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また、私しかいない世界で  作者: 井土側安藤/果実夢想
第七章――I forever with you.
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61――黒鎧の薊

「ルピナス、誰もいないんじゃなかったっけ?」

「すまん。適当に言ったのじゃ」

「おい! 死活問題だぞ!?」


 流石にこれは抗議せざるを得ないが、あの計算高いルピナスが適当なことを言うとは思えない。

 難しい顔をした眼鏡の女性――こちらを探るような瞳からは敵意は感じない。警戒心というものもなく、ただ俺達をそこにいる人としてだけ認識しているように思える。そんなことを理解できる自分の感覚に改めて驚いたが、今は考えている暇はない。

 ゼレノイド化を見られていたとしたら、それは非常にマズいことだ。


「……どうした」

「バルサミナ、あの人に見られたっぽいんだけど……どうする?」

「……なんだと? 馬鹿な――」


 驚愕の声を漏らすバルサミナ。

 それはすぐに警戒へと変わり、腰の短刀に手をかけた。


「……ここには既に誰もいなかったはずだ。あたしが確認したのだから間違いない」

「だが、実際にそこにいるじゃろ。それとも幽霊か何かか?」

「……黙れ」


 女性が動いた。

 こちらに歩いて近づいてくる。その足取りは軽く、一切の躊躇も感じない。放っておけば通り過ぎてしまいそうなほどに。

 今にも首を掻っ切りそうなバルサミナなど臆せずに、リクルートスーツの女性は顔がはっきりと見え、俺達の声が届くところまで近づいた。

 その時、ルピナスが声を上げる。


「あ、あー! お主あれじゃな! どっかで見たことあると思えばここの首相様じゃ!」

「それは本当かルピナス!? だとしたらマジでヤバいやつなんじゃないか!?」

「……ここで殺しておくか」


 ルピナスまでもが焦って変なことを言い出す始末。

 ここ――つまりエスティパの首相だと言ったが、いったい何者だ?


「初めまして皆様。私、エスティパ共和国首相のアザミです。以後お見知りおきを。警戒を解いていただければ幸いなのですが」


 機械が文字を表示するような平坦な口調、そして冷たい声色は否応なしに冷酷な人間を連想させる。

 だがやはり敵意はない。話している言葉は友好的。

 ただ、一国の主ともあろうものが護衛も何もつけずに突然現れたのだから、どうせまたヴァイタルの仕業だろうと思うしかない。

 何せユウガオの変身能力はバルサミナですら見抜けない。


「ダウニー、どうだ?」

「少なくともユウガオの変装ではないの。でも、ヴァイタルじゃないという確証は……」


 そんな俺とダウニーの会話が耳に入ったのか、耳をぴくっと動かし、視線を俺に向けた。


「ご安心を、私はユウガオではありません」

「その証拠は」

「ユウガオの死体が発見されました」


 動揺が走る。

 あの時、ユウガオは逃げたはずだった。殺したのはピアニーか……?


「死体は損傷が激しく、特に頭部が酷く顔からの判別はできませんでしたが、ネクロマンサーによるDNA鑑定の結果ユウガオのものと一致した為特定となりました。生身の人間では、あんな殺し方は到底できないでしょうから、十中八九ゼレーネ及びゼレノイドによるものと思われます」


 それを聞いて、ピアニーではないと安心するも、ユウガオが死んだことには強くショックを受ける。

 彼女もまた何者かによって理不尽な死を与えられた。

 それを理解した瞬間、心の奥底がざわついた。ヘドロに浸かった醜い肉塊から何かが噴き出すような感覚がした。


「じゃが、それがどうしたと言うのじゃ? ヴァイストインクのゼレノイドがユウガオ一人とは限らん。お主がそうではない証明にはならんじゃろ」

「確かに、それもそうですね。ではこうしましょう。そこの彼がゼレノイド化した事実を公表されたくなければ、私を信用しなさい」

「っ、やっぱり見てたのか……」


 しかし、改めて言われると従う以外の選択肢が見当たらない。

 この自称エスティパ首相が本当に俺のことを公表しないかどうかなんて分からない。だがここで断ったら何をされるかも分からない。バルサミナの言う通りに殺したら殺したで更にややこしい事になるのは目に見えている。

 だったら、従うしかない。


「分かりました。今は貴方を信用します」

「おお、ホーズキよ。今世紀で一番の決断力じゃな。我は嬉しいのじゃ」

「お母さんかお前は……それはともかく、アザミさん? ですよね。信用しろとは言いましたけど、俺達に何をさせたいんですか?」


 少し怒気交じりにそう訊いてみる。

 話し合いで負けたのだから、せめて精神的に優位には立ちたい。ただの負け惜しみだが。

 アザミさんはそんな俺の精一杯の威嚇すら受け流し、涼し気な声でこう言った。


「まあ、とりあえず場所を変えましょう。”彼等”に見つかってしまいます」



 街の方は国の機関でなんとかすると言うことで、俺達はアザミさんに連れられて首相官邸的な所へ連れてこられていた。

 元の世界にいる時もテレビでしか見た事がなかった国の重要機関だが、やはり目の前で見ると迫力がすごい。あまり大きな国ではないと聴いていたが、やはり国は国なのだ。その圧迫感に身じろぎする。


「……ビビってるのか」

「うるせぇな。敵が怪物ならともかく、同じ人間の方がちょっとは怖いだろ」

「……一理あるな。情が絡まない分あっち(ゼレーネ)の方が殺しやすい」


 アザミさんは俺達に危害は加えない、とは言っていたが、まだ詳しい説明も何もされていないので恐怖が加速するばかり。

 なんでも、”彼等”とやらに聴かれてはいけない話らしいが……件の彼等についてもまだ教えてくれないようだ。

 大口を開けたサメのように思える入り口をくぐり、アザミさんは顔パスで受付を通った。俺達もそれに続いて中に入る。職員らしき人達に見られながら豪奢で煌びやかな床の上を歩く。先の戦いで薄汚れていたので少し申し訳なさを感じながら、細長い廊下の先にあった木の扉の中へ案内された。

 そこは見たまんまの会議室。

 エリーマイルにあった会議室と比べると窓がないので閑散としている分綺麗だ。


「お座りください」


 アザミさんに促され俺達は円状の机、その椅子に座る。


「ここは完全防音、盗聴器の有無も事前に調べてあります。ここでの話が外に漏れることはありません」

「で、話とはなんじゃ? まずは”彼等”について教えてもらおうかの。さっきからずっと警戒していたようじゃしな」


 ルピナスが早速口火を切った。

 元々偉い人に近かったルピナスならこういうのは得意そうだ。とりあえず任せてみよう。


「私の言う彼等とはサーヴァリアの憲兵、のようなものです。特務部隊と彼らは名乗っていますがね。世界各地に派遣されては、ゼレーネ及びゼレノイドの有無を監視しています。ゼレーネ発見の報せは彼らが行っている事が多いですね。特に、ゼレノイドは見つけ次第抵抗がない場合は彼らが即時に殺害します」

「抵抗がないのに……殺すのか」

「ええ。そういう決まりですから」


 どうやら、サーヴァリアが定めたという条約には一切の血も涙もないようだ。

 奴隷学校と言い、ゼレノイドへの迫害と言い、どんどんとかの国へのイメージが悪くなっていく。それに反して治安はよさそうに見えたのだから分からない。


「なるほどな。確かにエリーマイルにもよく来ておったな。辛気臭い連中が。それで、我らに近付いた理由はなんじゃ? わざわざ一人で出歩いて来たのじゃからそれなりのものじゃろ?」

「ええ。我々エスティパ政府はゼレノイドの保護を行っています。サーヴァリアの行き過ぎた政策による過剰な迫害によって、人畜無害な国民が殺害されることを黙って見過ごす程、私は無能ではありません。この問答無用な仕打ちに疑問を抱く者も一定数います。貴方達にも協力してほしいと考えました。ホーズキさんをゼレノイドと見込んで」

「話は分かったが、それだけでは我らがそちらを信用する確たる理由にはなり得ん。先の脅しもこの話をする為の狂言じゃ。やろうと思えば、ホーズキをゼレノイドだとして殺して、我らだけ逃げてお主らのことをおおっぴらにすることもできるぞ? 特にバルサミナなら一人でも逃げられる」


 カマかける為だとは言え怖い事言うなよ! ちょっと不安になるだろ!?


「仕方ありませんね。あまり見せたくはありませんでしたが」


 そう言って、アザミさんは立ち上がるとスーツの袖を捲って腕を露出させた。

 アザミさんが腕に力を入れると、筋肉の代わりに浮かび上がったのは漆黒の鎧、その小手だ。肉体から浮き出るようにして腕全体を覆っている。

 そう、まるでそれはかつてエリーマイルで戦った〈デルラ・ハンザー〉のものと酷似していた。


「私もゼレノイドです。やろうと思えば、隠したまま国の長にまでなれるのですから驚きですね」


 ゼレノイドは心の闇を増幅され、その強迫観念によって突き動かされ感情が暴走しやすいと聴いていたが、アザミさんからはそんな雰囲気が全く感じ取れない。


「これまたやろうと思えば、感情なんて幾らでもコントロールできるものです。環境の違いによるものだけですよ。結局、その心に抱えた闇に関して追い詰められる要素がなければどうにもならいのです。力を抑え込む方法さえ分かれば、どうとでもなります」

「なるほどじゃな。アザミがエスティパの首相になってはや五年経つ。その間然したる問題は起きなかったのじゃから言う通りなのじゃろうな」

「ええ」


 ここまでさせておいて、アザミさんの申し出を無碍にできる訳がない。

 ルピナスも分かってやったのだろう。最初から断るつもりはなかった。その上でアザミという人間が信用に足る物だと俺達に分かり易くしてくれた。


「ありが――!?」

「礼は別に良い。先の的確な指示のご褒美じゃ」

「……なにがご褒美だ気持ち悪い」


 バルサミナは露骨に嫌な顔をしていたが、褒められて嬉しくないはずがない。特にこれは俺のこの世界でのアイデンティティに関わることだ。

 俺達の話が終わったのを確認すると、一拍置いてアザミさんが言った。


「答えをお聞かせください」

「っと、そうだった。アザミさんの申し出を断る理由もありません。俺達にできる事があるなら言ってください」


 山茶花達も異論はないようだ。

 冷たい氷のような表情だったアザミさんだが、俺の言葉を聞いて眼つきが柔らかくなった……ような気がする。話は終わったと言わんばかりに立ち上がると息を吐いて伸びをした。生真面目そうに見えたが、ああいいう風にしているのは疲れるのだろうか。


「皆さん、これからのご予定は? もしお暇でしたら早速頼みたいことがあるのですが」

「なんでも言ってください! まだ時間はありますから」

「では――」


 アザミさんが胸の内ポケットから取り出したのは色褪せた写真だった。

 光沢に光るそれはフィルムのカメラで撮ったものと似ていた。俺も小さい頃に見た程度だったが覚えている。これも、異世界人が……


「この写真に写っている、待ち合わせの時間になっても一向に来ない馬鹿男を連れてきてください。場所は大体分かっていますから。私は仕事がありますので」

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