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また、私しかいない世界で  作者: 井土側安藤/果実夢想
第七章――I forever with you.
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58――鳴動

 ゼレーネとはなんだ?


 ――保留。


 ゼレノイドとは?


 ――保留だ。


 では人間とは?


 ――分からない。


 なら質問を変えよう。お前はなんだ?


 ――何故、俺自身は俺にそんな質問を投げかけている。

 俺は敦盛鬼灯だ。それ以外に何がある。俺は人間だ。いたって普通の人間だ。なんの特徴もない……なかった、ただの高校生だった。

 この世界においての俺はどうだろうか。

 この世界に来て、俺の何が変わった? 考え込んで思考の坩堝に嵌る性格はまだ治っていない。元々持久力を並みあった。それがこの世界で、ロードさんとバルサミナに鍛えられて飛躍的に向上した。運動神経、反射神経、ともにいつの間にか高水準だった。

 それもこれも、この世界に来たから変わったことだ。生きる為に努力した結果だ。そして、ゼレーネの力を、心の闇を受け入れた。それによって俺はゼレノイドになったものだと思っていたが、体は元の人間のものに戻っていた。ゼレノイドではなくなったのか? そう考えたがそうだとしても何故かは分からない。詳しい原理も知らない。

 俺だけが特別なのか。

 自分だけが特別なのは少し嬉しいが、どう特別なのか分かりにくいのはいただけない。それに、ゼレノイドであることは、今のこの世界においてはあまりよくないことだ。納得はいかなかったが。


「はぁ……何も思いつかねぇな……」


 朝早くに目覚めてしまい、俺はまだ薄暗いホテルの屋上で風に当たっていた。

 ここはエスティパにある宿泊施設だ。ピアニー達は帰ったが、俺達は元の予定通りゲルダンからエスティパへ向かい、まずはすぐに体を休めた。みんなローチュとの戦いで疲弊していた。休憩なしで後片付けと生存者の捜索も行ったのだから当たり前だ。結局、あの村に生存者は一人もいなかった。

 殺された人々は決して死にたい人達ではなかった。ただ普通に生きたいだけだったはずだ。それなのに、理不尽にも死を与えられた。あったはずの未来を奪われた。胸糞悪い。看過できない。納得いかない。どうして死ななければならなかった。

 ――ただ、だからと言って、どうしてゼレノイドが排斥されなければならない。

 確かにローチュは凶悪だった。人を殺したことは確かだ。それ自体は報いを受けなければいけない。だが、そうでないゼレノイドだっている……はずだ。苦しくも、俺が出会ったゼレノイドはみな悪人だった。それでも、悪人だけど何か理由はあった。悪人として扱われなければならないような理由はあった。ローチュだってそう。あのユウガオも、クロッカスにだってあるはずだ。

 それは、人間も同じだろう? より多く人を殺せる力を持っているだけで、人間と変わりなんてないはずなのに。


「あの……」


 ふと、背後から声をかけられた。

 いつもの俺ならビビッて剣を向けていたところだが、ピアニーやローチュのおかげか、殺気がある者とない者をある程度見分けられるようになっていた。今、俺に話しかけた人間は少なくとも俺に敵意を向けていない。

 振り返ると、そこにいたのは山茶花と同じくらいの背丈の少女。健康的な程よく焼けた肌が目を引く、簡素な服にエプロンを付けた少女だった。


「こんな朝早くからどうしました?」

「まあ色々、考え事ですよ。そっちこそ、こんな所で一人黄昏てるような奴に話しかけるなんて暇ですね」


 疲れているのか、少しトゲのある言い方になっていた自分を自己嫌悪したが、少女は嫌な顔一つせずに、むしろ楽しそうだった。淡い風がその黒い髪を揺らす度に、微かなシャンプーの香りが思考をほだしていく。目の前の人間が敵ではないと教えてくれる。


「私はこのホテルの一階にある酒場の看板娘……というのは自称ですけど、しがない店員です。スノーフって言います。よろしくお願いしますね」

「……俺は鬼灯。昨日ここに来たんです」


 あまり、昨日の事は誰かに話したくはない。

 内容がグロテスクだからというのもあるが、単純に俺自身が思い出したくないだけだが。


「あ、もしかしてあの死神姫を倒したって言うギルドからの」

「まあ……そうですけど」

「やっぱり! でも思ったよりも若い方だったんですね。もっと屈強な男の人かと思ってました。あ、別に馬鹿にしてる訳じゃないですよ!?」

「分かってますよ」

「へへ……」


 何が嬉しくて、こんなに笑顔でいられるのだろうか。

 今の俺に一番欠けているものをこの少女が持っている事が酷く羨ましい。何が正しくて、何が悪いのかが分からない。そんな判断すらできなくなった俺は、何を楽しんでいいのかすら分からない。こんな所で考え込んでいる時間なんてないのではないかと、心の底から焦燥感が襲ってくる。

 だが、目の前の少女はそんな俺にないものを全部持っているような気がした。


「ありがとうございます」

「急にどうしたんすか」

「だって、あなたのおかげでここの人達が傷付く事はなかったんですから。あなたの、あなた達のお陰ですよ。どうしました?」

「いや……別に。まあ、それならよかった」


 これで、ほんの少しでも俺が間違っていなかったのだと思う事ができた。

 俺がローチュを殺したことに意味はあった。俺が誰かを犠牲にした事に意味はあった。ああ……いいんだ、これでよかったんだ。間違ってなんかいなかったんだ。


「よかったら来ませんかウチの店。みんないい人ですよ~お酒もおいしいですし」

「いや……俺酒飲めないから」

「大丈夫ですよぉ! ジュースとかもありますから。軽食とかも出せますんでホテルの朝食に飽きたら来てみてください」

「それならまあ……」


 ここまで言われたら断るのも悪いだろう。

 山茶花達を誘って行ってみるか……というか、この子はまさかわざわざ店の宣伝の為にここまで来たのか?


「なんか元気ないです?」


 スノーフが屋上から外を眺める俺の顔を覗き込む。

 その言葉は的を射ていた。確かに俺には元気がない。何故だろうか? ローチュを殺したショックもあるだろう。その他には、ゼレノイドが受ける扱いに対してか。


「元気がないならゆっくり休んだ方がいいですって。早起きもいいですけど何事もほどほどにです」

「分かってるよ。でもその代わり、割引してくれよ?」

「いいですよ~。じゃあこれ、割引のチケットです」


 やっぱり宣伝が目的だったんじゃないか!

 しかもご丁寧に丁度俺達の人数分持ってきてやがる。最初から大体分かって来てたのか。なかなかどうして強かな店員さんだ。

 ここまでされると余計に行かないと悪いな。


「じゃあ私はこれで~」

「ああ。また後でな」


 スノーフは大手を振りながら建物の中へ戻って行った。

 あの少女がいなくなっただけでほぼ無音になるのだから、いかに元気な子だったのかがよく分かる。元気と言えばマルメロだ。昨日辺りからまた元気がないような気がしたが、今度はエリーマイルに行った時とはまた様子が違う。バルサミナもそうだ。みんなどこかソワソワしていた。普通なのは山茶花くらい。

 まあ、様子がおかしいのは俺も同じかもしれないが。

 どちらにせよ、一度話をしてみないとな。話さないと分からない。

 やはりまだ眠たいのか大きな欠伸を一つした。途端に眠たくなり、二度寝をする為に部屋に戻った。

 階段を降りていると、登る時には気が付かなかった踊場のポスターに目が行った。

 『ゼレーネに注意』と書かれたソレは、言うまでもなくそのまんま注意喚起だ。ゲルダンと同じくこのエスティパもまた、ゼレーネの出現率が非常に高い。その分ギルドも力を入れてはいるが、それでも死者は減る事を知らない。二日に1度は目撃情報が出るくらいには多い。


「確か、あのよく喋る天使が言ってた”荒野”もエスティパにあるんだよな……」


 そう、俺の夢の中に出てきたあの荒野。

 よく喋る天使によればそこにいる『Re:Bury』という名のゼレーネの親玉的存在がいる、と。そんなものの近くなのだから多く出現するのもおかしくはないが、何故そんな場所の近くに国があるのかが不思議でならない。ゲルダンの住人については理由を聞いたが、エスティパにしてみればかなり繁栄しているし、人も多い国だ。こんな危険な場所に人が密集しているのははなはだ疑問だ。

 スノーフに訊けばよかったな……まあ、後でいいか。


 とにかく、この国に数日程滞在するのだから、その間にゼレーネが現れるのはほぼ確定だろう。その時の為に警戒は怠ってはならない。だが、今は寝よう。眠たくて眠たくて仕方がない。

 すぐに戻ってベッドに飛び込んだ。



「またかよ……」


 俺の目の前には荒野が広がっていた。

 毎度おなじみ『Re:Bury』と彫られた墓石が先の見えない地平線の先にまで永遠と続いて建てられている。

 ただ、今回は少しだけ夢の内容が違った。

 いつも墓を磨いていた少女が、最初から俺の目の前に立っていた。まさか夢の方まで飽き始めて最初から俺を殺そうとしているのではないかと適当なことを勘ぐったが勿論そうではない。今まで俺には見向きもしなかった少女が、俺に話しかけたのだ。


「また一人死にましたね。それも、今度はあなた自身の手で死んだ。なんと因果なことでしょう。そしてなんと残酷なことでしょう。彼女は――の為に頑張って生きていたと言うのに」

「もったいぶるな。何が言いたい。いきなり話し出したかと思えば嫌味か?」

「いいえ。ただ私は危惧しているだけです。あなたの思いが暴走しないかどうか」


 なんのことを言っているのか全く分からない。

 少女の言葉は要領を得ず会話にならない。

 無視しようにも、いつもと同じ夢の終わらせ方ができないせいでどうすることもできない。ただただ、現実世界での山茶花達が心配だった。とは言え……マルメロのアレみたいに別の意味での”何か起きている”の場合もあるので油断は禁物だが。


「とぼけても無駄ですよ。あなたの内に渦巻いている闇は深く、そして鋭利な刃が内側についている。常に自分の心を傷付けながら他者を思う心は危うく脆い。私達は心配しているのですよ」

「私達? お前一人じゃないのか」

「いいえ私達です。私達に言える言葉は少ない。けれど確かに心配している。こうして寄り添おうとしている。それに気が付いてください。無理はしないでください。無茶もしないでください。それでも、自らが進みたい道に進みたいと言うのなら、その時は止めません」

「なんでお前が……そんな事……」

「ですが分かってください。その選択が何を齎すのかを。今一度、自らが選ぼうとしている道を、選んだ道を鑑みてください。私が言えるのはここまでです」


 分からない。分からないが、心が酷く痛みを訴える。

 自分の知らない感情がどこかから溢れ出てくる。これはなんだ? 俺はこの夢の中でしかこの少女を知らないはずだ。この少女が言うことも、意味は分かれど何故俺に言うのかが分からない。それなのに俺の心は感傷している。

 この少女に対してか……? それとも別の誰かに?


「おい待てよ。どういう事なんだよちゃんと説明してくれよ! なあ!」


 地平線の向こう側から世界が崩れていく。

 少女は暗闇の中に消えていく。

 何も分からぬまま夢は醒めた。

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