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また、私しかいない世界で  作者: 井土側安藤/果実夢想
第一章――I am for you.
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5――相反する境遇の間で

 ――夜。

 俺はタイやロードさんと一緒に、〈サーヴァリア〉の郊外にまでやって来ていた。

 理由はもちろん、民家に忍び込んで金銭を盗むためだ。

 郊外に到着してすぐに、俺の目線はとある一つの建造物に注がれてしまっていた。

 どうやら〈サーヴァリア〉郊外は円を描くように住宅街が広がっているようで、その中心に一つの大きな建物が建っている。

 まるでお城のように巨大な建物だ。

 ゲームにありそうなほど、現実味のない光景である。

 まあ、現実味がないのは今更だけども。


「なあ、ロードさん。あの建物って――」

「――ホーズキ」


 と。

 あの大きな建物が何なのかロードさんに訊ねようとしたら、途中で言葉を遮られてしまった。

 そして、遠くにある別の建物を指差す。


「あれは、別の街にある闘技場だ。まあ行くことはないだろうが、一応覚えておけ」

「へ、へえ……」


 ここには、闘技場なんてものもあるのか。

 かなり離れていそうなのにも拘らず、ここからでも見えるほど巨大な施設だ。

 大きな円になっていて、まさにコロシアムやコロッセオといった様相だった。

 俺の中で、ここ〈サーヴァリア〉のイメージがどんどん悪くなっていく。

 盗賊団や奴隷などという野蛮な存在もさることながら、挙句の果てには闘技場か。

 この街――いや、国? は、一体どうなってるんだろう。

 更に、俺が訝しんでいるのは、それだけじゃなくて。

 先ほどロードさんは、俺が中心の建物について問う前に、別の建物の説明を始めた。

 本当に偶然だったのかもしれないが、俺にはわざと話を逸らしたように思えてしまう。

 そう。まるで、何かを誤魔化しているかのような――。


「……何してるんだ? 行くぞ」


 なんてことを考えていたら、ロードさんもタイも先に進んでいってしまった。

 仕方ない。確かに気になるけど、わざわざ呼び止めてまで訊ねることでもないし。

 だから、俺は急いで二人の背中を追いかける。

 夜だとはいえ、もちろん人が外を出歩いたりもしている。

 なので、できるだけ人目につかない裏道を通り、目的の家があるという場所を目指す。

 数分ほど経つと、何やら広場のように広い空間が見えてきた。

 地面には芝生が広がっており、その奥にも色々な施設があるように見える。

 暗いし遠いしで、ここからだとよく見えないが。


「ここは公園だな。室内プールとか植物園とか色々あるんだが……まあ、俺らには関係ねえだろ」


 雑な説明をしてから、ロードさんは公園の横を通り過ぎる。

 公園に、そんな様々な施設があるものなのか。軽く衝撃的である。

 公園から数分ほど歩き、やがてロードさんはとある一軒家の前で足を止めた。


「今日は、この家に忍び込む。準備はいいな?」

「……ん」

「は、はい、大丈夫です」


 ロードさんが確認してきたので、タイは短く頷き、俺も緊張しつつも返事を返す。

 本当は全然大丈夫じゃないけど、ここまで来たんだし今更怖気づいてもいられない。

 すると。

 ロードさんは民家の窓に近づき、取り出した鋭利な短剣で円状に穴を開けた。

 そして、その穴に腕を入れ、錠前を外す。

 何だか手馴れている様子だ。やはりロードさんたちは初めてではないのだろう。

 指で合図をしたかと思うと、ロードさんは開いた窓から中に侵入する。

 それを見てタイも後に続いたので、俺も二人に倣う。

 本格的に盗賊って感じがしてきたな……むしろ、ただの泥棒のような気もするが。

 俺はかなり緊張してしまっているのに、二人は平気そうに他人の家を探索している。

 正直、少し尊敬する。


「……こっち来い」


 ロードさんが小声で言ったので近寄ると、そこには金庫らしきものがあった。

 その金庫には回転式のダイヤルがあり、更に鍵穴までついている。

 鍵を開けてから、ダイヤルで複数の数字を合致させないと金庫が開かない仕組みか。

 なかなか厳重だな。


「悪ぃ、終わるまで見張っててくれ」

「あ、はい」


 言われ、俺はロードさんに背を向ける。

 確かに、金庫を開けている間に家主に見つかってしまうといけない。

 どうやって開けるつもりなのかは知らないが、ロードさんはそういう技術にも長けているのだろう。

 伊達に盗賊団のリーダーはしていない、というわけだ。

 電気のついていない暗い部屋で、俺は周りを見回す。

 頼む、誰も来ないでくれ。

 そんなことを心の中で願うこと、およそ二分。

 カチャ……と、錠前の外れる音が微かに聞こえた。

 後ろを振り向くと、先ほどの金庫は全開しており――中には、大量の紙幣が入っていた。

 凄いな。こんな短時間で、こんなあっさりとできるものなのか。


「時間はかけてらんねえ。早く盗って、さっさとずらかるぞ」


 そう言って、ロードさんは金庫から紙幣を取り出す。

 全部ではなく――何故か、およそ半分だけを。


「全部は盗っていかないんですか?」

「ったりめえだろ。いくら生きるためっつっても、たとえ他のやつの金を全部奪ったことで裕福な暮らしができたとしても。そのせいで他のやつがまともに生きられなくなんのは、なんか違えだろ。だから、俺は絶対に必要最低限しか盗らねえ。それが、俺の信念なんでな」


 ああ。ロードさんは、こういう人なんだ。

 確かに今俺たちが行っているのは、立派な犯罪だ。誰かに許されることも、認められることもできはしないだろう。

 だけど、俺は知っている。知ってしまった。

 ロードさんたち盗賊団は、とても貧しくて不便な生活を続けているんだ。

 そこにどんな事情があるのかは未だに分からないし、訊く勇気もないけど。

 盗賊団は間違いなく、まともに生きられていない。

 それこそ、こんな犯罪をしなくてはいけなくなるほどに。

 でも――ロードさんは、だからといって他の人を貶めようとはしていなかった。

 いや。それどころかむしろ、他の人が自分たちのように貧しい思いをしないようにと考えている。

 だから、なんだろう。

 盗賊団が、ロードさんをリーダーとして慕っているのは。

 そんな風に、ロードさんの人となりを改めて理解して感心していると。


「……ふざけないで」


 ふと。

 タイが、憤りに彩られた声をあげた。


「どうせ恵まれてる人なんて、オレたちのことなんか何も考えちゃいない。みんな、みんなそうなんだっ。恵まれてる人はみんな自分たちのことばっかで、貧しい人の気持ちなんて何も知らない。知ろうともしないっ! そんな奴らの心配なんて、する必要ない」


 悲哀、憤怒、羨望。

 様々な感情が綯い交ぜになったかのような面持ちで言い、俺の横を通り過ぎる。

 そして――。


「……おい、よせッ」


 タイが何をしようとしているのかを把握して、ロードさんはがしっと掴んだ。

 そう。金庫内にある金へと向かって伸びた、タイの腕を。

 ロードさんは他人のことも考えて金を残すつもりでいたのに、タイはその残りまで盗もうとしているのだろう。

 俺もタイを止めようとした、そのとき。


 パッ――と、突然部屋の電気が点灯した。


「おい貴様ら、そこで何をしている!」


 更に聞こえてくる、そんな男性の叫び声。

 それが意味するのは、ただ一つ。

 俺たちは――ここの家主に、見つかってしまったのだ。


「チ……ッ」


 ロードさんが、忌々しげに舌打ちをしながら瞬時に背後を振り向く。

 俺も振り返ってみれば、いつの間に来ていたのか扉のところに男性が一人立っていた。

 見た感じ、二十代後半だろうか。

 心中の怒りを表すように、こちらを鋭く睨んでいる。


「動くな! 捕まえてやる、コソ泥どもめっ! 行け――〈ゼレーネ=イミテート〉ッ!」


 そう叫んだ途端、男性の周囲の床が突如として淡く発光する。

 直後、光が消えたかと思えば、そこには三匹の犬が現れていた。

 いや。犬などという表現では、幾許か可愛らしすぎるだろう。

 俺が昨日襲われた、あの巨大な狼にとても酷似している。

 唯一違うのは、その大きさだろうか。

 昨日の狼は俺よりも遥かに巨大だったが、今目の前に現れたのはそれに比べてかなり小さい。

 ゲームや漫画などでしか見たことはなかったけど――それは、間違いなく召喚だった。


「そいつらを噛み殺せッ!」


 さっきは捕まえるとか言っていたくせに、噛み殺すとは矛盾してる――なんてツッコんでいる暇はない。

 男性の指示により、三匹の犬(どうやらイミテートとかいう名前らしい)が俺たちに向かって襲いかかってくる。


「逃げんぞ」


 ロードさんが呟き、俺とタイは頷く。

 こんなところで捕まるわけにはいかないし、そもそも下手したら死んでしまうかもしれない。

 なので、俺たちは急いで窓へ向かい、逃走を謀る。

 しかし、当然見逃してくれるわけもなく。


「観念しろ――“Isopalia”ッ!」


 刹那。

 周りの壁が突然光り出し、そこから太長い縄のようなものが飛び出す。

 一つだけではない。

 近くの壁にも少し離れた壁にも複数出現し、それらは全て俺たちに向かって伸びてくる。

 あれは、何だ。一体、どういうカラクリなんだ。

 いや、考える暇も訝しむ暇も今の俺には存在しない。

 おそろくだが、あの縄のようなもので俺たちを捕まえる気なのだろう。

 でも、生憎と捕まるわけにはいかない。

 だから――。


「……ッ」


 壁に光が生じた箇所。縄が飛び出る方向や角度。そして速度。

 そういったものを細かく見て、俺は跳んだり伏せたりして紙一重で躱す。

 大丈夫だ。原理はどうなっているのか全く分からないけど、避けられないほどでもない。

 チラッと横目で見ると、ロードさんやタイも同じように躱していた。


「こっちだッ」


 俺はロードさんの声に呼応するように頷き、窓から脱出する。

 もちろん暫く謎の縄や犬が執拗に追いかけてきたが、途中で俺たちの姿を見失ったのだろう。

 無事と言えるかどうかは定かじゃないけど、何とか捕まらずに済んだ。


 こうして。

 ハプニングがあったものの、俺の初仕事は終了したのだった。

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