼレノイドにならずに死ねていれば、無意味に苦しむこともなかったのに……」
「……生きていたお陰で得られるものもある。今のホーズキがいい例だ。決して、ただのゾンビというわけではない」
「ああ、そうだな」
そうだ、その通りなんだ。
こうして生きていられる。それだけで幸せになることだってできるはずなんだ。生きている方がいいんだ……
「……生と死は、必ずしも等価値ではない。死んだ方が苦しまずに済むのか、生きていれば今以上の幸せが手に入るかなど、誰にも分からないんだからな。そのどちらかを自ら選んだ者がいたのなら、その選択こそがソイツにとっての一番の幸せだったんだ。選択したものが全てだ。その選択に必要なモノを与えた者に是非は問われない」
ローチュを殺したことはもう気にするなと、バルサミナはそう言っていた。
見抜かれていたのはなんとなく分かっていたが、改めて言われると相も変わらずな自分に辟易する。だが、そんなことを考えているときっとまたバルサミナは怒るだろう。優しくも厳しくも、俺を叱りつけるだろう。
それはそれで嬉しいけどな。
家庭教師が似合いそうだな! 成績がよくなったら奢ってくれそう。
「おにーちゃん今バルサミナさんで変なこと考えましたね。顔がニヤけてますよ」
「……気持ち悪い」
「な、なんだよ! いいだろ妄想くらいしたって! あのな、男ってのは常に思考の60%が妄想で占められてるんだよ」
「……そう、気持ち悪い」
「重ねて言われると割とくるからやめろ」
バルサミナが完全に本調子になったことを確認しつつ、目的の場所に辿り着いた。
その場所とは、昼にも関わらずやけに派手な電光掲示板が目立つ……ここはカフェ、いやバーみたいな所か? まだ学生だった俺には縁のない場所だったが、雰囲気でなんとなく分かる。
大人な雰囲気を醸し出すせいで入ることを躊躇われたが、バルサミナが気にせず入ったのでそれに続く。山茶花も警戒しながら俺の後ろに張り付いて中に入った。
軽いベルの音が響く。
前面木製の店内はどこか、まるで西部劇だった。
男二人が女性を取り合って喧嘩でもしてそうな――
「ま、まあまあ落ち着いてくださいよ。謝ったじゃないですか……」
「誤ってすんだら警察いらんよなぁ? 自分人の女に手ェ出した事分かったとらんようやのう。出るとこ出てもらおか!?」
「いやぁ、それはちょっと困るといいますかぁ」
あの人か……なんかめんどくさそうなのでかえろう。
「……待てホーズキ帰るな。どう見てもアイツだろう」
「あの怖そうなおじさんか?」
「……弱そうもとい胡散臭そうな方だ」
怒ってる怖いおじさんの言葉的にどう考えてもあっちの方が悪いんだよなぁ。あれが本当にネルセットの偉い人なのか? というか人と約束しているのに酒飲んでナンパしてるとか何考えてるんだ?
「サイテーですね」
「……確かに度し難い屑だが、アザミ的には必要らしいのだから仕方ない。まあ、あたしに任せておけ」
「できるだけ穏便に済ませてくれよ」
なにかとバルサミナは狂犬っぽいところあるから暴力で解決しそうなのが不安だ。
なんて思っていると、なにやら様子がおかしい。バルサミナの動きが変わった。お、暗殺術でも披露するのかと一瞬考えたが、斜め上だった。
間に割って入るように、怖いおじさんに詰め寄られている弱そうな男性を庇う形で立つ。
「なんや嬢ちゃん、今大事な話しとるとこや。怪我しとおなかったらどいとき」
「……………………――家の父が大変ご迷惑をおかけしました」
え?
なにその清楚系美少女ボイス。
「嬢ちゃんソイツの娘か?」
「はい。本当に申し訳ありません。父は、母が亡くなってから精神に異常をきたしてしまって、女性を見ると母の……妻の幻覚を見るようになるように、なってしまったんです。どうか私と母に免じて、この場は治めていただけないでしょうか」
なんだその適当な設定は……
「そうやったんか……それなら強う言えへんな。まあ、なんや、大変やろうけど、二人で頑張りや。今日はこれくらいにしとくわ」
そう言って、怖いおじさんは彼女? を連れて金を払って店を後にした。
俺はポカンだ。
あまりの衝撃に魂が抜けかけた。
バルサミナは清純美少女だっ――
「ごっぱぁ!?」
俺との距離をマッハで詰めたバルサミナは風すら切り裂くアッパーカットを俺の顎にお見舞いしやがった。
よっぽど恥ずかしかったのだろう、うんうん頑張ったね。
なんか細い針みたいなやつで喉を狙われたので回避して立ち上がる。
「なんだ今のはバルサミナ!?」
「……曲がりなりにもあたしは忍者。あれくらいの演技はできて当然だ。設定はともかくな。まあ、騙せたのだから良しとしよう。さて、逃げようとしているそこの無銭飲食男」
そろりそろりと店から出ようとしていた男の目の前にクナイを投げて牽制しつつ呼び止める。
脂汗をだらだら流す男性は観念したように床にへたりこんだ。
「いやあ助かったよ。もう少しでおじさん肉塊になるとこだったからさあ、はっはっは! ……アザミの差し金だろ? おじさんはルドベキアっていうんだけど、まあ名前くらいは知ってくれてるよね。知名度あんまりないからさっきみたいによく絡まれるんだけどねぇ」
「誰も一国の長が昼間っからナンパしてるなんて思いませんよ」
俺の皮肉にも構わず胡散臭い笑顔のルドベキア。
よれよれのシャツにジーパンと、どう見ても国の一番偉い人には見えないが、そうだと言うのだから仕方ない。
「いやぁそれにしても、ホント助かったよ。君達名前は、特に君」
「へ? わたしですか? わたしは山茶花と言います」
「サザンカちゃんか。いい名前だね。さっき名乗ったばかりで悪いけど、僕はこういうものです」
ご丁寧に名刺を渡そうとするルドベキアさん。
俺の兄貴センサーが反応しない訳がない。
「はいはい人の妹に手出さないでくださいね」
「おっと、これは手強いナイトがいるようだね。ではまたの機会にしようかな」
「バルサミナ。やっていいぞ」
待っていた、とバルサミナはどこからともなく取り出した縄でルドベキアを縛ると肩に抱えた。
国際問題だとかなんとか聞こえたが無視無視。そのままアザミさんの所に直帰した。
獲ってきた魚みたいにアザミさんの前に放り投げられたルドベキア。
ははは……と力なく笑うルドベキアと黒いオーラを携えるアザミさんとの姿は夫婦にも見えなくもない。だが出発前にそれは強く否定されているので違うのだろう。
蛇に睨まれた蛙、ルドベキアは変わらぬ調子で口を開いた。
「やあアザミ。遅くなってすまなかったね。道中でちょっとしたハプニングがあったんだけど、見事この子達に助けられて今に至る。すごいよね若いのに。アザミさん……?」
「老人達にチクられたくなかったら、少しは自分の立場を考えなさい」
「ひっ……! それだけはご勘弁を!」
バルサミナに小声で老人達とは何かを訪ねると、会社で言う株主みたいなものだと返ってきた。
なるほど確かにそれは怖い。
しかしこれでようやく反省したのか大人しくなったルドベキア。正直に言ってまさかこんな人だとは思わなかったので少しショックだが、ネルセットは死ぬほど治安がよかったので無能ではないはずだ。
「はぁ……お騒がせして申し訳ありません。お礼と言ってはなんですが、あの荒野に向かうのですよね。道中は厄介なゼレーネがいるので、お送りしますよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
これでようやく、ようやく道が開けた。
俺が求めているものがあるとは限らないが、きっと何かあるはずだ。
俺と山茶花が元の世界に戻る為の何かが――




